付く枝と見つ

羽上帆樽

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第19部 “

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「お嬢さん、おいくつです?」運転手が話しかけてくる。「こんな時間に、こんな所にいちゃあ、いけませんぜ」

「仕方がないの」シロップは応えた。「無理矢理連れ出された感じだったから」

「連れ出されたって、誰にですか?」

「私自身に」

「へえ、そりゃあ、また、ご結構なことで」

「何が?」

「私は、最近卵かけご飯にはまってましてねえ。これまでは卵焼きが好みだったんですが、火にかける手間が面倒になってきてしまいまして……。それで、ご飯に直接かけて食ってしまおうという発想に至ったわけです」

 運転手の話は続いていたが、シロップは黙って窓の外を見ていた。窓枠に肘をついて、掌で顎を支える。道が整地されていないのか、ときどき車体が激しく揺れる。その振動が頭にまで伝播した。さっき塞がったばかりの腹部の傷がまた開きはしないかと考えると、冷や汗が出た。

「それで、具体的には、どちらまで行かれます?」

 運転手に問われて、シロップは現状に意識を戻した。

「ちょっとそこまでって言わなかったっけ?」

「それじゃあ分かりませんねえ。何せ、私に同じような注文をするお客さんは、貴女以外にも沢山いるもんでね……」

「ここはどこなの?」

「さあ、どこでしょうか……」そう言って、運転手は口から煙を吐き出す。「どこでもないという感じもしますが、しかし、そうですなあ……。どこか、かつての記憶、という感じがしないでもありませんね」

「かつてのって、どういう意味? かつて持っていた記憶ってこと? それとも、かつて行なったことの記憶ってこと?」

「どちらもありえそうですし、あるいは、また、ほかの意味かもしれませんね」

 シロップはもう一度外に目を向ける。

 窓の向こうは、もう荒野ではなくなっていた。気がつくと、パトカーは海の上を走っている。飛沫が窓まで跳ね上がって、景色を度々湾曲させた。真っ暗な水の上に、真っ暗な夜空がある。しかし、目を凝らしてみると、そこにいくつも細かい星々が散在しているのが分かった。月はない。

「ここに来たことがあるかもしれない」シロップは言った。「でも、いつのことだったか分からない」

「記憶というものは、色々なふうに改竄されますからねえ」運転手が応える。「でも、それでいいと思うんです。改竄されない、生のものは、つまりデータで、データをデータとして保存しておくだけで許されるのは、コンピューターくらいのもんですよ」
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