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「普通」

普通のデート

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『じゃあ、次の土曜日学園駅前で待ち合わせね!』
『おう。じゃあおやすみな』
『うん。また明日学校でね』

 通話終了ボタンを押してラインを落とす。もう何度目か分からない寝る前の暇電が終わった。幸い、今日は翠音がぐずらなかったので寝落ち通話するには至らなかった。

「土曜。十時。駅前」

 呟いて遅れて実感が湧いてくる。翠音の買い物に付き合うという名目ではあるが、これは紛れもなくデートだろう。健人の時と同じく新たな依存先を確実なものとするための投資。
 郁は思い立って別のチャットルームを開いて通話ボタンをタップした。

『すまん。明日のことだが……』


                 ♦ ♦ ♦      


「ごめーん! 待った?」

 数分の遅刻で現れた翠音は制服の時に醸し出す今時JK感から一風変わって、髪にはパーマ、目元にサングラス。口元には艶やかなリップ。白シャツの上からハイネックのケーブルニットのベストを着用し、下には黒のフレアパンツを組み合わせた大人コーデ。

「……いや、俺も今来たところだ」
「なんで目そらすの?」
「いやなんつーかその……」
「うんうん!」

 翠音が今日のデートに気合を入れてきたことはファッション弱者の郁でもわかる。だが、頭に浮かんだ感想とそれを言語化することは必ずしも同じことではない。
 
「インスタ映えしそうでいい感じだな」

 ただいいとほめるのではなく、具体的にほめる箇所を提示することによって言葉の信憑性を高めることができる。本屋で立ち読みした恋愛指南書の受け売りだ。

「はは面白いじゃん。で、感想は?」

 翠音は満面の笑みだが、話題を逸らすことを許さない底冷えするような目力を持っていた。

「いつもと雰囲気が違うな」
「でしょ~。惚れ直した?」
「ばーか。そんなやわじゃねーよ」

 そっけない誉め言葉だったにもかかわらず、翠音はご満悦の様子だった。やはり、乙女心は理解不能だ。

「またまた照れちゃって~」
「断じてそれはない」
「じゃ、時間もったいないから早くいこ?」
 
 翠音は屈託ない笑みを浮かべながら、半ば強引に郁の手を引いて小走りに進みだした。そういう何気ない仕草が一番ずるい。デフォルト状態の郁でもうっかり翠音の粗相をなんでも許してしまいそうになる。
 脳がふらふらした状態になりながらたどり着いたのは、体の構成成分が八割自己顕示欲と承認欲求の緩そうな雌達と自尊心と髪の自由度が高そうな雄達であふれる空間だった。

「ここのスムージーめちゃかわいいらしくて~。ずっと気になってて~」
「食べ物がかわいいってどこに判断基準おいてんだよ」
「でもばえるとおもうよ?」
「そうか……お前はこっち側の人間だと思ってたんだがな」
「こっち側って?」

 珍しく翠音が興味を持ったので、郁はドヤ顔で答える。

「いいねに憑りつかれた愚か者どもを軽蔑してインスタを叩き続ける人間に決まってんだろ?」
「いやどんなイメージ!? 意味わかんないんだけど」

 翠音が割と引いていたので、さっさと店に入ることにした。もちろん未知の場所であるため、翠音に先陣を切ってもらった。自己防衛だよね。

「きたきたきた~!! ずっと気になってたやつ!」

 窓際の席に通され郁の分まで手際よく注文を済ませ、待つこと数十分。翠音待望の飲み物が運ばれてきた。割と待たされたにもかかわらず、肝心のスムージーは手のひらサイズのこじんまりとしたものだった。
 そして、言動とは裏腹に連写しまくる翠音。様々な角度から念入りにスマホを向ける姿は見てる郁のほうが気疲れしてしまいそうだ。
 
「悪い。ちょっと」
「えー、いまいいとこなのに~」
「トイレだよ」
 
 ここで下手にごまかして翠音の機嫌を損ねてはいけない。メンヘラは情緒不安定がセオリーだ。

『どうだ。割と及第点なんじゃないか』
『……どこが? 神野くんは今日何してたの?』
『もちろん何もしてないぞ』
『偉そうに言うことじゃないでしょ』
『いや待て聞いてくれ。下手に出るより何もしないほうが得策じゃないか?』

 郁にとって、デートは管轄外の事項。もちろん、ビビっていたわけではない。断じてない。
 
『ほんとに得策ならわざわざ電話してこないと思うけどね』
『嫌味だな』
『だって神野君たまに本気できもいし』
『ええ……俺は委員長のこと割と好きなんだけどなあ』
『そういうとこだよ』
 
 いつものように委員長に呆れられるこの感じ悪くない。
  
『で? 神野くんは私にどうして欲しいの?』
『なんだかんだ委員長って優しいよな』
『大抵の女の子は優しいんだよ』
『その優しさは罪だよほんと』

 もう少し厳しくても問題ないのだが、さすがに言葉にするのは憚られた。女子がマジ切れすると厄介だ。 

『翠音とうまくやるにはどうしたらいい?』
『神野くんらしいね』
『勿体ぶらなくていいぞ』
『……それでこそ神野君だよ』

 賢者タイムになると急に女の子に冷たくする男のような変わり身で郁が急かすと、梨沙はいつもと変わらぬ声音で答えてくれた。急に悪寒が走ったのは気のせいに違いない。
 
『答えは単純だよ。宍戸さんを否定しないこと。ただそれだけだよ』

 皮肉なことに、郁が翠音にする行動のすべての奥底には今の彼女を否定するものがある。

『あいつを否定したことはないぞ』
『うん。だから変に気を遣わずいつも通りでいいんだよ』

 確かに伊澄にかけられたプレッシャーで変に気負いすぎていたのかもしれない。それに、翠音を更生させようとするのも伊澄や郁のエゴだ。それをデートに持ち込むのは失礼だ。
 覚悟は決まった。不利な状況どんとこいだ。それに自分が窮地に立たされている状況は程よい絶望を感じられて少し興奮するくらいだ。

『はは……OK、了解だ。俺に任せろ』
『今のってフラグ?』
『頼むからいい感じで終わらせてくれよ……』


                ♦ ♦ ♦


「あ、遅かったね」
 
 梨沙との電話を終えて翠音のもとへ戻ると開口一番にそう言われた。つまらなそうにスマホをいじっていらっしゃる。

「悪い。なんか腹痛患者が大量発生しててな」
「え。なにそれ意味わかんない」
「俺もいみわからん」
「郁ちゃんの冗談はいっつも意味わかんないけどね~」

 変にごまかすよりこっちのほうが郁らしい。だが、もうひとつ郁には気になることがあった。

「それもう飲まないのか?」

 机の上の手のひらサイズのスムジーの中身はまだ半分ほど残っていた。

「あー、うん。思ったよりおいしくなかったかも。写真も撮れたしもういっかな~って」
「……そうか?」
「いる?」
「いや、いい」

 ここで説教垂れることは簡単だ。だが、空気を悪くするのは自明。この選択は正解だ。それなのに、郁の心は靄がかかったみたいで気持ち悪かった。 
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