舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第17章

第167話 サイレンス

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 途中で真っ直ぐ進むのをやめて、脇道に逸れてしまったので、これ以上寺を目的地に進むのは安全ではないと判断した。明らかに時間が足りないし、労力も足りない。自分でもそれを実感したからか、ルゥラも月夜の判断に納得してくれた。道を引き返して家に向かう。

 フンコロガシはあのあとどうしただろうか、という質問をルゥラから受けて、どうしたとはどういう意味か、と月夜は問い返した。人のコミュニケーションは、大抵質問と応答で構成されている。一方がはたらきかけるだけではコミュニケーションではないため、これはコミュニケーションの定義にも関わる問題だ。

「家に帰って、テレビでも観ているかな」

 ルゥラは歩きながら一周回る。華麗なステップだが、階段の前でそれをやるのは危ない。

「フンコロガシには、テレビを発明する技術力があるの?」不思議に思って月夜は尋ねる。

「あるわけないじゃん、そんなの」階段の途中で振り返って、ルゥラが言った。「もう、ちゃんと考えてから言いなよ」

「テレビでも観ているかな、とルゥラが言った」

「そうだよ」

「ちゃんと考えてから言った?」

「言ったよ。当たり前じゃん」

 ちゃんととは何だろうか。

 階段を下りている最中に、ルゥラが何の前触れもなくフィルを抱きかかえた。突然の事態にフィルは驚き、暫くの間じたばたとしていたが、ルゥラが腕の力を強めると戦意喪失して大人しくなった。

「離し給え」フィルが抗議する。

「いやだね」

 ルゥラはけたけたと笑った。彼女は笑い方にバリエーションを用意しているようだ。通常、感情表出の方法は人によって一つに固定されているものだが。

「うーん、なんだか、フィルの身体温かいねえ」

「お前が冷たいからだ」

「え、そう? 私の身体って冷たい?」

「月夜ほどではないがな」ルゥラの隣を歩く少女を横目で見ながら、フィルが呟く。

 どうやら、ルゥラとフィルは仲良しになったようだ。何がきっかけだろうかと考えてみたが、月夜には分からなかった。もともと仲良しではなかったというわけでもないだろう。接近するきっかけがなかっただけだ。今、ルゥラの側から接近した結果、フィルがそれを拒絶しなかった。だから関係が成立した。いや、フィルは多少は嫌がっていたか……。見せかけの可能性の方が遙かに高いが。

 最初に通った階段を下りきって、住宅街に戻ってきた。町は静かだ。喧噪はない。

 足もとで何かが砕ける音が静かに響いた。
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