舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第1章

第3話 バス停へと向かう道

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 時間を室内で潰して、暫くしてから月夜は外に出た。空はまだほんのりと明るくなった程度で、空気も冷たい。ついこの前まで冬だったのだから仕方がない。

 学校には連れていかないが、フィルも決まってこの時間に月夜の家を出る。彼が一日をどんなふうに過ごしているのか、月夜は具体的には知らない。散歩をしているらしいが、どの辺りを、どんなルートで、そしてどんな出会いを求めて歩いているのかということを、彼女は上手くイメージできなかった。

「それが、散歩というものさ」月夜の腕に抱かれたフィルが、気障な口調を装って言った。

 家の近くにある、比較的中規模な公園の前を通ると、まだ桜が花を咲かせていた。半分ほどは地面に零れてへばり付いている。今年も、月夜は花見をしなかった。したいとは思わない。誰かから誘われたらするかもしれないが、そんな誘いを寄越す者は彼女の周囲にはいない。

 坂道を下って、バス停へと向かう。

 坂道には、太い樹木が両側に等間隔で並んでいる。人工的な装飾であることが一目で分かった。かつてこの辺りは一帯が山だったらしい。それを切り開いて人が住めるように環境を整えた。それをしたのは人間だから、そういう意味ではこの場所自体がそもそも人工的な存在だが、周囲を木々や草花で囲まれていると、不思議とそんな感じはしない。

「自然って、何だろう」

 歩きながら、月夜は思いついたことを口にする。けれど、それは独り言ではなくて、フィルを意識しての発言だった。

「さあな」フィルは簡単に首を振る。

「私は、自然かな? それとも人工?」

「まず、人間というものの立ち位置を決めなくてはならない。人間もやはり動物には違わないから、人間も自然の一部として捉えるのが妥当だと思うが、どうだろう?」

「それは正しい」月夜は澄んだ声で答え、小さく頷く。「けれど、そうすると、自然、人工という区別が、無価値になってしまう」

「そうした区別が存在するのは、人間が自分たちを特別なものとして捉えたいからだろう。無意識のレベルでそういうふうに考えてしまうんだ」

「そうかもしれない」

「だろう?」

「じゃあ、やっぱり、自然と、人工は、区別するべき、ということになって、フィルが今言ったこととは、反対の立場をとるのがいい、ということになるね」

「やけに雄弁だな」

「話すべき事柄が長ければ、誰だって雄弁になるよ」

「そういうのも、今日の月夜が雄弁な証拠かもな」
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