舞台装置は闇の中

羽上帆樽

文字の大きさ
上 下
187 / 255
第19章

第186話 交差する発端と融合する結末

しおりを挟む
 坂道を下りきると大通りに出た。自動車が走行している。歩行者の姿はあまり見当たらない。傍にある蕎麦屋の煙突から白い煙が上っていた。

 皿を辿る。

 周囲には日常が広がっている。個人がどれほど危機的状況に陥っていても、周りにいる者には関係がない。そうすることで、全体としての安寧を維持するのが人間だからだろう。いや、動物だからといった方が正しいだろうか。

 月夜が歩く速度は少しずつ速くなっていた。もちろん、限度はある。先ほどと比べると今の方が速いという意味だ。下り坂で加速したせいかもしれない。エネルギー保存の法則に従えば、その内にもとの速度まで戻るはずだ。そしてやがて静止する。

「ルゥラの居場所は分からない?」

 一緒に歩くのをやめて、今は月夜の腕の中に陣取っているフィルに、彼女は尋ねる。

「生憎と」フィルは答えた。「俺のアンテナは万能ではないからな」

「頭を展開して、ボウルのような形にしたら、もう少し受信できるようになる?」

「なるかもしれない」

「やってみる?」

「遠慮しておこうかな」

「どうして?」

「どうしてだと思う?」フィルは月夜を見つめる。

「どうしてだと思う?」月夜はフィルを見つめる。

 横断歩道を渡る。横断歩道は車道でもあり歩道でもあるが、そこにも皿は落ちていた。自動車が踏みつけても何の影響もない。月夜が踏むと割れる可能性がある。

 頭上をカラスが飛んでいった。一羽ではない。二羽か、あるいは三羽か。電線の上に止まって首を何度か捻る仕草をする。月夜と目が合ったが、相手の方がすぐに逸らしてしまった。

 今、ルゥラはどうしているだろう?

 結果的にだが、彼女と出かけるという約束が果たせたことになる。ただ、先に出ていった彼女を追いかける行為が、果たして、彼女と一緒に、と呼べるのかどうか疑問だった。おそらく、ルゥラなら文句を言うだろう。彼女にとって、それは一緒とはいわないに違いない。

 足もとに転がっていた小石に靴の先が当たり、皿の上を音を立てて転がっていく。

 寒暖を繰り返しながら、季節は夏に向かっていく。いつから春だろうと考えている内に、もう春は終わっている。夏もきっとそうだ。季節とは何だろうか。思い出と同じかもしれない。あとになって、思い出したときに、それにそういう形が与えられる。初めからあるのではない。

 ルゥラと自分の関係も、そうかもしれない。

 彼女は、いつの間にか自分の傍にいて、いつの間にか自分の傍からいなくなる。そんな予感が随分前からあった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...