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side☆メリル
しおりを挟む「おやすみなさいませ、お嬢様」
「おやすみ、メリル」
アンジェリカが寝台に横たわったのを見届けてから、メリルは静かに扉を閉めて出た。
専属侍女となって五年。
その役目は一日たりとも譲ったことが無い。
『メリルもたまには休んでいいのよ?』
まだ御屋敷付きだった頃にそう言われたこともあるが、メリルが過ごしたのは扉の前。
エメットが立つ足元に座り、読書を嗜んだ。
そういうことではないと何度窘められても、『休みなのだから自由なはずだ』と言い張りテコでも動こうとしない。
何度も繰り返される内にアンジェリカも諦め、せめて休息を取らせようと一緒にお茶をする時間を設けるようになった。
メリルにすれば至福の時間。
何よりのご褒美。
エメットの嫉妬する姿と視線に優越感で微笑み、
誰よりも強い信頼関係を築いた。
そして専属となってからは甲斐甲斐しく世話を続け、今では髪の毛一本に至るまでアンジェリカを磨くのもメリルの役目。
『くそっ……メリルさんばっかり…!!』
専属騎士であり、そもそも男性であるが故に触れることの出来ないエメットが、陰でこっそり地団駄を踏んでいることも知っていた。
そして、その胸の内に抱える苦悩も。
*.゜。:+*.゜。:+*.゜。:+*.゜
アンジェリカの表情に翳りが見え始めたのは、凡そ一年前のこと。
それまでも自由奔放な婚約者に振り回されていたが、大胆な女遊びが目立つようになっても“若さ故の火遊び”…として耐え忍んでいた。
『アンジェリカは面白味がない。少しくらい婚約者らしくしたらどうだ?』
アンジェリカの慎みある態度と距離感にそう言い放った元婚約者。
『お前のソレはなんの為にあるのやら』
アンジェリカの胸元を舐めるように這う視線から隠すように、メリルは『お寒くないですか?』とさりげなくストールを掛けた。
『婚約者ならもっと近寄れ』
腰をグイッと抱き寄せては撫で擦る。
その時、アンジェリカの腕に鳥肌が立ったのをメリルは見逃さない。
『お嬢様、裾に土埃がついておられます』
そう言っては元婚約者から引き剥がした。
アンジェリカは婚約者の態度が変わったことに動揺していたが、原因の見当は容易いもの。
十四歳から始まった閨教育が具体的なものになり、且つ実技指南を受け始めたことで秘め事への興味が暴走しているのだ。
隙あらばアンジェリカに触れようと試み、人気のない場所へ連れ込もうとする。
それを阻もうとするメリルは、陰で何度も婚約者から叱責と暴力を受けてもいた。
『いずれ俺のものになるんだ。何をしようと俺の自由だろう?邪魔をするな』
殺してやる…そう思うも手は出せない。
日に日にアンジェリカは気落ちしていき、家族やエメット以外の男性が近寄ることに怯えてしまうようにもなった。
そこに齎された─メリルにとっては─吉報。
婚約者がとある伯爵令嬢と恋仲になり、妻に迎えるべく子まで儲けたという。
公爵夫妻は激怒したが、メリルは漸くアンジェリカが解放されると胸を撫で下ろした。
そしてエメットの苦悩も終わるのだと。
*.゜。:+*.゜。:+*.゜。:+*.゜
アンジェリカの変化にいち早く気付いたのもメリルであった。
『エメットもいつかは国へ戻るのよね…』
貰った一輪の紫苑を手に憂いを見せる。
アンジェリカ本人は気付いていないが、無意識にエメットの姿を探しては目で追っていた。
その瞳には明らかな恋慕が見て取れる。
平民のメリルに貴族のしがらみは分からない。
けれど可愛い弟分の長い片想いが実るかもしれないと、さりげなくエメットを褒める言葉や努力家で実直なところを伝え続けた。
その成果かアンジェリカの態度も初々しい乙女に変わり、エメットの言葉ひとつ、態度ひとつで簡単に頬を赤らめてしまう。
『エメットと結ばれる人が羨ましいわ』
物憂げな呟きには何も言えなかった。
『メリルの事は姉のように思っているのよ。だからいつまでも傍に居てね?』
孤児であった自分を拾い上げてくれたアンジェリカの傍を離れるなど、メリルの選択肢には無い。
『姉さんがいたらメリルさんみたいなのかな』
亡くした弟と同じ年のエメット。
容姿や肩書きはまるで違うけれど、初めて会った時から何故か温かいものを感じていた。
大好きなふたりには幸せになって欲しい。
願わくば添い遂げる形で。
「本日はどのような髪型に致しましょうか」
「………エメットは結ぶのとおろすの、どちらが好きだと思う?」
弟よ、今すぐ可愛らしいリボンを買ってこい。
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