【完結】365日後の花言葉

Ringo

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ディアスシアを貴方に

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「…え?今なんて…」


予想外の言葉に、彼が動揺しているのが窺える…少し離れた所から、気付かれないようにしているけれど。


「お嬢様からお言付けでございます。明日の夜、庭でお茶をご用意してお待ちしております…と」

「…ジュリエンヌが……」

「はい」


私と同じように悲しみ、私以上に怒ってくれていたミーシャも、この半年見せ続けてくれた彼の態度と行動に心を解している。


「そ…そうか……明日……」

「はい」

「な、何か欲しがっているものはないか?よく好んで食べていた王都の菓子や好んで付けてくれていた金やエメラルドの宝飾品とかっ…」


焦っているのか早口になってしまっている様相に嬉しくなる…会うのを楽しみにしてくれていることが何よりも嬉しい。


「いえ…特に伺ってはおりません。ですが、お嬢様がお望みのものはひとつだと思います」

「ひとつ…」

「はい。それから、こちらをフリードリヒ様へとお預かりしております」

「……ディアスシア…」

「そして、こちらも」


ミーシャに頼んだのはふたつの贈り物。

〔ごめんなさい〕の意味を込めたディアスシアの花と、刺繍を施した一枚のハンカチ。

使った糸の色は三色で、ふたりの共通色でもある金糸に緑と紫…それらを使い、ずっと大切にしてきた名前を刺した。


「…ジュリードリヒ」





まだ幼かった頃に聞いた、ある国の王子様とお姫様の話。とても仲が良く愛し合っているふたりは民からの評判もよく、親愛を込めてで呼ばれていた…というもの。

その話に興味を持った私にフリードリヒは思案し、サラサラと紙にを書き出した。


『……ジュリードリヒ?』

『そう、ジュリエンヌとフリードリヒで。どう?なかなかいい名前だと思うんだけど』

『すごい!ありがとうフリード、大好き!!』


ふたりだけの…厳密に言えば控えていたミーシャと3人だけの秘密の名前、それを初めて刺繍として施した。



変わらずにいてくれたフリードリヒへの感謝と愛情を込めて……






***






「お嬢様、フリードリヒ様がお越しになられました」


家令と連れ立ち現れたフリードリヒ。

仮の婚約状態となっている私達だけど、ミーシャも含めて全員が静かにその場から辞していった。




半年ぶりに面と向かい合う彼を見て…抑えきれない想いが溢れ出す。



「ジュリエンヌっ」



私の頬に流れる涙を目にしたフリードリヒが、手に持つ花束を落として強く抱き締めてくれ、彼から香る柑橘系の香りに懐かしさを感じて更に涙が溢れてしまう。


恋しかった。

会いたかった。



「ごめ…なさ……」



意地を張ってしまった。

無理をさせてしまった。


ぐるぐると渦巻く複雑な感情をどう表せばいいのか分からなくて、ただ謝ることしかできない。


「謝らなくていい…ジュリエンヌは何も悪くないし、謝るようなことはしていない。俺の…俺がすべて悪かった……傷つけてごめん」


きゅっと力を込めて抱き締めてくれる事から得た安心感に心は落ち着き始め、もう離れたくない思いのままフリードリヒの背中に手を回した。


「傷つけて…泣かせてごめん。毎日しつこく会いに来てごめん。毎日花を押し付けてごめん……ジュリエンヌを諦められなくて…ごめん」


返したい思いはたくさんあって、それらすべてを言葉にしたいのに…止まってくれない涙と嗚咽に叶わない。


「ジュリエンヌ…本当は君の気持ちが落ち着くまで待つつもりだったんだ…でも……でもやっぱり諦められない…ジュリエンヌと結婚したい」


フリードリヒの体が僅かに震えていることが伝わり、不安なのは私だけではないのだと思えた。

風が吹いて彼の長い髪を纏めていたリボンが解け、柔らかでサラサラとした金糸が彼に抱き込まれている私を覆い……それまで緊張していた体の強張りが抜けていく。

緊張の原因であった月明かりから守ってくれたのは、愛してやまないフリードリヒ。

大好きな彼の大好きな金糸の幕から漏れ光る月明かり…それを今は素直に綺麗だと思える。


「……大好き」


それだけを彼の胸のなかに呟くと、強くも優しく抱き締めてくれている彼がピクリと反応して…


「フリード…あの…」


久し振りに感じた彼の体温と香りに恥ずかしさが沸き起こり、少しだけ身動いでしまう。そんな私の反応を楽しむかのように、腕の力を緩めながらも決して離してくれることはなくて。


「……可愛い」


至近距離で見る彼の笑顔はこんなにも破壊力があったのかと、余裕の笑みを浮かべる彼にムッとしてしまう。


「ジュリエンヌ…」


甘く響く大好きな彼の声。

もう呼ばれることは…聞くことはないのかもしれないと落ち込む日が何度もあった。

大切な人を守りたいからと厳しい騎士団の鍛練に幼い頃から通い、その腕は近衛騎士にも匹敵するのだとお兄様から聞いたことがある。

大切な人を…領民を守り続けられるようにと勉学にも勤しみ、その高い能力は高位文官にも勝るのだと。


『あいつはジュリエンヌの為なら努力するのを惜しまないし、そもそも努力とも思ってないんじゃないかな』


いつか言われた言葉を思い出す。

昔から当たり前のように傍にいて、当たり前のように愛されてきたことが‥決して当たり前のことではなかったのだと知ることができた。

こうして変わらずに抱き締めてくれて、優しく微笑み甘い声で呼んでくれるとこは、彼の変わらぬ愛があればこそ。


絶対に失いたくない。




金糸の幕に覆われたまま彼を見上げると、そこにある愛しいエメラルド色の瞳が不安で揺れているのが分かる。

きっと私の瞳も…



もう離れたくない。


漏れ光る月明かりも、彼を失う怖さに比べればなんともないもののように思える。



「フリードリヒ…」



愛しい彼の頬に両手を添えれば、恐る恐るといったように大きな手を重ねてくれる…長年の、そして今も変わらずに続けられている鍛練の証とも言える、硬くて大きな…大好きな彼の手。

はしたないかと思われるだろうか。

それでも強請ってしまう。

頬に添えた手に少しだけ力を込めて、自分の方へと彼の顔を近付けた。

彼に躊躇いの様子が窺えるけれど、それはきっと私と同じ思いだと思えるから…



あの日の光景がトラウマになったことは間違いない…だからこそ、ふたりで乗り越えたいと強く思う。



「フリード…愛してる……」



もう恐れも震えもない。

あるのは彼を愛しいと思う気持ちだけ。



「ジュリエンヌ…俺の最愛の人……愛してる」



微笑んで…ゆっくりと近付く大好きな彼の顔。

サラサラと擽る金糸が心地いい。






待たせてごめんね……愛してる。







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