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365日後の花言葉
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今日は幼い頃から夢に見た、愛する人との結婚式。
何度も何度も打ち合わせを重ねて出来上がったウェディングドレスは、真っ白な生地に金糸で細かな刺繍を施されたもの。
ふんわりとしたタイプが流行りだとは聞いたけれど、フリードリヒの希望を取り入れてデザインを完成させた……のだけれど。
「お綺麗ですわ…」
涙を浮かべるミーシャに、私も目頭が熱くなる。
「ありがとう」
どんな時も傍にいてくれて、どんな時も味方でいてくれた…家族と同じく大切な存在。お母様には言えないことも、ミーシャになら甘えて相談することが出来た。
「ミーシャ…これからもよろしくね」
「もちろんです」
一頻りミーシャと和み合って、改めて鏡に写し出された自分の装いを確認してみる。
「ねぇ、ミーシャ…やっぱり‥少し大胆だったかしら」
ウェディングドレスは体のラインをハッキリと表すようなデザインをしており、膨らみのある部分を…特に胸の箇所がこれでもかと主張しているような気がして…少しばかり恥ずかしい。
「いいえ、とてもお綺麗です」
ニコニコしているミーシャに勇気をもらう。
ギリギリの所までしか覆われていない胸の部分も、そこから首にかけてホルターネックのように繊細なレースで隠されており、むしろ扇情的で素晴らしいのだとフリードリヒは喜んでいたのを思い出して…頬が赤らむ。
体のラインに沿うように作られたデザインなので、痩せることも太ることもしないように細心の注意を払い続けた。
その苦労も今日までで、明日からはフリードリヒとのめくるめく…
「お嬢様…」
夢見心地になってしまっていたのをミーシャによって戻され、準備が終わるのを待ってくれていたお父様とお母様の元へ向かう。
「綺麗よ、ジュリエンヌ」
幸せになるのよ…とベールをおろされ、涙が滲んでしまうのを瞬きをして散らし必死に堪える。
「ありがとうございます…お母様」
どんな時も優しくて…だけど礼儀作法には誰よりも厳しかったお母様。いつか結婚して子供が出来たら、お母様みたいな母親になりたいと思っていた。強くて優しくて…いつまでも綺麗なお母様みたいになりたい。
「…まだやめられるぞ。そうだ、このままジュリエンヌが好きな領地のレストランにでも行こうじゃないか」
「お父様……」
それが本心ではないことくらい分かる。
結婚式が近付くにつれ、日に日に寂しそうな顔を深めるお父様をどう気遣えばいいのか困ってしまったもの。
意地悪なことを言いながらも、エスコートの為の腕を差し出してくれて…そこに自分の手をそっと絡めた。
思えば、厳しい淑女教育を耐えられたのはお父様のお蔭であることが多くある。
難しい作法やダンスレッスンについていけず泣いていると、必ずお父様が慰めに来てくれた。
『僕の小さなレディ』
そう言って優しく慰めてくれるお父様は、どんなに拙いステップでも最後まで笑顔で楽しそうに付き合ってくれて、何が描かれているのか分からない刺繍のハンカチも宝物のように大切にしてくれて、覚束ない作法のティータイムでは『ジュリエンヌと過ごすことに意味がある』と微笑んでくれた。
これを覚えた、これを出来るようになったのだと執務の合間に逐一報告する私を咎める事もなく、その都度優しく頭を撫でられるのが嬉しかった。
「お父様。私…ひとつだけ叶えられなかった夢があるんです」
扉が開き…長いバージンロードをお父様と歩きながら、小さな声で長年秘めていた思いを告白することにした。
「叶わなかった夢?」
同じように小声で返すお父様の声音に、少しだけ戸惑いの感情が伝わってくる。
潤沢な資産と権力を持っているお父様だからこそ、多少の我が儘はすべて叶えてもらったし…だからこそ、何が叶えられなかったのだろうと考えを巡らせているのだろう。
ひとつだけある。
お父様だからこそ叶えられなかったもの。
「私ね…お父様のお嫁さんになることが夢だったの」
幼い頃からお父様のことが大好きで、いつだってお母様を大切に慈しむ姿は憧れの男性像そのものだった。
幼い頃はお父様と…成長してからはお父様みたいな人と結婚することが夢となり、それはフリードリヒへと託された…私だけの秘密。
