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変わりゆく想い
しおりを挟む公爵家の馬車は大きく、ふかふかの敷物は長期間の旅でも体への負担は少ない。
「ねぇエメット。あれはなぁに?」
振り向いて尋ねるアンジェリカに答えようと、隣に座るエメットが同じ窓を覗き込んだ。
自然と顔が近付き、アンジェリカは頬に熱を持つ自分に驚き慌てて外へ向き直る。
そもそも何故、いつもは向かいなのにこの旅路では隣に座るのだろうと思いながら。
「あれは気球といって、括り付けた布を熱で膨らませて飛ばす乗り物ですよ」
少しでも動けば触れてしまう距離。
耳元に感じるエメットの息遣いを感じてしまい、頬の熱はますます強まった。
「そっ、そう…エメットは物知りなのね」
その様子を見つめるメリルは、もどかしいふたりの雰囲気に口元を疼かせている。
「お嬢様、あと二日ほどで次の滞在地へ到着します。そこで厚手の物を調達致しましょう」
「あら、厚手の衣類なら持ってきたわよ?」
「いいえ、シズル王国の寒さを甘く見てはなりません。お嬢様がお持ちの物では、日中出歩くことさえ叶わないのですから」
「……そんなに寒いの?」
未知の気温を想像して思わず自分を抱き締める。
そんなアンジェリカを見て、エメットは優しく目を細めて微笑んだ。
「大丈夫ですよ。私がお嬢様に似合う冬物をお選び致しますから、そちらをお召しになってシズルの冬を楽しみましょう」
知らず赤らむ頬を晒しながらコクリと頷く様子に、メリルの口元はさらに疼く。
「良ければ我が家にもお越しください。お嬢様にお会い出来るのを、家族も楽しみにしておりますのでご紹介させて頂きたいです」
「エメットのご家族…そういえばわたくし、一度もお会いしたことがないどころか、ご挨拶のお手紙もお送りしていないわ」
十二年も傍に縛り付けていたのに…と気落ちしてしまうが、エメットはそんな事は気にする程のものではないと首を左右に振った。
「両親はむしろ感謝しているくらいです。押し掛けるようにして訪ねた私を受け入れ、騎士として自立する道を照らしてくれたのですから」
エメットの実家は、アンジェリカの母親シャロンの実家と隣合う領地を治めている。
その縁もあってアンジェリカの家に身を寄せることになったのだが、そもそも何故そうなったのかをアンジェリカは知らない。
十二年前に突然やって来て、そのまま気付けば護衛騎士になっていた…という認識なだけ。
「エメットは……いつか国へ帰るの?」
言って胸がチクリと痛む。
変わらぬ日常からエメットがいなくなる事を想像してしまい、鼻の奥がツンとした。
「私の居場所はお嬢様のお傍以外有り得ません。それはこれからも変わらない」
キッパリとした物言いに心の痛みが和らぐ。
「…本当に?ずっと居てくれるの?」
「えぇ。お嬢様がそう望んで下さるなら」
優しい笑みに頬の熱が再燃して両手で覆った。
「………(ボソッ)可愛い」
「え?」
「いえ、何でもありません」
最近のアンジェリカはエメットの言葉や態度ひとつひとつに感情を振り回されているが、本人は何故そうなるのか分かっていない。
主の機微に聡いメリルは勿論気付いている。
アンジェリカの婚約が破棄されたことで、エメットが遠慮をやめたということも。
「そういえば、次の街には女性に人気のカフェがあるそうですよ」
「そうなの?どんなカフェなのかしら」
「なんでも妖精をモチーフとしているとかで、店員の女性は羽根をつけているそうです」
「……羽根?」
アンジェリカと共にメリルも小首を傾げた。
「いわゆる仮装ですね。店内の内装も妖精の住む森をイメージしているらしくて、なかなかに繁盛していると伺いました」
「お嬢様も妖精のお話がお好きですものね」
メリルの言葉に十六歳のアンジェリカは恥ずかしくなり、プイッとそっぽを向いた。
「…………子供の頃の話だわ」
このような反応も、心を許しているふたりだからこそ見せるもの。
元婚約者にさえ見せたことはない。
「仮装の衣装は貸出しや販売もあるそうです」
アンジェリカはそっぽを向いたまま、暫くすると滞在予定の街へ到着した。
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