付く枝と見つ

羽上帆樽

文字の大きさ
上 下
16 / 50

第16部 shi

しおりを挟む
 暫くの間、シロップは地面に横になっていた。背中に濡れた感触が残留している。口もとに液体が乾いた感覚が累積していた。真っ暗で、しかし、星が浮かんでいる空が見える。先ほどルンルンが落下してきた光景がフラッシュバックして、胃液が少量溢れ出た。腹部が余計に痛む。今度は、空に浮かぶ星が落ちてきそうに思えて、怖かった。

 感情とは裏腹に、感覚は比較的安定していた。痛みに敏感で、ほかの感覚が麻痺していると言った方が正しいかもしれない。風の音は聞こえるのに、涼しさは感じない。

 腹部に手を伸ばしてみると、血液が凝固して、傷口は塞がっているみたいだった。ただ、起き上がろうとすると痛むから、横になったままでいることしかできなかった。

「大丈夫?」

 と、頭上から声。

 視線を垂直からやや鋭角にして、視界の端にずらす。

 ルンルンがこちらを覗き込んでいた。

 シロップは小さく頷く。

 怪我をして横になっているというのに、ルンルンは容赦なく身体の上に覆い被さってくる。シロップは抵抗しないで、彼女の背中にそっと腕を回した。体温が伝わってくるのを感じる。流出した体液の分冷えていた身体が、それで幾分温まるような気がした。気がするだけで、身体の芯は寒気を感じている。

「ごめんね」と、耳もとでルンルンが言った。

 シロップは彼女の背を撫でる。

「もう、いいよ」

「面白かった?」

「そんなわけない」シロップは憮然とした態度を装って話す。「凄く痛い」

「私も、そんなふうに感じてみたいな」

「感じられないの?」

「分からない」ルンルンは呟く。「でも、私は、何一つ、怪我してないから」

 すぐ傍に、壊れたブランコの残骸が散らばっている。遊具をこんなふうに扱ったら、大人たちから散々小言を言われるだろう。一方で、子どもからは何も言われないのではないか、という気がした。むしろ、壊れた部品を集めて、別の遊具を作ろうと考えるのではないか。

「気持ちがいい」ルンルンが言った。

「何が?」

「こうしていると」

「私、怪我してるんだよ」シロップは言った。「しかも、貴女のせいで」

「謝ったじゃん」

「謝って済むレベルじゃないよ」

「でも、私のこと、許そうとしてるでしょ?」

 シロップは答えなかった。

 沈黙は肯定と捉えられただろうか。

「貴女は、楽しかったの?」シロップはきいた。

「うーん、どうかな」身体の上に乗ったまま、ルンルンは首を傾げる。

「これで楽しくないなんて言ったら、許さないから」

「でも、許そうとしてるでしょ?」

 片方の腕を持ち上げて、シロップはそれをルンルンの後頭部に持ってくる。そうして、掌を小さく上下させて、彼女の柔らかな髪を撫でた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月光散解

羽上帆樽
ライト文芸
紹介文の紹介文を書くことができないように、物語の物語を書くことはできないのです。物語の物語を書いてしまったら、その全体が物語になってしまうからです。

「   」

羽上帆樽
ライト文芸
子どもの頃は、学校で音読をする機会がありましたが、大人になるとまったくといって良いほどなくなります。けれど、音読をすると、少しだけ元気になるような気がします。そういうわけで、音読推奨の小説です。

反転と回転の倫理

羽上帆樽
ライト文芸
何がどう反転したのか、回転したのか、筆者にも分かりません。倫理というのが何を差しているのかも、よく分かりません。分からないものは面白いのだと、先生が言っていたような気がします。

天地展開

羽上帆樽
SF
どうしてあらすじが必要なのか、疑問です。何も予備知識がない状態で作品を鑑賞した方が、遙かに面白いと思われます。人生もたぶんそうです。予定調和でいくと、安心、安全かもしれませんが、その分面白さは半減します。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夏の夜話 短編集

のーまじん
現代文学
夏の夜に話すような、少し不思議な短編集 この物語はフィクションです。 実在する人物施設とは関係ありません。

Token

羽上帆樽
ライト文芸
「   」……少女 〈   〉……コンピューター 「talk」の受動分詞は「talked」です。知らない言葉をタイトルに使うのは、あまり良くないかもしれませんが、言葉とは音であると考えれば、知らない音など存在しません。

テントウ

羽上帆樽
ライト文芸
表紙も背表紙も白紙、筆者に関する情報もなし、あらすじももちろん書いていない、という小説が並んでいる書店をやってみたいなと思います。

処理中です...