「だけどお父様はお母様の旦那様だから、その夢の相手はフリードリヒに変えさせていただきました」
笑みを抑えぬままお父様の顔を見上げると、今にも泣きそうな顔をしながら喜びに満ち溢れた表情をしていて…
「仕方ないな…セシリア以外を妻にしたいと思えん」
「ふふ…そんなお父様が大好きです」
少しずつフリードリヒの待つ場所に近付き、お父様の表情に侯爵としての威厳と父親としての頼り甲斐ある強い思いが表れる。
「……今ならまだ間に合うぞ」
お父様からフリードリヒへ私の手が渡されようとする時になっても尚、花嫁に逃走を促そうとするお父様に声をあげて笑いたくのを堪え、握られた手を力を込めて握り返し、
「嫌です。フリードリヒのお嫁さんになりたいの」
そう言えば、へにょりと眉を下げて…けれどすぐに威厳を取り戻し、厳しい顔でフリードリヒへと手を移してくれた。
「泣かせたら容赦しないぞ」
「心得ております」
フリードリヒの返事に満足したのか鷹揚に頷き、優しい微笑みを見せてお母様の隣へと戻っていく。
(大好きです…お父様、お母様)
「ジュリエンヌ」
最愛の人から差し出された腕にいつも通り自分の手を絡めると、しっくりと馴染んだ感覚がして嬉しくなる。
何年経ってもフリードリヒの隣はドキドキしてしまい、あとどれだけ共に過ごせばお父様達のように柔らかい雰囲気になれるのだろうか。
フリードリヒに対して恋心をなくすことはないけれど、これから続く長い未来は心穏やかに過ごしたい。
心穏やかに……
不意に、今夜迎えるであろう初夜を思い浮かべてしまい羞恥心が込み上げる。
結婚式に近付くにつれ、フリードリヒからのスキンシップが…その…濃厚なものになっていって……思い出すだけで体が熱を持ってしまう。
「誓いの口付けを」
ひとり不埒な思いに耽りながらも結婚式は滞りなく進み、終盤のメインでもある口付けの時を迎えた。
俯いたままベールをあげられ、絶対に真っ赤になっているはずの顔をゆっくりとフリードリヒを見上げる。
「……可愛い…愛してるよ、ジュリエンヌ」
私の赤い顔に少し驚きつつも、すぐに大好きな微笑みに変えていつものように愛を囁いてくれるフリードリヒ。
近付く顔に愛しさが溢れる。
一度は失いかけた掛け替えのない存在。
もう勝手に傷付いて泣くことはしない。
流すとすればフリードリヒへの愛ゆえだと言える。
だから許してね…
この涙はあなたへの愛が溢れただけのものだから
***
(フリードリヒ視点)
扉が開いて最愛のジュリエンヌが姿を現したとき、心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。
当日のお楽しみだからと試着する様子は一切見せてもらえず、ドレスとジュリエンヌを交互に思い出しては想像するだけだった日々。
俺の希望を存分に取り入れてくれたデザインは想像以上にジュリエンヌを美しく仕立てあげており…何よりも、未だあちこちで不埒な輩達が話題にしているバランスのとれた完璧な体のラインが惜しげもなく披露されている。
(ふたりきりで過ごす時専用にすればよかった)
文句なしに綺麗なジュリエンヌだけれど、その姿を大勢の記憶に残してしまったことだけが悔やまれる。
ジュリエンヌの姿を見て、頬を染めていたり下衆な視線を送っているやつは…絶対に忘れない。
徐々に近付いてくる愛しい花嫁は、何事か父親と楽しげに小声で話をしているようで…その光景に微笑ましく思っていると、華奢な手を受け取ろうとした際にまさかの中断を示唆された。
まさかジュリエンヌが望んでいるのかと不安になるも、
「嫌です。フリードリヒのお嫁さんになりたいの」
とキッパリハッキリと拒絶してくれたジュリエンヌに胸を撫で下ろし、差し出した腕に躊躇なく絡めてくれることに心が温かくなる。
一度は失いかけたこの温もり。
逃したくなくて、二度と離れたくなくて…本来ならそれぞれに祈りを捧げる姿勢をとるところを、ガッチリと腰を抱き寄せて離さずいることを申請しておいた。
延期となった理由を知っている神官は、呆れながらもその願いを聞き入れてくれて、この瞬間まで知らずにいたジュリエンヌは「え?あれ?」と小さく困惑してしまった…可愛すぎる。
思えば初めて出会ったときからジュリエンヌは恥ずかしがりやなとこらがあって、その一挙手一投足のすべてが俺の心を擽り続けてきた。
