舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第8章

第76話 帰宅:放課後直後

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 学校に残らず、家に帰ることにした。

 ほかの生徒と一緒に下校するのは、高校に入学してから初めてだった。一緒といっても、特定の誰かと一緒に帰るわけではなく、周囲に複数人いる中に混ざって駅へと向かうだけだ。いつもとは違う行動だから、もう少し目新しい感じがするかもしれないと思っていたが、やってみると案外普通だというのが素直な感想だった。

 バスロータリーまで来たところで、フィルと出会った。

「どうして、こんな時間にここにいるの?」

 フィルを抱きかかえて月夜は尋ねる。

「なんとなく」彼は簡潔に答えた。「月夜が、今日は早く帰るかもしれない、と思ったからかな」

 バスには乗らずに大通りを歩くことにした。こちらの大通りは月夜の自宅の傍にあるものよりそれっぽく、しかし、その大通りとも繋がっている。したがって、こちらは大通りの大通りという感じになる。右にも左にもずっと真っ直ぐ続いているが、どこまでその先に向かうことができるのか、月夜は知らない。

 途中で今まで歩いていた大通りから、自宅から伸びる大通りに入って進んだ。左右には基本的に住宅街が広がっているが、通りに面している部分には店舗が並んでいる。近代的なコンビニエンスストアから、少々風情のある喫茶店、花屋や蕎麦屋など、多彩な顔ぶれが並んでいた。それなりの歴史のある街らしい。

 午後の陽光が眩しかった。なんとなく、気怠げな色の光に見える。けれど、それで月夜が気怠げになることはなかった。それなのに、その色を気怠げと表現することができるのはどうしてだろう。

「以前、散歩でここまで来たことがある」月夜の腕の中でフィルが言った。「そのときも、今日みたいに月夜を迎えに行こうと思ったんだ。でも、やめてしまった」

「なぜ?」

「月夜に会えないと思ったからだ」

 事実として、月夜がこの時間帯に帰るのは今日が初めてだ。だから、そのときフィルが学校まで来ていても、今日みたいに上手く彼女に会うことはできなかっただろう。

「それから、どうしたの?」月夜は歩きながら質問した。

「どうしたって、何がだ?」

「引き返して、帰ったの?」

「まあ、そうかな」フィルは答える。「途中で、喫茶店に寄って、ミルクを一皿分けてもらったが」

 自動車が絶え間なく走り続けている。

 人間は移動する。一箇所に留まらない。

 そして、自分も移動している。

 さらに、地球も回っている。

 もともと移動している物体の上で、さらに移動している。自分が移動する様を宇宙地図に描いたら、どんな軌跡になるだろうか。
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