付く枝と見つ

羽上帆樽

文字の大きさ
上 下
46 / 50

第46部 ji

しおりを挟む
 自転車は姿を消し、シロップは空気抵抗を受けながらゆっくりと地上に戻ってきた。つま先から踵へ順に地面に接触する。前に足を差し出すとともに、徐々にスピードが遅くなっていく。まるで翼でも生えているかのように、軽やかな着地だった。

 目前に現れたフェンスの手前で彼女は立ち止まる。降り立った先は、一面芝生の空き地だった。背後を振り返ると、そちらに斜面が続いている。その向こう、遙か先に住宅街の点々とした明かりが見えた。頭の上は雲に覆われている。月も星も見えなかった。それなのに、どこか明るい印象を受ける。雲自体が照明の役割を担っているのかもしれない。

 手の中にデスクがいた。硬質な感触。

「ドウカサレマシタカ?」と、彼が赤い光を点滅させながら話す。

 シロップは何も言わずに彼を抱き締める。

 フェンスを抜けた先には、いつかルンルンと来た公園があった。今は誰もいない。敷地の周囲を背の高い木々が覆っている。ルンルンに壊されたブランコも、今は何もなかったかのようにもとに戻っていた。彼女が直したのだろうか。それとも、そのブランコも、彼女によって作られた物の怪だったのか。

 公園の中のベンチに腰を下ろす。ブランコと違って、地面を蹴っても前後に揺れたりはしなかった。

「静か」シロップは呟いた。「こんな所に一生いたい」

「アナタサマノイッショウハ、アト、ドノクライノコサレテイルノデショウカ」

「さあ」

「ケイサンデキマスカ?」

「してどうなるの?」

「ケイカクガタテラレマス」

「立ててどうするの?」

「アンシンスルノデス」

「安心か」シロップは上を向く。「どうして、安心なんてしたかったんだろう」

「フアンダッタカラデス」

「では、どうして不安だったんだろう」

「アンシンガナカッタカラデスヨ」

「それって、誰かに与えられるものなんだろうか」

「ソレヲキタイスルキモチハ、ワカリマス」

「コンピューターなのに?」

「コンピューターダカラデス」デスクは言った。「ソレヲキタイスルトイウノガ、ドウイウジョウタイナノカ、キチントテイギサレテイルノデスカラ」

「今は、安心も、不安もない」

「ソウデスカ?」

「全部、流れていくだけだと思う」

「スベテ、アナタサマカラウマレタモノダカラデスカ?」

「うん……」シロップは頷く。「全部、私と繋がっているから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

Token

羽上帆樽
ライト文芸
「   」……少女 〈   〉……コンピューター 「talk」の受動分詞は「talked」です。知らない言葉をタイトルに使うのは、あまり良くないかもしれませんが、言葉とは音であると考えれば、知らない音など存在しません。

天地展開

羽上帆樽
SF
どうしてあらすじが必要なのか、疑問です。何も予備知識がない状態で作品を鑑賞した方が、遙かに面白いと思われます。人生もたぶんそうです。予定調和でいくと、安心、安全かもしれませんが、その分面白さは半減します。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

月光散解

羽上帆樽
ライト文芸
紹介文の紹介文を書くことができないように、物語の物語を書くことはできないのです。物語の物語を書いてしまったら、その全体が物語になってしまうからです。

テントウ

羽上帆樽
ライト文芸
表紙も背表紙も白紙、筆者に関する情報もなし、あらすじももちろん書いていない、という小説が並んでいる書店をやってみたいなと思います。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

処理中です...