16歳になった時には「もう成人を迎えたのだから少しだけ大人の階段をのぼりたい」と我が儘を言う俺の願いに、14歳のジュリエンヌは真っ赤になりながらも応えてくれて…
(あの時のジュリエンヌは究極に可愛かった)
初めてジュリエンヌと深い口付けを経験してからは、もうひたすらに夢中になり…隙あらば可愛い唇を奪う日々。
失いかけて…漸く取り戻してからは理性を抑えることに必死となる日々が続いた。
ふたりきりの時に限定して甘えることを我慢しなくなったジュリエンヌの可愛さは破壊力と衝撃が強すぎて、何度理性を放り投げそうになったか分からない。
その我慢も今日まで…今夜までだと思うと感慨深いものがある。
「誓いの口付けを」
煩悩まみれになりそうになりながらも結婚式は滞りなく進み、終盤のメインでもある口付けの時を迎えた。
向かい合うジュリエンヌは神々しいまでの美しさで、豊かに盛り上がる胸にドキリとしながらも繊細なレースで覆われていることにホッとする。
ふわりと揺れるベールをあげると、現れたのは真っ赤な顔をしたジュリエンヌ。
大勢の前で口付けるのが恥ずかしいのかと思うも、どうしたって可愛いとしか思えなくて思わず笑みが溢れてしまう。
「……可愛い…愛してるよ、ジュリエンヌ」
一度は失いかけた掛け替えのない存在。
もう二度と傷付けることはしない。
ゆっくり顔を近付けると、ポロリとジュリエンヌの目から涙が溢れて…けれどその瞳に悲しみは微塵も見当たらなくて、あるのは慈愛に満ちた柔らかい輝き。
…ひとつだけ許してほしい。
君を決して泣かさないと義父上に約束をしたけれど、それは守れない約束だった。
俺は君をいつだって幸せにしたいし喜ばせたい…その思いに嘘はないけれど、それ故に泣かせてしまうことはこれから先幾度もあるのだと今さら気付いたんだ。
愛してるよ、ジュリエンヌ。
君の笑顔も喜びの涙も、与えられるのは俺だけなのだと選んでくれてありがとう…
今夜君を全力で愛する為に用意された公爵邸の部屋には、365本の薔薇を用意してある。
そして気付いてくれるだろうか…
これまでに贈った薔薇の本数が、今日のものとあわせて999本になることを。
〔あなたが毎日恋しくて〕
〔生まれ変わっても愛してる〕
何度も何度も打ち合わせを重ねて出来上がったウェディングドレスは、真っ白な生地に金糸で細かな刺繍を施されたもの。
ふんわりとしたタイプが流行りだとは聞いたけれど、フリードリヒの希望を取り入れてデザインを完成させた……のだけれど。
「お綺麗ですわ…」
涙を浮かべるミーシャに、私も目頭が熱くなる。
「ありがとう」
どんな時も傍にいてくれて、どんな時も味方でいてくれた…家族と同じく大切な存在。お母様には言えないことも、ミーシャになら甘えて相談することが出来た。
「ミーシャ…これからもよろしくね」
「もちろんです」
一頻りミーシャと和み合って、改めて鏡に写し出された自分の装いを確認してみる。
「ねぇ、ミーシャ…やっぱり‥少し大胆だったかしら」
ウェディングドレスは体のラインをハッキリと表すようなデザインをしており、膨らみのある部分を…特に胸の箇所がこれでもかと主張しているような気がして…少しばかり恥ずかしい。
「いいえ、とてもお綺麗です」
ニコニコしているミーシャに勇気をもらう。
ギリギリの所までしか覆われていない胸の部分も、そこから首にかけてホルターネックのように繊細なレースで隠されており、むしろ扇情的で素晴らしいのだとフリードリヒは喜んでいたのを思い出して…頬が赤らむ。
体のラインに沿うように作られたデザインなので、痩せることも太ることもしないように細心の注意を払い続けた。
その苦労も今日までで、明日からはフリードリヒとのめくるめく…
「お嬢様…」
夢見心地になってしまっていたのをミーシャによって戻され、準備が終わるのを待ってくれていたお父様とお母様の元へ向かう。
「綺麗よ、ジュリエンヌ」
幸せになるのよ…とベールをおろされ、涙が滲んでしまうのを瞬きをして散らし必死に堪える。
「ありがとうございます…お母様」
どんな時も優しくて…だけど礼儀作法には誰よりも厳しかったお母様。いつか結婚して子供が出来たら、お母様みたいな母親になりたいと思っていた。強くて優しくて…いつまでも綺麗なお母様みたいになりたい。
