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前世編 ※倫理観崩壊、閲覧注意

愛される事を知る忌み子【後編】

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この国で近親婚は比較的珍しいものではなく、伯父もしくは叔父と結婚したり異父母兄妹で結ばれる事が多々あった。

それ故、迎え入れた時はまだ幼女であったクレアだが、婚姻可能な年齢になった今は囲われている事が知られようと大した問題ではない。

まさか五歳から関係が始まっていたとは誰も思わず、あくまでも熟し始めたところでエドワースの食指が動いたのだと受け止めていた。

そして周囲はいつ第二夫人として正式に迎え入れるのかと邪推したが、エドワースは決して外に出さず誰とも会わせようとしない。


「エディ」


クレアとの関係が周知の事実となって誰よりも気分を害したのは、正妻であるフランソワ。

当然のようにクレアの元へ向かう夫を呼び止めると、振り向いて見せた表情に頬を引きつらせた。

明らかに“鬱陶しい”と顕にしている夫。

しかしフランソワとしても、ここ最近の茶会で下卑た詮索を幾度とされ気が昂っている。

妻よりひと回り以上も若い愛人を持つ貴族は少なくないが、それなりに仲睦まじく過ごしていたと自負するフランソワとしては、まさか自分の夫もそうなるなど思ってもいなかった事であり、ましてその相手が元孤児であるなど許容しがたい。


「いい加減にしてくださらない?」


抑えきれない怒りが言葉に滲み出てしまうが、愛人に夢中となり蔑ろにされ、以前は頻繁にあった営みも皆無となっている事が納得いかなかった。

実家の事業が生み出す利益を目的に結ばれた政略結婚であるが、フランソワは幼い頃からエドワースに心底惚れ込んでおり、浮気はしても固定した相手を作らない事に“自分だけ”であると優越感に浸ってきたのだ。

人気の高いエドワースを狙い体を差し出す女は後を絶たなかったが、気紛れに相手をしても決して囲うことはなかったからこそ持っていた自信が、クレアの存在が知れ渡った事で崩れてしまった。

その鬱憤をぶつけようにも、当の夫は周囲に受け入れられた事で吹っ切れたかのように足繁く異父妹の元へ行ってしまう。

ただでさえ公爵として忙しい夫を捕まえる事は容易でなく、漸く叶ったと思えば表情も態度も不機嫌さを隠そうともしない。


「なんの用だ」


冷たく言い放たれた言葉に心は抉られるが、ここで怯んではもう二度と元の状態に戻ることはないと奮起し、夫の胸に飛び込んだ。

突き放されるかも…と予想していたがその気配はなく、けれど抱き締めてもくれない態度に心は痛むものの、久しぶりに感じた夫の逞しい体躯と愛用している香水の香りに目頭が熱くなる。


「お願い………行かないで…っ……」


堪えきれず流れた涙であったが、その様子に夫は表情を変えることなく体を引き剥がすだけ。

以前なら優しく拭ってくれたのに…と思ったところで、それは結婚するまでの事であり、異父妹を迎え入れるより遥か以前より行われていなかった事に気が付き衝撃を受けた。


「妻であり公爵夫人であるお前の立場は変わらない。嫌なら実家に帰ってくれても構わないが、その場合は離縁を覚悟しておけ」


婚約時には公爵家に望まれるほどの利益を出していた実家の伯爵家も、今は別の事業で大損害を出してしまい困窮している。

その生活を支援しているのは公爵家であり、エドワースの一言で簡単に打ち切られてしまうもの。

ここで離縁されては家族や親戚が路頭に迷う事は明確であり、どれだけ煮え湯を飲まされようが耐えるしか道は残されていない。

愛情など欠片もなく引き剥がされ、行き場をなくした腕はダラりとおろされた。


「来週は王家主催の夜会がある。それに向けて準備があるだろ?抜かりないように頼むぞ」


背を向けて立ち去る夫に追い縋る事は出来ない。

もう一度夫に拒絶されたら、それこそ立ち直れなくなってしまうと分かっていたから、正妻としての矜恃だけでその場から離れる事を選んだ。






✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼






夜会に夫婦で出席すれば、多くの女性がフランソワに声をかけて噂の実情を探ってくる。

それを曖昧に笑って躱しながらも、これまで“筆頭公爵家にとって唯一である夫人”と微笑ましく揶揄され、自らもそのように振舞っていた自信が次々に打ち砕かれていた。

“他の女と自分は違う”と傲慢だった事も自覚しており、そのせいで孤立し向けられる嘲笑はフランソワを追い詰めていく。

一方のエドワースは、噂の愛人を教えろと群がる男達を笑顔で躱しながら…それでいて如何に素晴らしい女性なのかを少しだけ漏らし、取り囲む者達の思考をあえて煽り優越感に浸っていた。

貴族として最高位の家に生まれ、けれどその事に驕ることなく努力してきたことを周囲は良く知るところであり、その上で不遇な環境にいた異父妹を自ら探して救い出し、確たる信頼感から愛情を芽生えさせて結ばれた…という話は、むしろ美談として称賛されている。

それによって正妻であるフランソワがどのように思い、どのような感情を抱くかなど気遣う者は誰ひとりとしていなかった。


「一度でいいから深窓のご令嬢を見せてくれよ」


地位と財力に恵まれ、他国の王族からも縁談が舞い込むほどの容姿を持っていながら、今まで決して特定の愛人を囲わなかった男が隠してまで溺愛するほどの女性…興味を引かない訳がない。

しかし、どれだけ強く絡もうとエドワースは見事に躱し続けるだけ。

隠そうとすればするほど、男達は脳内で“囚われの姫君”にあらぬ妄想を抱き始めるのであった。






✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼






すっかりエドワースの居場所となったクレアの私室では、相も変わらず執拗な愛撫と行為に疲れ果てたクレアが意識を飛ばし眠りについていた。

それでも尚、エドワースはクレアの中から抜け出そうとはせずに行為を続けており、激しい怒りと独占欲を発散させている。






昼間、クレアが暮らす部屋に外部から侵入を試みようとした男が現れ、バルコニーから響いた物音に反応したクレアが近付いた所で、その姿を視界に入れた男は理性をなくし窓ガラスを割ろうと強行突破を目論んだ。

しかしガラスは特殊加工が施されており、鈍器で殴りつけようと破壊される事は無い。

男が打ち破ろうと窓を叩く音で漸く衛兵が駆け付け、すぐさま拘束しエドワースへ報告が成されたのである。

その時エドワースは新規事業の為に購入する予定の土地を見に出ており、そこから自宅まで単騎で駆けても半刻はかかる場所であった。


『クレアに何かあればすぐに報告を』


そう命じていた為、屋敷から早馬で駆け付けた使用人からことの次第を聞き、早々に視察を切り上げ自ら馬を飛ばし帰宅したのだ。

クレアの安全を確認したのち拘束されている男の元へと向かい、公爵家に伝わるあらゆる拷問器具で自白を促し手引きした者を吐かせると、予想通りそれは正妻フランソワ。

様々な夜会で方々に『愛人が見てみたい』と執拗なまでに口にしていた男に接触を図り、侵入に手を貸す代わりにクレアを穢すよう依頼。

病的なまでに構う女が他の男に穢されれば、目を覚まして戻ってくると考えての事であったが、それが身の破滅へ繋がるなど微塵も想像はしておらず、ただただ成功する事を祈り部屋に閉じこもっていた。

そこへエドワースが現れ、計画が上手くいったのかと思い喜び勇んで顔をあげると…


「貴様は自分が何をしたか分かっているのか!?」


と怒鳴る夫に頬を思い切り打たれ、そのまま吹き飛ぶようにして床へ倒れ込んだ。


「処罰は追って伝える」


そう冷たく言うとエドワースは部屋を出ていってしまい、倒れ込んだままのフランソワはそのまま意識を手放した。






フランソワが目を覚ました時、ぼやける視界に映りこんだのは両親の安堵したような…それでいて困ったような顔であり、徐々にハッキリとしてくる思考でことの顛末を理解していく。


