26 / 26
♡laststory♡
しおりを挟む初夜を迎えたふたりが浴室を備える寝室から姿を見せたのは三日後。
その間は一度足りとも顔すら出さず、扉の前に食事や必要なものを用意するメリルは若干呆れた。
言わずもがなエメットに。
漸くアンジェリカの生存と無事を確認出来たのはいいが、リビングで過ごす新婚夫婦は片時も離れることなく…
「ほら、これも美味しいよ」
「ん……本当ね。エメットも食べて?」
「ありがとう」
雛鳥のように愛妻から差し出されたスプーンを躊躇いなく食む…というような甘いやり取りを繰り広げている。
ちなみにアンジェリカが座るのはエメットの膝の上であり、愛妻を横抱きにしているエメットの表情は溶けた砂糖の如くデレデレ。
小さな口で咀嚼するアンジェリカを「可愛い」と呟きながら見つめ、顔中あちこちに口付けた。
首筋には幾つもの赤い花が散っており、白いシフォンワンピースの中がどうなっているのかは想像に容易い。
───少しは手加減しろや!!
メリルは内心で毒づくも、エメット同様に幸せに満ちた笑顔のアンジェリカに免じて許した。
「ねぇエメット…もう出来たかしら」
頬を染めながら薄い腹を撫でてそんな事を言うアンジェリカに、眉根を寄せた真顔で「いや…」と否定する。
「アンジェ、そう簡単に子は出来ない」
「……そうなの?」
旦那様に子種を貰い妊娠する…そう教本には書いてあったのにとアンジェリカは落ち込み、澄んだ瞳に薄い膜が張られた。
もしこれから先も身篭れなければ、最悪エメットに捨て置かれて別の女性を迎えるやも知れない。
仲睦まじい様子を見せつけられ、やがてその女性がエメットの子を身篭り腹を膨らませる…そこまで妄想してしまった。
「だからこそ、もっと子種を注がないと」
不安に瞳を揺らす愛妻に口付けながら悦に浸っているが、その様子にメリルは目を細める。
───それ、ただもっとしたいだけでしょ?
そんな罵倒を口に出すことはせず、アンジェリカが何やら決意した面持ちでいるので事の成り行きを静かに見守った。
「では…たくさん営みませんといけませんわね」
「あぁ。君の為なら幾らでも」
頬を赤らめるアンジェリカを抱き上げ、エメットは浮き足立つように寝室へと歩みを進める。
この三日間は寝台の手入れをエメットがしていたが、流石にそろそろ本職の手入れが必要だろうとメイド達に頼み、そろそろ終えた頃合い。
空気の入れ替えも済んだ寝室へと入る後ろ姿を見送ったメリルは、仕事を終えたメイド達と部屋をあとにした。
*.゜。:+*.゜。:+*.゜。:+*.゜
連日に渡る営みが実を結んだのは、それから間もなくしてのこと。
予定していた月のものが来ず、胸の張りを気にする様子に年嵩の侍女がいの一番に気付いた。
「ご懐妊ですね、おめでとうございます」
朗らかな笑みと口調で女医から告げられると、アンジェリカは頬を緩ませて腹を撫でた。
まだまだ初期とあって膨らみは無いが、医師曰くそこには紛れもなく命が宿っているという。
「エメットの赤ちゃん……」
そう口にすれば実感が湧き、何物にも代えがたい愛おしさと共に、命に代えても守らなければと母性が芽生えた。
直ぐにでも愛する人へ伝えたいが、残念なことにエメットは視察で三日ほど留守にしており、帰宅予定は明日の夜。
「わたくし、部屋から一歩も出ないわ」
躓きでもして流れては適わない。
エメットに無事伝えられるまではせめて大人しく部屋で過ごし、腹の子と一緒に“父親”の帰りを待つことに決めた。
「それがようございます」
普段の溺愛と過保護ぶりを知る使用人達は一様に頷き、部屋の中にある物の中で怪我を誘発しそうなものを次々に運び出していく。
そして予定通りに帰宅したエメットは愛妻とメリルの出迎えがないことに胸騒ぎを覚え、視察中に医師を呼んだという報告に衝撃を受けた。
「なぜ早馬で知らせなかった!!」
離れている寂しさを紛らわせる為、呑気に土産を選んでいた自身が悔やまれてならない。
八つ当たりにも近い叱責を飛ばすが、使用人達は何故か柔らかい笑みを浮かべて「奥様が直接お話になられるとの事でしたので」と言うだけ。
そんなに深刻な状態なのか!?彼らは心配かけまいと装っているのか!?と歪曲した思考のまま、部屋に篭っているというアンジェリカの元へ急ぐ。
稀少な薬が必要なら世界中を探し回る。
治療の為なら私財を投げ打っても構わない。
そんな心情で階段を駆け上がり、いつも夫婦で過ごしている部屋の扉を力一杯に開け放った。
「アンジェリカ!!」
「おかえりなさい、エメット」
立って出迎えた妻は血相を変えて飛び込んできた夫にそっと抱き着き、四日ぶりとなる愛しい人の匂いを深く吸い込んで堪能する。
「……アンジェ……?」
鍛えた胸板に頬擦りをして甘える妻は、どこからどう見ても重病人とは思えず……それどころか頬を赤らめて健康そのもの。
しかしどんなにそう見えても医師まで呼んだ事実は変わらないと、甘える愛しい妻の体を断腸の思いで引き剥がした。
「あんっ……エメット…?」
肩を掴まれ引き剥がされたアンジェリカは不満を感じたが、そうした本人は何やらジロジロと全身に視線を這わせている。
「……アンジェ……どこが辛いんだ?痛みは?我慢などしなくていいから言ってくれ」
どういうこと?と小首を傾げたアンジェリカの視界に映ったのは、申し訳なさそうに頭を下げる使用人達の様子。
そこで漸くエメットの気遣いに思い至り、まずは落ち着くのが先決だと剣ダコだらけの手を握ってソファーへ座るよう促した。