「…まだやめられるぞ。そうだ、このままジュリエンヌが好きな領地のレストランにでも行こうじゃないか」
「お父様……」
それが本心ではないことくらい分かる。
結婚式が近付くにつれ、日に日に寂しそうな顔を深めるお父様をどう気遣えばいいのか困ってしまったもの。
意地悪なことを言いながらも、エスコートの為の腕を差し出してくれて…そこに自分の手をそっと絡めた。
思えば、厳しい淑女教育を耐えられたのはお父様のお蔭であることが多くある。
難しい作法やダンスレッスンについていけず泣いていると、必ずお父様が慰めに来てくれた。
『僕の小さなレディ』
そう言って優しく慰めてくれるお父様は、どんなに拙いステップでも最後まで笑顔で楽しそうに付き合ってくれて、何が描かれているのか分からない刺繍のハンカチも宝物のように大切にしてくれて、覚束ない作法のティータイムでは『ジュリエンヌと過ごすことに意味がある』と微笑んでくれた。
これを覚えた、これを出来るようになったのだと執務の合間に逐一報告する私を咎める事もなく、その都度優しく頭を撫でられるのが嬉しかった。
「お父様。私…ひとつだけ叶えられなかった夢があるんです」
扉が開き…長いバージンロードをお父様と歩きながら、小さな声で長年秘めていた思いを告白することにした。
「叶わなかった夢?」
同じように小声で返すお父様の声音に、少しだけ戸惑いの感情が伝わってくる。
潤沢な資産と権力を持っているお父様だからこそ、多少の我が儘はすべて叶えてもらったし…だからこそ、何が叶えられなかったのだろうと考えを巡らせているのだろう。
ひとつだけある。
お父様だからこそ叶えられなかったもの。
「私ね…お父様のお嫁さんになることが夢だったの」
幼い頃からお父様のことが大好きで、いつだってお母様を大切に慈しむ姿は憧れの男性像そのものだった。
幼い頃はお父様と…成長してからはお父様みたいな人と結婚することが夢となり、それはフリードリヒへと託された…私だけの秘密。
「だけどお父様はお母様の旦那様だから、その夢の相手はフリードリヒに変えさせていただきました」
笑みを抑えぬままお父様の顔を見上げると、今にも泣きそうな顔をしながら喜びに満ち溢れた表情をしていて…
「仕方ないな…セシリア以外を妻にしたいと思えん」
「ふふ…そんなお父様が大好きです」
少しずつフリードリヒの待つ場所に近付き、お父様の表情に侯爵としての威厳と父親としての頼り甲斐ある強い思いが表れる。
「……今ならまだ間に合うぞ」
お父様からフリードリヒへ私の手が渡されようとする時になっても尚、花嫁に逃走を促そうとするお父様に声をあげて笑いたくのを堪え、握られた手を力を込めて握り返し、
「嫌です。フリードリヒのお嫁さんになりたいの」
そう言えば、へにょりと眉を下げて…けれどすぐに威厳を取り戻し、厳しい顔でフリードリヒへと手を移してくれた。
「泣かせたら容赦しないぞ」
「心得ております」
フリードリヒの返事に満足したのか鷹揚に頷き、優しい微笑みを見せてお母様の隣へと戻っていく。
(大好きです…お父様、お母様)
「ジュリエンヌ」
最愛の人から差し出された腕にいつも通り自分の手を絡めると、しっくりと馴染んだ感覚がして嬉しくなる。
何年経ってもフリードリヒの隣はドキドキしてしまい、あとどれだけ共に過ごせばお父様達のように柔らかい雰囲気になれるのだろうか。
フリードリヒに対して恋心をなくすことはないけれど、これから続く長い未来は心穏やかに過ごしたい。
心穏やかに……
不意に、今夜迎えるであろう初夜を思い浮かべてしまい羞恥心が込み上げる。
結婚式に近付くにつれ、フリードリヒからのスキンシップが…その…濃厚なものになっていって……思い出すだけで体が熱を持ってしまう。
「誓いの口付けを」
ひとり不埒な思いに耽りながらも結婚式は滞りなく進み、終盤のメインでもある口付けの時を迎えた。
俯いたままベールをあげられ、絶対に真っ赤になっているはずの顔をゆっくりとフリードリヒを見上げる。
「……可愛い…愛してるよ、ジュリエンヌ」
私の赤い顔に少し驚きつつも、すぐに大好きな微笑みに変えていつものように愛を囁いてくれるフリードリヒ。
近付く顔に愛しさが溢れる。
一度は失いかけた掛け替えのない存在。
もう勝手に傷付いて泣くことはしない。