「ごめ……っ、、なさ……っ…」


婚約を打診された際、娘の想いを知る両親はあまり乗り気でなかった。

それは明らかに愛情のない政略結婚である事や、エドワースの華やかな女性関係で娘が傷つくのを危惧してのこと。

それでも妻という立場になりたいと願う娘の為に縁談を受け入れ、その後は順調に子も生まれる事から安堵していたのだ。

けれど異父妹が迎え入れられてから様子は一変し始め、ここ数年は正妻の両親であるふたりにさえ“囚われの姫君”について探りを入れてくる者もおり、娘の心情を慮り案じていた。

確かに、娘は唯一の妻であるという立場を驕り笠に着ていた節もあったが、それはここまで追い詰められるほどのものなのか…と両親は胸を痛めるも、男を手引きし異父妹を穢させるなど許されることでは無い。

ましてエドワースが溺愛してやまないと言われている女性である。


「……おと…さま、、わたし……っ…」

「暫くは大人しく療養していなさい。詳しい話をするのはそのあとだ」


見慣れた天井はそこが実家の伯爵邸である事を示し、それが意味することを理解したフランソワ。

恐らく、この部屋で過ごす事も残り僅か。

間近に迫っているであろう“離縁”と“没落”の言葉が、フランソワの脳裏に浮かび絶望へと叩き落とされた。






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正妻との離縁が済み暫くすると、クレアは新しく誂えられた部屋へと移された。

より頑丈な造りであり、扉の前は勿論のこと外部にも数人の護衛騎士を配置している。

元はふたつに分かれていたものを大きなひと部屋へと造り変えており、その広さは小規模な屋敷がすっぽり入ってしまうほど。

一番の広さを持つ寝室には当然豪奢な浴室が備え付けられており、クレアが日中を過ごす居間には趣味である刺繍や編み物を存分に楽しめるよう、世界中から取り寄せられた膨大な量の糸が用意されている。

その隣には家令のみ入室を許されている執務室があり、さらに続きの間を挟んで来客用の応接室をも繋げられた。

つまり、このエリアで全ての生活が補える仕組みとなっており、エドワースのクレアに対する溺愛は加速しその度合いを増していくのである。


「少し休憩をしてくる」

「畏まりました」


そう言って扉を開ければそこには愛するクレアがおり、エドワースの姿を捉えるとニコリと笑みを浮かべて出迎えた。

正妻が担っていた執務もエドワースがこなしており激務であるが、その代わりに手に入れたものはかけがえのない存在。

書棚の奥に仕舞われていた書類からその存在を知り、それを手にして目を通した瞬間に全身の血が沸くような感覚に襲われ、一刻も早く手中に収めたい衝動に駆られた。

初めて対面した時は歓喜に震え、細胞のひとつひとつまでもがクレアを欲し戸惑いと衝撃すら覚えたのである。

そこから自分の気持ちが深い愛情であると気付くまでそう時間は掛からず、いざ自覚してからは殊更クレアを大切に扱ってきた。

対するクレアは初めからエドワースに懐き、未知の刺激に戸惑うことはあれど基本的には従順なまでに受け入れ続けた。

そして言葉は発せずとも、全身で愛情を示す様子にエドワースは常に心を温められ、クレアの傍で過ごす事に安らぎを感じていた。


「クレア…愛してるよ」


その日々は充実しており、心身ともに癒されているエドワースはその後も功績をあげ続け、莫大な資産と爵位を長男に引き継ぐと、温暖な気候の緑豊かな場所に建てた屋敷で過ごし、生涯を終えるまで外に出る事はなかった。











そして時は流れ、ふたりの魂は新しい命として生まれ変わり、再度巡り会って恋に落ちるのだが、それはまた別のお話し。









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