【完結】初恋は淡雪に溶ける

Ringo

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初夜を迎えたふたりが浴室を備える寝室から姿を見せたのは三日後。

その間は一度足りとも顔すら出さず、扉の前に食事や必要なものを用意するメリルは若干呆れた。

言わずもがなエメットに。

漸くアンジェリカの生存と無事を確認出来たのはいいが、リビングで過ごす新婚夫婦は片時も離れることなく…


「ほら、これも美味しいよ」

「ん……本当ね。エメットも食べて?」

「ありがとう」


雛鳥のように愛妻から差し出されたスプーンを躊躇いなく食む…というような甘いやり取りを繰り広げている。

ちなみにアンジェリカが座るのはエメットの膝の上であり、愛妻を横抱きにしているエメットの表情は溶けた砂糖の如くデレデレ。

小さな口で咀嚼するアンジェリカを「可愛い」と呟きながら見つめ、顔中あちこちに口付けた。

首筋には幾つもの赤い花が散っており、白いシフォンワンピースの中がどうなっているのかは想像に容易い。


───少しは手加減しろや!!


メリルは内心で毒づくも、エメット同様に幸せに満ちた笑顔のアンジェリカに免じて許した。


「ねぇエメット…もう出来たかしら」


頬を染めながら薄い腹を撫でてそんな事を言うアンジェリカに、眉根を寄せた真顔で「いや…」と否定する。


「アンジェ、そう簡単に子は出来ない」

「……そうなの?」


旦那様に子種を貰い妊娠する…そう教本には書いてあったのにとアンジェリカは落ち込み、澄んだ瞳に薄い膜が張られた。

もしこれから先も身篭れなければ、最悪エメットに捨て置かれて別の女性を迎えるやも知れない。

仲睦まじい様子を見せつけられ、やがてその女性がエメットの子を身篭り腹を膨らませる…そこまで妄想してしまった。


「だからこそ、もっと子種を注がないと」


不安に瞳を揺らす愛妻に口付けながら悦に浸っているが、その様子にメリルは目を細める。


───それ、ただもっとしたいだけでしょ?


そんな罵倒を口に出すことはせず、アンジェリカが何やら決意した面持ちでいるので事の成り行きを静かに見守った。


「では…たくさん営みませんといけませんわね」

「あぁ。君の為なら幾らでも」


頬を赤らめるアンジェリカを抱き上げ、エメットは浮き足立つように寝室へと歩みを進める。

この三日間は寝台の手入れをエメットがしていたが、流石にそろそろ本職の手入れが必要だろうとメイド達に頼み、そろそろ終えた頃合い。

空気の入れ替えも済んだ寝室へと入る後ろ姿を見送ったメリルは、仕事を終えたメイド達と部屋をあとにした。






*.゜。:+*.゜。:+*.゜。:+*.゜






連日に渡る営みが実を結んだのは、それから間もなくしてのこと。

予定していた月のものが来ず、胸の張りを気にする様子に年嵩の侍女がいの一番に気付いた。


「ご懐妊ですね、おめでとうございます」


朗らかな笑みと口調で女医から告げられると、アンジェリカは頬を緩ませて腹を撫でた。

まだまだ初期とあって膨らみは無いが、医師曰くそこには紛れもなく命が宿っているという。


「エメットの赤ちゃん……」


そう口にすれば実感が湧き、何物にも代えがたい愛おしさと共に、命に代えても守らなければと母性が芽生えた。

直ぐにでも愛する人へ伝えたいが、残念なことにエメットは視察で三日ほど留守にしており、帰宅予定は明日の夜。


「わたくし、部屋から一歩も出ないわ」


躓きでもして流れては適わない。

エメットに無事伝えられるまではせめて大人しく部屋で過ごし、腹の子と一緒に“父親”の帰りを待つことに決めた。


「それがようございます」


普段の溺愛と過保護ぶりを知る使用人達は一様に頷き、部屋の中にある物の中で怪我を誘発しそうなものを次々に運び出していく。




そして予定通りに帰宅したエメットは愛妻とメリルの出迎えがないことに胸騒ぎを覚え、視察中に医師を呼んだという報告に衝撃を受けた。


「なぜ早馬で知らせなかった!!」


離れている寂しさを紛らわせる為、呑気に土産を選んでいた自身が悔やまれてならない。

八つ当たりにも近い叱責を飛ばすが、使用人達は何故か柔らかい笑みを浮かべて「奥様が直接お話になられるとの事でしたので」と言うだけ。

そんなに深刻な状態なのか!?彼らは心配かけまいと装っているのか!?と歪曲した思考のまま、部屋に篭っているというアンジェリカの元へ急ぐ。

稀少な薬が必要なら世界中を探し回る。

治療の為なら私財を投げ打っても構わない。

そんな心情で階段を駆け上がり、いつも夫婦で過ごしている部屋の扉を力一杯に開け放った。


「アンジェリカ!!」

「おかえりなさい、エメット」


立って出迎えた妻は血相を変えて飛び込んできた夫にそっと抱き着き、四日ぶりとなる愛しい人の匂いを深く吸い込んで堪能する。


「……アンジェ……?」


鍛えた胸板に頬擦りをして甘える妻は、どこからどう見ても重病人とは思えず……それどころか頬を赤らめて健康そのもの。

しかしどんなにそう見えても医師まで呼んだ事実は変わらないと、甘える愛しい妻の体を断腸の思いで引き剥がした。


「あんっ……エメット…?」


肩を掴まれ引き剥がされたアンジェリカは不満を感じたが、そうした本人は何やらジロジロと全身に視線を這わせている。


「……アンジェ……どこが辛いんだ?痛みは?我慢などしなくていいから言ってくれ」


どういうこと?と小首を傾げたアンジェリカの視界に映ったのは、申し訳なさそうに頭を下げる使用人達の様子。

そこで漸くエメットの気遣いに思い至り、まずは落ち着くのが先決だと剣ダコだらけの手を握ってソファーへ座るよう促した。


「アンジェリカ…」


大人しく従うも狼狽えたままのエメットに、アンジェリカは慈しむ微笑みを浮かべる。

そして握る手にもう片方の手も包むようにして重ねて見つめ、この手にどれだけ守られてきたのだろうかと感慨に耽った。

その姿がエメットには儚げに映ってしまう。

もしかしてもう余命幾ばくもないのか…そんな風に思いながら、愛する妻の口から告げられるであろう宣告を待つ。


「……エメット…あのね……」


意を決したように顔をあげたアンジェリカの口から紡がれる言葉に、エメットが昇天しかけてしまうまであとほんの少し…













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