流すとすればフリードリヒへの愛ゆえだと言える。
だから許してね…
この涙はあなたへの愛が溢れただけのものだから
***
(フリードリヒ視点)
扉が開いて最愛のジュリエンヌが姿を現したとき、心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。
当日のお楽しみだからと試着する様子は一切見せてもらえず、ドレスとジュリエンヌを交互に思い出しては想像するだけだった日々。
俺の希望を存分に取り入れてくれたデザインは想像以上にジュリエンヌを美しく仕立てあげており…何よりも、未だあちこちで不埒な輩達が話題にしているバランスのとれた完璧な体のラインが惜しげもなく披露されている。
(ふたりきりで過ごす時専用にすればよかった)
文句なしに綺麗なジュリエンヌだけれど、その姿を大勢の記憶に残してしまったことだけが悔やまれる。
ジュリエンヌの姿を見て、頬を染めていたり下衆な視線を送っているやつは…絶対に忘れない。
徐々に近付いてくる愛しい花嫁は、何事か父親と楽しげに小声で話をしているようで…その光景に微笑ましく思っていると、華奢な手を受け取ろうとした際にまさかの中断を示唆された。
まさかジュリエンヌが望んでいるのかと不安になるも、
「嫌です。フリードリヒのお嫁さんになりたいの」
とキッパリハッキリと拒絶してくれたジュリエンヌに胸を撫で下ろし、差し出した腕に躊躇なく絡めてくれることに心が温かくなる。
一度は失いかけたこの温もり。
逃したくなくて、二度と離れたくなくて…本来ならそれぞれに祈りを捧げる姿勢をとるところを、ガッチリと腰を抱き寄せて離さずいることを申請しておいた。
延期となった理由を知っている神官は、呆れながらもその願いを聞き入れてくれて、この瞬間まで知らずにいたジュリエンヌは「え?あれ?」と小さく困惑してしまった…可愛すぎる。
思えば初めて出会ったときからジュリエンヌは恥ずかしがりやなとこらがあって、その一挙手一投足のすべてが俺の心を擽り続けてきた。
16歳になった時には「もう成人を迎えたのだから少しだけ大人の階段をのぼりたい」と我が儘を言う俺の願いに、14歳のジュリエンヌは真っ赤になりながらも応えてくれて…
(あの時のジュリエンヌは究極に可愛かった)
初めてジュリエンヌと深い口付けを経験してからは、もうひたすらに夢中になり…隙あらば可愛い唇を奪う日々。
失いかけて…漸く取り戻してからは理性を抑えることに必死となる日々が続いた。
ふたりきりの時に限定して甘えることを我慢しなくなったジュリエンヌの可愛さは破壊力と衝撃が強すぎて、何度理性を放り投げそうになったか分からない。
その我慢も今日まで…今夜までだと思うと感慨深いものがある。
「誓いの口付けを」
煩悩まみれになりそうになりながらも結婚式は滞りなく進み、終盤のメインでもある口付けの時を迎えた。
向かい合うジュリエンヌは神々しいまでの美しさで、豊かに盛り上がる胸にドキリとしながらも繊細なレースで覆われていることにホッとする。
ふわりと揺れるベールをあげると、現れたのは真っ赤な顔をしたジュリエンヌ。
大勢の前で口付けるのが恥ずかしいのかと思うも、どうしたって可愛いとしか思えなくて思わず笑みが溢れてしまう。
「……可愛い…愛してるよ、ジュリエンヌ」
一度は失いかけた掛け替えのない存在。
もう二度と傷付けることはしない。
ゆっくり顔を近付けると、ポロリとジュリエンヌの目から涙が溢れて…けれどその瞳に悲しみは微塵も見当たらなくて、あるのは慈愛に満ちた柔らかい輝き。
…ひとつだけ許してほしい。
君を決して泣かさないと義父上に約束をしたけれど、それは守れない約束だった。
俺は君をいつだって幸せにしたいし喜ばせたい…その思いに嘘はないけれど、それ故に泣かせてしまうことはこれから先幾度もあるのだと今さら気付いたんだ。
愛してるよ、ジュリエンヌ。
君の笑顔も喜びの涙も、与えられるのは俺だけなのだと選んでくれてありがとう…
今夜君を全力で愛する為に用意された公爵邸の部屋には、365本の薔薇を用意してある。
そして気付いてくれるだろうか…
これまでに贈った薔薇の本数が、今日のものとあわせて999本になることを。
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