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season3

辺境伯夫妻

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「おはようございます」

「おはよう、アラン」


いつもより早く…貴族としてはかなり早い時間に目覚め、朝食のあと支度をし終えたところで、辺境伯の元へ案内してくれるアランがやって来た。

寝ぼけていたらジェイマンと間違いそうだな…と思うほど、やはりよく似ている。






馬車に乗り込み出発すると、あえてなのかゆっくりと道を進み…その道中、窓から見える光景には多くの領民が既に動き出していた。

皆が幸せそうによく笑っている。

その表情を見れば、この領地がいかに民にとって過ごしやすい場所なのかが分かった。

自分の領地はどうだろうか。

今度、モリス領でも朝早くに領地を回ってみてもいいかもしれない。






やがて辺境伯が住まう…もはや城…いや、要塞と呼べる建物が建つ敷地内に入り進んでいく。


「緊急時には、領民達の避難先ともなります」

「だからこの造りなのか…」


至るところに騎士や兵士が立ち並び、街の賑やかな様子からは想像し難いが、やはりここは国の盾となる土地なのだと実感した。

緊急避難に見舞われた時の為、領民達に配る食料は凡そ半年分を備蓄しているらしい。


「食料は腐敗を防ぐ為に乾燥させています。命を繋ぐ為の水は井戸がありますが、そこは厳重な警備と防壁が施されております」

「確かに…水は重要だ」


その話を聞いて、自領の井戸や水質の調査を徹底しておくことを決めた。

いざと言う時に領民の命を守るのは、領主たる僕の役目であり責任になる。


「かつて、真っ先に井戸を破壊された事があるそうです。病原菌を持ち込もうとした者もいたそうで、その為の警備だと聞いております」


辺境伯領に危険を齎すのは、何も隣接する他国からの攻撃や侵攻だけではない。

時には国内の貴族もその相手となる。

国を落とそうとしたり、尊い地位にある辺境伯への妬みだったり…その理由は様々だ。


「だからこその入領許可制なのだな」

「そうなります」


この領地へ立ち入るには、どのような身分でも必ず辺境伯の許可を得なくてはならない。

たとえ平民でも、辺境伯が“領主に瑕疵あり”とした領地からの立ち入りは難しく、間者ではない確認が取れるまで軟禁される。

厳しすぎると言う者もいるが、それだけ危険と隣合わせの土地であり、何より辺境伯領の民を守る為の措置だ。

特に貴族は、許可を得ても滞在中は常に辺境騎士の監視がつき、自由に出歩くことも叶わない。

そうする事が出来る特権を、王家に次ぐ地位である辺境伯には与えられている。


「そろそろ到着致しますね」


辺境伯領で教員として働くアランは辺境伯との交流もあり、きちんと名乗った上で挨拶をした事はなく、この上なく緊張している僕としては非常に心強い存在だ。


「では、ご案内致します」

「………頼む」


馬車から降りて、一度しっかりと深呼吸をした。

少々情けないが仕方ない。

重厚な玄関扉が開かれ、無駄な装飾のない厳かな雰囲気がある廊下をアランに続いて進む。

その間も屈強な騎士達とすれ違い、王家に謁見するのとは違う緊張感も増してきた。

ドキドキと鼓動を速める僕とは違い、足元では小さな勇者が感嘆の声をあげる。


「しゅごいね、しゅると」

「にゃっ」


……本当にいいのだろうか。

アランからは『是非、仔猫もどうぞ。辺境伯様は動物がお好きですので』と言われているが。


「ジェイド、シュルト。お行儀よくね」

「あい!!」「にゃっ」


僕とナディアの緊張などどこ吹く風で、仔猫を抱く息子の足取りは軽い。






******






結果、心配は杞憂に終わった。


「いやぁ、本当に可愛い猫だ」

「しゅるとでしっ!!」

「シュルトか、よろしくな」

「にゃん」


挨拶もそこそこに、辺境伯が真っ先に食い付いたのは息子が抱いていた仔猫。

仔猫を抱こうとしたのだが息子の傍を離れたがらず、最終的にはふたり揃って辺境伯の膝の上へ。

なんだろう…いい意味で気が抜けた。


「街を先に回ってきただろう?どうだった?」


息子達を膝に乗せて穏やかな笑みを浮かべる辺境伯は、生きていれば僕の父と同じくらい。

ただ、その体つきは大きく違う。

辺境伯はその地位に驕ることなく、諍いや小競り合いがあれば先陣を切る現役の騎士でもあり、逞しい体躯をしていて眼光は鋭い。

つい萎縮してしまいそうになるが、それを上回る穏やかさで接してくれた。






辺境伯領の民達は幸せそうな顔をしている。

そして…これは少しばかり驚いたのだが、噂に聞いていたように距離感が近い。

王都や他の領地では、貴族と平民の間に身分差からそれなりの壁や距離感があるが、ここの民達は誰もが気さくに接してきた。


