舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第5章

第50話 判断過程

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 フィルが帰ってこなかった。

 彼が教室を出ていってから、三十分が経過していた。彼はいつも気紛れだから、どれくらいの時間で戻ってくるといった、彼に適用できる半絶対的な指標は存在しないが、月夜はどちらかというと心配性、安全側の人間なので、なかなか戻ってこないと、心配だなとは思った。

 月夜は席について本を読んでいる。外はほとんど暗い。夜はすぐそこまでやって来ている。「こんにちは」が適用できるのが午前十時からだとしたら、「こんばんは」が適用できるのは何時からだろう、と本を読みながら思考する。同じく午後十時からだろうか。いや、それでは少し遅い気がする。もう少し早く……、そう、ちょうど生徒が下校するくらいの時間帯でも、「こんばんは」と挨拶することはできるのではないだろうか。

 ページを捲る。

 本の紙質は、出版している企業によって異なる。そして、本の種類によっても異なる。普段本を読んでいる者、あるいは、もう少し範囲を広げて、本と慣れ親しんでいる者には、早い段階で認識されることだ。月夜は本の紙を触るのが好きだった。単純な印刷用紙とは違う、程良く薄い紙が、一定の曲率を保ったまま右から左へと送られる様を見ていると、そこに何らかの規則が存在するように思えてくる。また、本の紙の匂いも好きだ。この匂いは、新品で買ったときに顕著に現れる。本を読んでいくと、それぞれの紙の吸着度とともに匂いも徐々に失われていき、読み終わる頃には両者ともほとんどなくなっている。

 ページを捲る。

 そういえば、まだ宿題をやっていなかったなと思って、月夜は鞄から該当する科目のノートとテキストを取り出した。高校生になっても宿題は出される。宿題というとどこか子どもじみた響きを感じるが、果たして高校生はまだ子どもの内だろうか、などと考える。大人と子どもを分ける絶対的な指標とは何だろう。おそらく、もっとも手軽な答えとしては、繁殖能力の有無が挙げられるが、それは生物一般に共通する項目なので、特に人間の場合という意味での指標を掲げなければ、この手の話題に通ずる者を満足させることはできないだろう。

 ノートを捲る。

 シャープペンシルの頭を一度ノックし、短くなった芯を伸ばす。ほんの数ミリの変化。それだけで、文字が、書けない状態から、書ける状態へと、つまり、ゼロから一の側へと変化する。

 テキストを捲る。

 月夜は立ち上がった。

 やはり、フィルを探しに行こう、と決めた。
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