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第5章 交わり始める思惑

第52話 黒蛇部隊の活動

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「ジフウから依頼されていた件での報告は以上だ。それとは別にもう一件報告がある」

 国王は次の報告に移った。

「以前からそなたらにも調査を依頼していた話だが、はるか遠くの島国・黒陽帝国から密輸された最新武器の行き先が判明した。どうやら二か所に送られているようだ」
「"銃"と呼ばれる武器のことですな。して、その情報の出どころは?」
「"デン"からだ」

 国王が口にした"デン"という言葉。黒蛇部隊とは別に国王に協力している人物の名のようでその存在は王国内でも国王の他には黒蛇部隊しか知らない。その黒蛇部隊も隊長を除く四人は"デン"が誰なのかを知らない。

「なるほど。"デン"からの情報ならば信憑性は確かでしょう」

 ジフウだけは"デン"が誰なのかを知っている。誰なのかを他者に教えることはないが、その人物を信頼しているのは確かなようだ。

「その二か所の送り先というのは?」
「一つはセンビレッジを統治しているガルペラ侯爵だ。受け取ったのは密輸された武器の中の"二丁拳銃"という物だけだ。あの者は聡明であるが故、使い方を間違えてこの国の脅威となることはあるまい」

 国王はガルペラ侯爵を高く評価している。腐敗した貴族の中でも数少ない民のためを考えた政策を引く優秀な為政者であり、内心では自身よりも王の座に相応しい人間ではないかと考えている。

「あの者があそこまで若くなければな……」

 問題は現ガルペラ侯爵が若すぎるということ。父である先代ガルペラ侯爵から爵位を受け継いだばかりで侯爵という身分でありながら、爵位が下の他の貴族達からも完全に舐められており、威厳と経験が圧倒的に不足している。だが先代ガルペラ侯爵でも成しえなかったセンビレッジの復興という功績の評価は高い。

「ではガルペラ侯爵についてはそのままとします。では、もう一つの送り先は?」
「ギャングレオ盗賊団だ」
「うげぇ……」

 ジフウが思わず苦虫を潰したような顔をする。

「送り先がギャングレオ盗賊団である以上、"黒蛇部隊はギャングレオ盗賊団には不介入"の約束に則り、これ以上の調査は不要とする。……ジフウも"弟が頭領を務める盗賊団"の相手はしたくないだろう」

 そう。ギャングレオ盗賊団の頭領シシバは黒蛇部隊隊長ジフウの弟。実の兄弟なのである。
 そういった事情があるせいでジフウは"黒蛇部隊はギャングレオ盗賊団には不介入"という約束を国王に頼んで認めてもらったのだ。

「国王としてその発言はどうかとも思いますが……こっちとしては助かります」
「肉親で殺しあうこと程悲しいこともそうあるまい。それにギャングレオ盗賊団の活動には何か思惑があると見える」

 先日、ギャングレオ盗賊団がドーマン男爵を襲撃した際、同じ馬車に乗っていた聖女ミリアは何も被害を受けなかった。そこには何か盗賊行為とは別の思惑があることに国王は気付いていた。

「あいつは基本的に戦闘欲求を満たしたいだけの人間です。その癖に商才はあるみたいですけど……」
「ならばなおのこと盗賊行為をしている理由に説明がつかん。いずれにせよ、この件に黒蛇部隊がこれ以上関わる必要はない」

 内心安堵はしつつも胃が痛くなりっぱなしのジフウは再び胃薬を口に含む。

「……余からの報告は以上だ。ここからは黒蛇部隊の次の任務を述べる」

 ジフウの様子を見た国王は話を切り上げて次の話に移る。

「【龍殺しの狂龍】ジフウと双璧をなす【虎殺しの暴虎】について調べてほしい」
「【虎殺しの暴虎】についてですか? それはジャコウとも関係のある話で?」

 【虎殺しの暴虎】。
 【龍殺しの狂龍】と同列に王国内で畏怖される存在。だがその立場はジフウとは対極ともいえ、ジャコウの配下で王国暗部に所属していると噂されている。もっとも【虎殺しの暴虎】が誰なのか分からないため、噂の域を出ない。

「ジャコウ……というよりは、レイキースと関係のある話か」
「あぁ……。レイキースがですか」

 【伝説の魔王】を倒した勇者レイキース。
 人々からの称賛を集め、【栄光の勇者】と呼ばれているようだが、最近は貴族達に祭り上げられて天狗になっているところがある。自身がいいように権力者に利用されているのが分かっていないのか、このところの素行はあまりよろしくない。

「陛下は【虎殺しの暴虎】がレイキースと接触しようとしているとお考えで?」
「あくまで可能性の話だがな。だがレイキースに【虎殺しの暴虎】が加担したとするならば、レイキースはさらに道を踏み外し、いずれ権力の犠牲となってしまうだろう。かつての先代勇者、【慈愛の勇者】ユメが犠牲になったようにな……」

 国王として、【栄光の勇者】と呼ばれたレイキースを腐敗した権力から救い出したい。それは【慈愛の勇者】と呼ばれた先代勇者・ユメが魔王から人々を守るために犠牲になってしまったことへの後悔もあるからだ。

「先代勇者・ユメ様のような犠牲を出さないためならば、我ら黒蛇部隊、【虎殺しの暴虎】の尻尾を掴んでみせましょう」
「頼む。要件は以上だ。下がってよい。余も休むとしよう」

 寝室へと向かう王を見送りながらジフウは決意を新たにする。ジフウは先代勇者・ユメと同じパーティーに加わって魔王討伐に向かったからこそ彼女のことをよく知っている。当代勇者・レイキースは未熟な面もあるが、先代のように何かの犠牲にならないためにも【虎殺しの暴虎】の正体を掴むことを誓った。

「オーケー! では早速そのタイガーのデータをゲッツしにゴーです!」
「押忍! 屏風は用意しておくで、押忍!」
「……それはナニか違うのではなイカ?」
「おまんら! 真面目さ任務こと考えばい!」

「だぁあああ!! なんでこうも俺の部下たちは締まらねえんだよぉおお!!??」

 そしてもう一つ。ジフウはメイド長に新しい胃薬をもらいに行くことを決意した。
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