「アンジェリカ…」
大人しく従うも狼狽えたままのエメットに、アンジェリカは慈しむ微笑みを浮かべる。
そして握る手にもう片方の手も包むようにして重ねて見つめ、この手にどれだけ守られてきたのだろうかと感慨に耽った。
その姿がエメットには儚げに映ってしまう。
もしかしてもう余命幾ばくもないのか…そんな風に思いながら、愛する妻の口から告げられるであろう宣告を待つ。
「……エメット…あのね……」
意を決したように顔をあげたアンジェリカの口から紡がれる言葉に、エメットが昇天しかけてしまうまであとほんの少し…
78
お気に入りに追加
1,925
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと
暁
恋愛
陽も沈み始めた森の中。
獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。
それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。
何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。
※
・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。
・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
どうして私にこだわるんですか!?
風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。
それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから!
婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。
え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!?
おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。
※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。
殿下の愛しのハズレ姫 ~婚約解消後も、王子は愛する人を諦めない~
はづも
恋愛
「すまない。アメリ。婚約を解消してほしい」
伯爵令嬢アメリ・フローレインにそう告げるのは、この国の第一王子テオバルトだ。
しかし、そう言った彼はひどく悲し気で、アメリに「ごめん」と繰り返し謝って……。
ハズレ能力が原因で婚約解消された伯爵令嬢と、別の婚約者を探すよう王に命じられても諦めることができなかった王子のお話。
全6話です。
このお話は小説家になろう、アルファポリスに掲載されています。
【完結】巻き戻してとお願いしたつもりだったのに、転生?そんなの頼んでないのですが
金峯蓮華
恋愛
神様! こき使うばかりで私にご褒美はないの! 私、色々がんばったのに、こんな仕打ちはないんじゃない?
生き返らせなさいよ! 奇跡とやらを起こしなさいよ! 神様! 聞いているの?
成り行きで仕方なく女王になり、殺されてしまったエデルガルトは神に時戻し望んだが、何故か弟の娘に生まれ変わってしまった。
しかもエデルガルトとしての記憶を持ったまま。自分の死後、国王になった頼りない弟を見てイライラがつのるエデルガルト。今度は女王ではなく、普通の幸せを手に入れることができるのか?
独自の世界観のご都合主義の緩いお話です。
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
公爵令嬢ディアセーラの旦那様
cyaru
恋愛
パッと見は冴えないブロスカキ公爵家の令嬢ディアセーラ。
そんなディアセーラの事が本当は病むほどに好きな王太子のベネディクトだが、ディアセーラの気をひきたいがために執務を丸投げし「今月の恋人」と呼ばれる令嬢を月替わりで隣に侍らせる。
色事と怠慢の度が過ぎるベネディクトとディアセーラが言い争うのは日常茶飯事だった。
出来の悪い王太子に王宮で働く者達も辟易していたある日、ベネディクトはディアセーラを突き飛ばし婚約破棄を告げてしまった。
「しかと承りました」と応えたディアセーラ。
婚約破棄を告げる場面で突き飛ばされたディアセーラを受け止める形で一緒に転がってしまったペルセス。偶然居合わせ、とばっちりで巻き込まれただけのリーフ子爵家のペルセスだが婚約破棄の上、下賜するとも取れる発言をこれ幸いとブロスカキ公爵からディアセーラとの婚姻を打診されてしまう。
中央ではなく自然豊かな地方で開拓から始めたい夢を持っていたディアセーラ。当初は困惑するがペルセスもそれまで「氷の令嬢」と呼ばれ次期王妃と言われていたディアセーラの知らなかった一面に段々と惹かれていく。
一方ベネディクトは本当に登城しなくなったディアセーラに会うため公爵家に行くが門前払いされ、手紙すら受け取って貰えなくなった。焦り始めたベネディクトはペルセスを罪人として投獄してしまうが…。
シリアスっぽく見える気がしますが、コメディに近いです。
痛い記述があるのでR指定しました。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる