【完結】失った妻の愛

Ringo

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【番外編1/3】父上の愛読書

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両親が結婚してから二十五年。
今でこそ常に寄り添い離れようとしないふたりだが、過去のふたりを振り返るとなんとも不思議な夫婦だったと思う。

決して仲が悪いわけではないが、微妙な距離感を保つ両親に『まぁ、貴族だし』と政略結婚あるあるを思い浮かべたり。
特に珍しい事でもないから気にもしなかった。

『あれ?』と思うようになったのは、妹が生まれるかどうかの頃。
父上の視線が常に母上を追い掛けていて、どこか寂しそうだと感じたのが始まり。
近寄りたそうなのに近寄らないし、声をかけようとして諦める姿も何度となく見かけた。

対して母上はと言えば、そんな父上がとる微妙な距離感と態度を分かっているようで。
父上のように視線で追うようなことはないが、時折じっと見つめることがある。
その時の目はまるで好きな人を見る女の子みたいで『母上、可愛いな』と思っていた。

だって僕の婚約者が『大好きです!』って向ける目と一緒だったから。
可愛いんだよ、そう言う時の女の子って。
まぁ、好きな女の子限定だけど。

ただ、やっぱり母上も寂しそうにしている事が多いような気がして、乳母に聞けば『大人には色々ありますから』と要領を得ない。

とは言え親としての愛情はふたりから間違いなく感じるし、ふたりが喧嘩するような姿も見ない。
まして友人が言う『また父上に愛人が出来た』という類いの気配もなくて、もどかしいながらもふたりは好き同士なんだろうなと思うだけ。

だけど想い合っているなら何故にそんなよそよそしいのだろう?とは思ったり。

だって同じ政略とは言え、僕と婚約者は心から想い合って仲良いし、その想いを隠さない。

年齢があがれば『素直になれない何かがあるのだろう』と理解し、それはそれでうまくいっているなら見て見ぬ振りをするようにして過ごした。

やがて弟が生まれ、いつもより寂しげな雰囲気を色濃くした様子の母上に訪ねたことがある。
その頃には子を作る行為も知っていたし、結婚してから大分経つのに仲がいいんだなと思っていたから、何故落ち込むのか分からなかった。

父上の想いも母上の想いも気付いている僕は、一体何が憂いなのかと問い、返ってきた言葉に驚いたのを覚えている。


『これでもう、お母様がお父様に必要とされることはなくなってしまったの』


何をバカなと思った。
父上は相も変わらず母上を視線で追い掛けているし、出産した母上への贈り物を嬉しそうにこれでもかと買い込んでいる。
その父上が母上を追い出す?あり得ない。

普段ならこんな話を子供にしない母上だから、よほど追い詰められてしまったのだろう。

結局そんなことはあるはずもなく、けれどもどかしい距離感は変わらず。
明らかにお互い意識しているのに、その事に気付かないのもお互いだけ。
そんなふたりを婚約者と呆れながら眺め、『僕達はちゃんと言葉にしようね』と誓い合った。
お陰さまで、僕達は今も昔もラブラブだ。


そして漸く父上の本懐が遂げられ、母上も抱えていた想いを口にしてから早いもので五年。
あの日…両親が和解した時、まさかそのまま四日も寝室に籠ることになるとは思わなかった。

ふと思う。
もしもふたりが早くに和解していたら、僕達子供と過ごす時間は少なかったのでは?と。
まぁ、それはそれで仲の良い両親だなと思うだけだったかもしれないが。

僕が結婚して子が出来てからも幼い弟がいたことで本館にて同居していたが、その弟が寮生活を始めるにあたり別館へと移ることが決まった。
父上は【漸く取り戻した蜜月】とでも言わんばかりに母上を別館…どころか寝室に閉じ込めては睦事に耽っている。
父上の強すぎる独占欲に母上の体調が些か心配ではあるが、ふたりの過去を知らずにいた頃から僕は母上の想いを知っていたし、母上さえ問題ないなら口を挟むつもりはない。

それに、この五年…重く深く激しすぎる父上の寵愛を一身に惜しみなく受けている母上は、メリハリのあるスタイルと肌艶の状態が以前にも増して磨きがかかり、妻によれば多くの女性達から羨望の眼差しを受けているらしい。
そしてそんな母上を愛しげに抱き寄せる父上も年相応の精悍さはあるもののやたら肌艶がよく、いつまでも母上に好いていてほしいからと鍛えている事も相まってか、年若きご令嬢から艶やかなご夫人方まで問わず熱い眼差しを寄せられている。

隠居した両親が夜会に出ることは滅多になくなったが、稀に出席せざるを得ないものに赴くと毎度そのような事態となり、それに対して母上は嫉妬の炎を業火の如く焚き上げてしまう。

母上が感情を素直に表すようになったのはいいことだし、父上は母上しか見ていないので何も問題は起きないが、ぷりぷりと母上が嫉妬して拗ねる様子を幸せそうに受け入れている。

もしかしたら、執着と独占欲が強いのは母上の方なんじゃなかろうか。


「お義母様達、また暫くは出てきませんわね」


久し振りに二世代で参加した夜会から帰宅したところで、妻が楽しそうにクスクスと笑いながらそんなことを口にした。
今夜も父上は多くの熱い秋波を向けられ、母上はピリピリしていたのだ。
そして僕達より早く帰宅してた両親は、既に寝室に籠っているらしい。


「よく四人ですんだものだよ」


あまりの仲の良さに子が出来るのでは?と揶揄される事も多かったが、当の本人達にそのつもりはさらさらなく、ふたりきりで過ごす穏やか…?な時間を楽しみたいそうだ。

まだ四十四歳と体力もあり、本来なら新婚当初にやりたかった事を全て叶えたいと話し合っては、近場への買い物や観劇、長距離の旅行などにも出掛けている。

それらを計画する元となっているのは、母上が二十年もの間つけていた日記。
裏切られても捨てきれなかった父上への恋心を抱えたまま、けれど自分では折り合いをつけることも向き合うことも出来なかった母上。
せめて想像することくらいは…と思い、父上とやりたいことや出掛けたい場所を丁寧に綴り続けてきたらしい。
その日記は父上の愛読書となっている。

そもそもは父上が犯した愚かな行いが原因で、いつ見限られてもおかしくはなく…それでも、子供ながらに父上の母上に対する後悔や愛情は常に感じていたし、母上が抱えている不安や寂しさにも気付いていた。

母上としては子を成すこと以外で必要とされているものはなく、その役目を終えたのだから追い出される…そんな風に気落ちしていた。
そしてその憂いは、立場は違えど父上からも感じられるもので。
思えばあの頃、互いに『これで終わり』と言われることを恐れていたのだろう。

父上は全く気付いていなかったが、母上はいつで恋する少女の眼差しで見ていたというのに。
ただ、それが父上に届くことはなかったけれど。



来週からは、父上の愛読書に書かれている場所へ旅行へ行くらしい。



何はともあれ、両親が仲睦まじいのはいい事だ。




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