舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第10章

第98話 シュージ砲

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 たとえ物の怪が自分を殺そうとしていて、その危機が迫っているとしても、自分は自分で生活しなくてはならない。平均と比べると、月夜はあまり食べないし、眠らないが、それでもまったく食べないわけではないし、眠らないわけではない。

 すべては生活の上に成り立っている。余程身に迫った危機でない限り、人間は生活を優先する。しかし、現代では生活とそうでないものの区別が、段々と薄くなってきているように思える。少なくとも、月夜はそう分析していた。働くことが生活の一部になっている。生活を構成する大きな要素として、働くことが含まれている。

「学生も、学校に通わなくてはならないし、俺も俺で、散歩をしなくてはならないからな」

 フィルはもう屋根の上は飽きたようで、今は月夜の部屋にいた。後ろの方にある余分な椅子の上に行儀良く座って、じっと月夜を見ている、はずだ。彼女には背中に目がないので、数刻前に見た状態が、そのまま継続していると考えるしかなかった。

「学生は、学校に通うことを望んで学生になるのでは?」勉強を続けながら、月夜は意見を述べる。口を開くと脳波に多少乱れが生じたが、すぐに安定した。「少なくとも、高校生はそうではないか、と思う。フィルの散歩は、やる必要がなければ、やらなくていい種類のもの?」

「自分で始めたことだからといって、ずっと「やりたいこと」という素性でそこにあるとは限らないさ。いつしか、それが重荷になる。散歩をしたいなと思って散歩を始めたとしても、毎日続けていると、段々と億劫になってくる」

「走るのを趣味にしようとした人が、三日でやめるのと同じ原理?」

 月夜がそう言うと、フィルは少し笑った。彼は、猫なのに、くくくと笑う。

「お前の奇譚のない意見ほど、人の心に響くものはないな」

「あくまで、修辞法として言っている」

「まあ、だいたいそんなところだろう」フィルは話を戻した。「要するに、自分で始めたか否かなど、大して重要ではないんだ。そもそも、自分とは何だ? 環境から影響を受けて思考、判断するのが人間なら、自分で始めたと思っていることでも、多分に環境の影響を受けているのではないか?」

「その、思考、判断する段階は、確実に自分でしている、ということでは?」

「では、その思考、判断するシステムは、何によって育まれたんだ?」

 月夜は数秒間考える。

「環境」

 自分で口にして、あまりにも滑稽な答えだと思ったが、滑稽という漢字がすぐに思いつかなかったので、彼女はその言葉を口にしなかった。
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