舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第13章

第128話 百二十八夜

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 夜。

 月夜はソファに座って読書をしていた。

 いつもと同じ光景だ。

 彼女から見えるのが。

 フィルから見たらどうだろうか。

 そのフィルは今はいない。

 硝子戸の外で小さな音がした。

 月夜は立ち上がり、カーテンを開けてその向こうを見る。眠るまでの間雨戸は開けていた。

 道路にも皿が散乱していたはずだが、その数が少なくなっていた。月夜の敷地内にあるものも数が減っている。

 見ていると、一枚、また一枚と、皿が減っていくのが分かった。

 まるで雪が溶けていくように、自然なプロセスで皿は消滅していく。

 月夜には、そこに誰かがいるように見えた。

 目を凝らす。

 突然、背後から押し寄せる圧力。

 少し驚いて息を呑む。

 心拍は変わらなかったが、呼吸が多少乱れる感覚があった。

 誰かに抱き締められたまま、目だけを後ろに向けて確認する。

 真昼だった。

「やあ」月夜は挨拶した。その挨拶を口にするのは久し振りだった。

「まったく驚く様子がないね」真昼は月夜から離れ、彼女の正面に立つ。硝子戸の向こうが見えなくなった。「もう少し、あっとか、おっとか、言ってもいいんじゃないかな」

「あっとか、おっとか?」

「皿を拾っていたのは、僕だよ」そう言って、真昼は華麗に身を翻す。再び硝子戸の向こうが見えるようになった。その動きをするために、わざと月夜の視界を遮ったのだとすれば、相当な度胸だといって差し支えない。

「そう」月夜は頷いた。「でも、どうして? 小夜に頼まれたの? 小夜を知っているの?」

「ああ、小夜ね」真昼も頷く。「いや、たぶん彼女は知らないだろう。僕は彼女を知っているけど」

「どうして、貴方が皿を片づけているの?」月夜は同じことを質問する。

「邪魔だったからね」真昼は飄々とした素振りで答えた。「月夜に会いに行こうと思ったら、道がこんなふうになっていてさ。歩くのに一苦労だったから、片づけてやろうと思ったんだ」

「大変そう」

「僕の手にかかれば、どうってことないよ」

 月夜は真昼にソファに座るように言った。キッチンでお茶を入れてきて、それを彼に手渡す。

 どういうわけか、彼にまた会えたことが嬉しいような気がした。

 いや、事実として嬉しい。

 それは間違いない。

 だから、すぐに帰ってほしくないと考えた。

 だから、お茶を渡したのだろうか?
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