舞台装置は闇の中

羽上帆樽

文字の大きさ
上 下
52 / 255
第6章

第52話 kill

しおりを挟む
「月夜」

 背後から声をかけられて、月夜は一秒前に向いていた方に再び向き直った。視点を合わせるのに少し時間がかかったが、間もなくそこにフィルがいるのに気がついた。

「何?」

 なんとなく、普通に対応して、月夜は小さく首を傾げる。

「どうしたんだ。どこかに行く用事でもできたのか?」

「ううん」月夜は首を振った。「フィルを探しに来た」

 月夜は廊下にしゃがんでフィルを抱きかかえると、一度立ち上がって彼を自分の腕に完全に収めた。それから、彼が座っていたのとは反対側を向いて、その先をじっと見つめた。

「どうかしたのか?」

 腕の中から顔だけ出した格好で、フィルが月夜に尋ねてくる。そうしていると、彼も生まれたての子猫のように可愛らしく見えなくもなかった。

「何かいた気がする」月夜は廊下の先を見たまま答える。

「何かって、何だ?」

「分からない」月夜は応じた。「もしかしたら、見間違いだったかもしれない」

 月夜と一緒になって、フィルも彼女が見つめる先を見た。その体勢のまま二人で暫く沈黙。まだ、窓が揺れていた。かたかたかたと鳴って、ぎしぎしぎしと伝わる。

「お前が見間違えるということが、果たしてあるのかな」フィルが言葉を発した。

 彼を見て月夜は答える。

「私も、人間だから、あるよ」

「しかし、その頻度は低いはずだ」

「どうして、そんなことが言えるの?」

「これまでのデータを参照して導いた、客観的な考察に基づいている」

「なるほど」

「何か、あるかもしれない」

「フィルには、分かる? もしかして、物の怪?」

「物の怪は、自分で物の怪だと思わなければ、物の怪にはならないんだ」彼は話した。「まだ、物の怪だという自覚がないのかもしれない。だから薄いままなんだ。しかし、その残滓のようなものは感じる……、ような気がしないでもない」

「曖昧」

「相手が物の怪じゃなければ、分からないんだよ」

「じゃあ、どうして、私には分かったの?」

「まだ、見間違いの可能性がなくなったわけじゃないさ」

「そっか」

「俺が近くにいたからかな」フィルは呟くように言った。「しかし、相手はまだ物の怪にはなっていない。つまり、まだお前を殺すことはできない」

「殺されても、いいかも」

 月夜は、そう言って、小さく笑みを零した。

 フィルはそんな彼女を一度見つめて、それからそっぽを向いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...