付く枝と見つ

羽上帆樽

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第20部 yo

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 余裕がない人生というのは嫌なものだな、とシロップは思う。そう思うのは、今まさに自分に余裕がないからだろう。考えてみれば、自分のこれまでの人生は、どちらかといえば余裕があった方に思える。毎日をだらだらとして過ごすことができた。死ぬことができないルンルンも同じだろうか。

 そうか。余裕というものは、死を前提としているからこそ生じる心持ちなのだろう。死なないのであれば、時間が永遠にあるということだから、そもそも余裕とは関係がない。今日やらなくてもいつでもできるということになり、人生に締め切りがないということで、余裕とは無縁になる。

「ねえ、運転手さん。貴方の人生には、これまで、余裕があった?」シロップは気になってきいてみた。

「余裕ですか?」運転手はこちらを見る。「まあ、呼ばれればどこにでも飛んでいくような生涯でしたからねえ。なかったような気がしますぜ」

「貴方、もう、死んでいるの?」

「自分でも分かりませんね」彼は言った。「そもそも、自分が生きているのかどうかなど、確かめようがないですからね」

 パトカーは水飛沫を上げて海上を走る。月の光ではなく、街の明かりが遠くに見えた。フィルターがかかっているかのように、明かりは所々で湾曲している。

 明かりがあるだけで、街に人の気配は感じられない。それは、きっと、ここから街まで遠く離れているからではない。自分にその気配を感じる気がないからだ。目に映るものと言えば、そう……。意志を持たない、物。そして、その有り様だけ。

「外は涼しそうですねえ」運転手が言った。「よければ、ここから飛び降りてみますかい?」

 彼の提案が、シロップには案外面白そうに思えた。だから、扉を開けて、走行する車の中から水面に向かって飛び出した。

 水と接触して数秒経ってから、冷たい感覚が全身に伝播した。濡れて目にへばりついた髪を退けて、口の中に入った塩水を吐き出す。

 前方を見ると、パトカーのテールランプが尾を引きながら遠ざかっていった。

 辺り一面に黒い水の空間が広がっている。底が見えない。粘度を持った物質としての水が、彼女の侵入によって体積が増したことを、叱りつけるようにうねり、踊った。

 空を見上げる。

 車に乗っているときよりも、ずっと鮮明に、星が見える。

 自分も、いつか、その内の一つになれるだろうか。

 沈もうと思っても、彼女の身体は軽すぎて、ずっと浮かんだままだった。

「ホントウハ、シズモウトモ、シノウトモ、オモッテイナイノデハアリマセンカ?」

 背後から声。

 振り向くと、四角い物体が水面を浮かんでいた。

「オムカエニマイリマシタ、オジョウサマ」
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