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第7章 家族
第78話 不穏
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「こんなはずではなかったのでおじゃる! こんなはずでは……!」
王都・貴族街の屋敷でオジャル伯爵は焦っていた。
先日のスタアラ魔法聖堂の一件からなんとか逃げ出せたものの、ボーネス公爵からは見限られそうになっていた。
ミリアとの縁談は破談となり、ボーネス公爵から見たオジャル伯爵の価値が大きく下がってしまったのだ。
「ボーネス公爵に見限られそうなこともまずいでおじゃるが、問題は母上でおじゃ……!」
オジャル伯爵はボーネス公爵よりも自身の母親を恐れていた。
母からは『伯爵家存続のために早急に結婚せよ』と迫られている。そんなところにボーネス公爵から飛び込んできたミリアとの縁談はまさに渡りに船であった。
だがその縁談が破断した以上、早く次の縁談を探さないと母の雷がいつ降るか分からない。
「ブヒヒヒ。お困りのようだな、オジャル伯爵。なんならおでが手を貸してやろうか?」
「おお! 我が友、オクバ殿!」
オジャル伯爵が友と呼んだオクバという男は身の丈2メートル以上はあるオークであった。
元魔王軍の幹部で亜人隊隊長。密かに裏でオジャル伯爵とつながっている魔王軍の残党だ。
「人間の女の紹介ならいい女がいる。昔魔王様の下にいたころに捕まえた奴隷なんだが、かなりの別嬪さんだ。魔王軍解散のおりに逃げられちまったが、最近その足取りがつかめてな」
「伯爵家の存続にかかわる話でおじゃ。ただの女ではだめでおじゃ」
「その女は元々辺境の地の領主の娘で、元勇者パーティーの一員の姉でもある。及第点ぐらいの身分はあると思うど?」
「ほう……。ならばその娘と婚約するのもよいでおじゃるな。して、オクバ殿に連れてこれるでおじゃるか?」
オクバは自信満々の笑みで答える。
「心配ないど。あの女は元々"魔王軍に従った"弱みがある。そいつを言えば、ついてくる他あるまい。ブヒヒヒヒ!」
「お主も悪でおじゃるのう。ならば任せるでおじゃ。早うその娘を連れてくるでおじゃ。ホホホホ!」
オジャル伯爵とオクバは下卑た笑いを上げながら計画を立てた。
「オジャルの旦那のためにも必ず連れてきてやるど。……裏切り者のマカロンお嬢ちゃんをよ」
■
「【虎殺しの暴虎】を探るつもりが、とんでもないものを釣り上げちまったな……」
「前隊長さ残すた"盗聴器"ば役に立ちょったばいね」
オジャル伯爵邸から少し離れたところで"盗聴器"で二人の会話を盗み聞ぎしていた五人の男、黒蛇部隊。
国王の命令により【虎殺しの暴虎】を探るために雇い主と思われるジャコウに肩入れするボーネス公爵を探ろうとするも、中々近づけなかったため、その配下であるオジャル伯爵を調べていたところであった。
「しかし今の会話……"マカロン"って名前が出たよな? 会話の内容から十中八九ラルフルの姉貴のマカロンのことで間違いないだろう。しかも攫うつもりだ」
黒蛇部隊隊長のジフウはとある事情でマカロンのことを知っている。ラルフルがマカロンの弟であることも含めてだ。
「ヘイ、サー・ジフウ。ディスモーメントはオールド・サーにもトークするがニードね」
「……トム。訳せ」
「押忍。この出来事は前隊長にも報告する必要があるで、押忍」
アーサーの提案、及びそれを訳したトムはこのことを黒蛇部隊の前身である、ルクガイア王国騎士団二番隊の前隊長にも報告すべきだと考えた。
「じゃげ、前隊長ば素直に動かいね? あん人ばテコロンさ山だ籠りぱけ」
「……ボブ。訳せ」
「……だガ、前隊長が素直に動くだロウカ? アノ人はテコロン鉱山に籠りっぱなしダ」
副隊長ポール、及びその話を訳したボブは前隊長が動いてくれるかを心配する。
「ともかく報告は必要だろ。後でこのことを知って怒り狂われたら、この国が滅んじまう」
ジフウの発言に他の四人も同意する。黒蛇部隊は元二番隊隊長の恐ろしさをよく分かっている。"マッドサイエンティスト"とも称され、魔法とは異なる科学の力を駆使し、追放されて今なお戦力を密かに拡大しているという噂もある。
「ポール。お前は元二番隊隊長の"ドク"にすぐ連絡を入れに行け。トムはオジャル伯爵を、ボブはオクバを追え。俺とアーサーは手分けしてマカロンを探しに行くぞ」
この話を聞いてしまった以上、"国王直轄黒蛇部隊"としてではなく、"元ルクガイア王国騎士団二番隊"として独断で動くことをジフウは決断した。
「分かったじゃけ。時間ばちいとかかるけん、あん人ば伝えに行くばい」
「オーケー。レディ・マカロンは必ずガードするね」
「押忍、オジャル伯爵の方は任せて、押忍」
「……隊長。オクバを追うにしてもダ、俺一人では亜人隊を追い続ける保証ができナイ」
「それについてはできる範囲でいい。亜人隊は衰えたとはいえ数も揃った精強だ。無理せず何かあったら俺に"無線"で連絡を入れろ」
ボブが追うことになる元魔王軍亜人隊隊長オクバは今も魔王軍の残党を集めて亜人隊を率いている。その実力は黒蛇部隊でも勝てるか分からない。深追いはせずに動向をジフウに連絡するように伝えた。
