上 下
59 / 476
第6章 少年少女の思いの先

第59話 どんより気分で出くわして

しおりを挟む
 ガルペラから連絡が入った。俺達と聖女ミリア様の会談の段取りが付いたらしい。
 早速お会いできるということで、俺はイトーさんの店でガルペラと待ち合わせをすることにした。仮にも侯爵であるガルペラが店に来るということで、本日の店は貸し切り状態だ。
 ガルペラはラルフルにも一度会いたいということで、ラルフルも店に呼んだのだが……。

「…………」
「……なあ、ゼロラ。ラルフルは何かあったのか?」
「いや、俺も知らねえ。ここに来た時も虚ろな目をしてたが……」

 さっきからラルフルはカウンターに顔をうずめたまま、一言も話さない。
 俺もイトーさんも心配して声をかけるが、「何もないですよ……」と返すだけでラルフルは何も答えない。返事した時に見た顔はこの世の終わりみたいな顔をしていた。

 ふとラルフルが顔を上げて、店の壁に掛けてあったロープに目を向ける。

「……首吊りって、どれぐらいで死ねるのでしょうか?」
「待て! 早まるんじゃない! ラルフル!」

 普段の元気一杯、全力疾走の姿はどこへ行ったんだ!? もうこれ、下手に目を離せる状態じゃないぞ!?

「ゼロラさーん! お待たせしたのです! ……あれ? なんだかおかしな空気なのです」

 店の静寂を破るようにガルペラが元気よく現れたが、すぐに事態の異様さを察したようだ。

「えーと……? あなたが元勇者パーティーのラルフル様ですよね?」
「はい……。自分が元勇者パーティーで魔法が使えなくなって追い出され、王宮で仕えつつもいろんな人にいじめられるゴミ虫で、意気地なしで、泣き虫で、ノロマで、愚図で、よく女性に間違われて、価値のない男のラルフルです。自分のことは"ラルフル様"などと呼ばず、どうか"ヘタレ"と呼んでください……」

 本当にどうしたんだ、ラルフル!? ネガティブ思考が極まりすぎてるぞ!?

「……ゼロラさん。出発まで時間もありますので、少し話を聞いた方がいいのです」
「……同感だ」

 このままラルフルを置いて行ったらまた自殺方法を考えそうだ。イトーさん一人に任せるわけにもいくまい。



「なに? 聖女様が『もうラルフルに会いたくない』だって?」

 なんとかラルフルから事情を聴いてみたが、どうやら聖女ミリア様に手ひどく振られたとのことだ。

「いや、ないな。この間センビレッジで会った様子を見る限り」
「ああ、ないな。お前さん達、メチャクチャ仲良かったじゃないか」
「その出来事は知らないですけど、ミリア様がそんなこと言うとは思えないので、ないです」
「でも! じっざいにミリアざんに言われだんでずよぉお!!」

 ラルフルが涙と鼻水で酷い顔面崩壊を起こしながら答える。落ち着け。そんなに叫ぶな。鼻水が飛んでくる。

「何かの間違いじゃないのか?」
「自分、はっきりとこの耳で聞きました……」
「だったら、冗談だったとか?」
「ミリアさんがあんな真剣な表情で冗談なんか言いませんよ……」

 どうやら言われたことは事実らしい。

「どうせ自分がろくでなしだから愛想をつかされたんですよ……」
「だから落ち込むのをやめろって」

 ラルフルのショックが大きすぎる。無理もないが。
 それにしても不可解だ。もし聖女様がラルフルと縁を切りたいと考えていたのなら、センビレッジで久々の再会を果たした時に無視だってできたはず。その後もラルフルに会って俺に聖堂への入館許可バッジを渡すぐらいには話をしていた。心変わりがあったと言っても、急に変わりすぎてる。

「ゼロラさん。この後のミリア様との会談は私達への協力の話は後回しにして、ラルフル君との事の真相を聞いてみるのです」
「いいのか? 会談の機会なんてそうそう得られるもんじゃないぞ?」
「いや……あれを放っておくほうが問題なのです」

 気が付けばラルフルは店の台所にあった包丁に目を向けていた。

「……東洋の国には"ハラキリ"という自分でお腹に刃物を刺す自害方法があると聞きました」
「だから早まるなっての!? なんでそんなに極端に考えるんだ!?」

 ……確かにこっちの問題の方が早急に解決する必要がありそうだ。

「ラルフル。俺とガルペラは今から聖女様に会いに行く。真相がはっきりするまで大人しく待っててくれ」
「アハハ……。期待せずにお待ちしています……」

 もう魂が抜け出ていきそうな顔してるな。目が死んでる。

「イトーさん、悪い。ラルフルが早まらないように見張っててくれ」
「……善処はする。できれば急いでくれ」

 イトーさんもラルフルが出すどんよりとした空気に耐えられない様子だ。
 だが今のラルフルを一人にはできない。俺とガルペラは予定とは違ったが、聖女様に話を聞きにスタアラ魔法聖堂に向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

義理の妹が妊娠し私の婚約は破棄されました。

五月ふう
恋愛
「お兄ちゃんの子供を妊娠しちゃったんだ。」義理の妹ウルノは、そう言ってにっこり笑った。それが私とザックが結婚してから、ほんとの一ヶ月後のことだった。「だから、お義姉さんには、いなくなって欲しいんだ。」

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

私、幸せじゃないから離婚しまーす。…え? 本当の娘だと思っているから我慢して? お義母さま、ボケたのですか? 私たち元から他人です!

天田れおぽん
恋愛
ある日、ふと幸せじゃないと気付いてしまったメリー・トレンドア伯爵夫人は、実家であるコンサバティ侯爵家に侍女キャメロンを連れて帰ってしまう。 焦った夫は実家に迎えに行くが、事情を知った両親に追い返されて離婚が成立してしまう。 一方、コンサバティ侯爵家を継ぐ予定であった弟夫婦は、メリーの扱いを間違えて追い出されてしまう。 コンサバティ侯爵家を継ぐことになったメリーを元夫と弟夫婦が結託して邪魔しようとするも、侍女キャメロンが立ちふさがる。 メリーを守ろうとしたキャメロンは呪いが解けてTS。 男になったキャメロンとメリーは結婚してコンサバティ侯爵家を継ぐことになる。 トレンドア伯爵家は爵位を取り上げられて破滅。 弟夫婦はコンサバティ侯爵家を追放されてしまう。 ※変な話です。(笑)

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

処理中です...