「正直申しますと驚きました」


そう告げると、辺境伯は声をあげて笑った。

なぜかそれにつられて息子も笑う。

僕の息子は大物になるかもしれないな…などと、現実逃避に走りそうになる。


「ジェイマンから、辺境の民がどのような意識を持っているか聞いた事はあるか?」

「はい」


辺境に生まれ育った者は郷土愛が深く、その忠誠を生涯をかけて誓っている。

そして、その民を守る為に辺境伯の強力な後ろ盾がついていると言われており、迂闊に手は出せないと云うのが貴族の暗黙のルールだ。

辺境伯領の者は実直で堅実。

彼らに不遇な対応をしようものなら、王家に助けを求めようと没落しかねない。


「領民の多くが、いずれ使用人などになって貴族社会に入る。その時、貴族に対して過度な反応をしないようにせねばならん」

「…萎縮し、虐げられたり犯罪行為に加担させられる可能性もあるから…ですか?」


僕としては許容しがたいが、使用人を奴隷のように扱う貴族は少なからずいる。

所詮は平民…そう言っては汚れ仕事をさせ、結果捕まる者は後を絶たない。

殆どが平民である彼らに罪を擦り付け、蜥蜴の尻尾切りで終わってしまう。

そして切られた者達は皆、貴族に傅くように厳しく教育されていると伝え聞く。


「平民と言えど人間であり、虐げられていい対象ではない。抗い、逃げ出す権利がある。己の欲求を満たす事しか頭になく、仕事に不真面目な場合は除くがな」

「はい、そのように思います」


僕の反応に納得されたのか、辺境伯はとても満足そうな笑みを浮かべた。


「貴族とは、そもそも国の為、民の為に尽力するようにと定められている。それをさも自分は尊い存在だと勘違いし、何をしても許されると傲った馬鹿どもが愚行を侵す。その標的とされれば命を落としかねん」


そう言うと辺境伯は厳しい顔つきになり…少し前に起きた事件を思い出した。

元平民だったとある貴族の後妻が、慣れない貴族社会への鬱憤を使用人へ日常的にぶつけ…激しい暴行を受け続けた女性が亡くなってしまった。

公表された内容には、連れ子の娘も同様の行いをしていたとされている。


「自分は平民だから仕方ない、誰も守ってくれないなど思い込んでいては、自分自身を守れない」


貴族でさえ、爵位の差で圧力をかけられ追い込まれてしまう者がいる。

それが平民となれば、理不尽な扱いに耐えざるを得ない者も多いだろう。


「ここの領民には、常に実直であるようにと教えを説いている。勤勉な者も多く、それ故に彼らを雇用したいとの声は多い。彼らは我が領地の誇りだ。その者らに無体を働くなど、たとえこの地を離れたあとでも許容など出来ぬ」

「彼らの評判は、どこで聞いても良いものばかりです。ジェイマンを見て知ってもいますが」

「それは何よりだ。中にはその忠誠心の強さを利用しようと目論んだり、“辺境の者だからこそ”虐待しようとする者もいるがな」

「そうする事で、自分は力のある者なのだと示したいのでしょう…愚かなことです」


そのような愚行に彼らは屈しない。

“辺境の者である”事の誇りを胸に刻み、権力や暴力に真っ向から立ち向かう。

それ故、辺境出身の使用人が長く務める家は、それだけで評価が上がるともされている。






色々と考えさせられる会話を続けるなか、突如として扉が勢いよく開け放たれた。


「仔猫はどこですの!?」


騎士服に身を包んだ女性が飛び込んできて、僕とナディアは目を丸くしてしまった。


「ここだ。可愛いだろう?」

「まぁまぁまぁまぁ!!可愛いっ!!」


辺境伯の膝の上に座っていた息子は、特に驚く様子もなく仔猫を掲げて見せる。


「しゅるとでしゅ!!」

「あなたも可愛いっ!!」

「んにゃっ」


女性は仔猫ごと息子をむぎゅっと抱きしめた。


「少し落ち着きなさい。すまないね。妻は儂と同じく子供と動物に目がないんだ」


息子と仔猫を抱き上げていた女性はそのまま僕達へ向き直り、満面の笑みを見せてくれた。


「初めまして、アビゲイルよ。騎士達に鍛錬つけていたから、こんな格好でごめんなさいね」

「いえっ…初めてご挨拶させて頂きます。モリス領を預かりますバルティスでございます。こちらは妻のナディアで…今お抱きになられているのが、息子のジェイドです」


噂に聞いていた通り、美しくありながらも女性騎士らしい気高さがある。

令嬢達の間には、夫人に憧れ慕う者達の集まりもあるのだと聞いていた。

ナディアは目を輝かせ…息子は仔猫を夫人の顔に押し付け『かわいいの』と笑っている。

やはり、僕の息子は大物になるかもしれない。





「アビゲイル様、置いていかないでください」


そして、辺境伯からの使いを受け早朝から出ていたジェイマンが、少し遅れて到着した。






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