「不穏だな……。マカロンの身に何かあってからじゃ遅い。それこそ"ドク"が本気でこの国を潰しにかかっちまう……」
王都・貴族街の屋敷でオジャル伯爵は焦っていた。
先日のスタアラ魔法聖堂の一件からなんとか逃げ出せたものの、ボーネス公爵からは見限られそうになっていた。
ミリアとの縁談は破談となり、ボーネス公爵から見たオジャル伯爵の価値が大きく下がってしまったのだ。
「ボーネス公爵に見限られそうなこともまずいでおじゃるが、問題は母上でおじゃ……!」
オジャル伯爵はボーネス公爵よりも自身の母親を恐れていた。
母からは『伯爵家存続のために早急に結婚せよ』と迫られている。そんなところにボーネス公爵から飛び込んできたミリアとの縁談はまさに渡りに船であった。
だがその縁談が破断した以上、早く次の縁談を探さないと母の雷がいつ降るか分からない。
「ブヒヒヒ。お困りのようだな、オジャル伯爵。なんならおでが手を貸してやろうか?」
「おお! 我が友、オクバ殿!」
オジャル伯爵が友と呼んだオクバという男は身の丈2メートル以上はあるオークであった。
元魔王軍の幹部で亜人隊隊長。密かに裏でオジャル伯爵とつながっている魔王軍の残党だ。
「人間の女の紹介ならいい女がいる。昔魔王様の下にいたころに捕まえた奴隷なんだが、かなりの別嬪さんだ。魔王軍解散のおりに逃げられちまったが、最近その足取りがつかめてな」
「伯爵家の存続にかかわる話でおじゃ。ただの女ではだめでおじゃ」
「その女は元々辺境の地の領主の娘で、元勇者パーティーの一員の姉でもある。及第点ぐらいの身分はあると思うど?」
「ほう……。ならばその娘と婚約するのもよいでおじゃるな。して、オクバ殿に連れてこれるでおじゃるか?」
オクバは自信満々の笑みで答える。
「心配ないど。あの女は元々"魔王軍に従った"弱みがある。そいつを言えば、ついてくる他あるまい。ブヒヒヒヒ!」
「お主も悪でおじゃるのう。ならば任せるでおじゃ。早うその娘を連れてくるでおじゃ。ホホホホ!」
オジャル伯爵とオクバは下卑た笑いを上げながら計画を立てた。
「オジャルの旦那のためにも必ず連れてきてやるど。……裏切り者のマカロンお嬢ちゃんをよ」
■
「【虎殺しの暴虎】を探るつもりが、とんでもないものを釣り上げちまったな……」
「前隊長さ残すた"盗聴器"ば役に立ちょったばいね」
オジャル伯爵邸から少し離れたところで"盗聴器"で二人の会話を盗み聞ぎしていた五人の男、黒蛇部隊。
国王の命令により【虎殺しの暴虎】を探るために雇い主と思われるジャコウに肩入れするボーネス公爵を探ろうとするも、中々近づけなかったため、その配下であるオジャル伯爵を調べていたところであった。
「しかし今の会話……"マカロン"って名前が出たよな? 会話の内容から十中八九ラルフルの姉貴のマカロンのことで間違いないだろう。しかも攫うつもりだ」
黒蛇部隊隊長のジフウはとある事情でマカロンのことを知っている。ラルフルがマカロンの弟であることも含めてだ。
「ヘイ、サー・ジフウ。ディスモーメントはオールド・サーにもトークするがニードね」
「……トム。訳せ」
「押忍。この出来事は前隊長にも報告する必要があるで、押忍」
アーサーの提案、及びそれを訳したトムはこのことを黒蛇部隊の前身である、ルクガイア王国騎士団二番隊の前隊長にも報告すべきだと考えた。
「じゃげ、前隊長ば素直に動かいね? あん人ばテコロンさ山だ籠りぱけ」
「……ボブ。訳せ」
「……だガ、前隊長が素直に動くだロウカ? アノ人はテコロン鉱山に籠りっぱなしダ」
副隊長ポール、及びその話を訳したボブは前隊長が動いてくれるかを心配する。
「ともかく報告は必要だろ。後でこのことを知って怒り狂われたら、この国が滅んじまう」
ジフウの発言に他の四人も同意する。黒蛇部隊は元二番隊隊長の恐ろしさをよく分かっている。"マッドサイエンティスト"とも称され、魔法とは異なる科学の力を駆使し、追放されて今なお戦力を密かに拡大しているという噂もある。
「ポール。お前は元二番隊隊長の"ドク"にすぐ連絡を入れに行け。トムはオジャル伯爵を、ボブはオクバを追え。俺とアーサーは手分けしてマカロンを探しに行くぞ」
この話を聞いてしまった以上、"国王直轄黒蛇部隊"としてではなく、"元ルクガイア王国騎士団二番隊"として独断で動くことをジフウは決断した。
「分かったじゃけ。時間ばちいとかかるけん、あん人ば伝えに行くばい」
「オーケー。レディ・マカロンは必ずガードするね」
「押忍、オジャル伯爵の方は任せて、押忍」
「……隊長。オクバを追うにしてもダ、俺一人では亜人隊を追い続ける保証ができナイ」
「それについてはできる範囲でいい。亜人隊は衰えたとはいえ数も揃った精強だ。無理せず何かあったら俺に"無線"で連絡を入れろ」
ボブが追うことになる元魔王軍亜人隊隊長オクバは今も魔王軍の残党を集めて亜人隊を率いている。その実力は黒蛇部隊でも勝てるか分からない。深追いはせずに動向をジフウに連絡するように伝えた。
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