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人間…旦那さんが此処に来て二月。あっという間でした。
彼はとても気さくで優しくて乱暴なところも無く…何と言うか…そう、落ち着いた大人の人?でした。昔、神殿にいらっしゃった人間の神官様に似ていて…あの方だけが私に優しく語りかけて下さった…お歳を召していらっしゃったけれどお元気かしら?
旦那さんは冒険者と言う職業?で、色々な国を回って魔獣討伐をされているそうです。ゴーレムと言う岩で出来た怪物や巨大な蛇、暴れる翼竜や地竜なんかも退治したそうです。エルフと言う種族と交流したり精霊の国を毒蠍から救ったり、なんて凄い話を淡々と話されます。流石勇者!とても面白くて驚くお話ばかりです。
でも彼は感情の起伏が穏やか…悪い風に言い換えれば自分の事では無いような遠い出来事を語るように自分を表現されます。そして時折り見せる憂いの表情。私も人の事を言えませんがきっと彼にも何かあったのでしょう。お仲間なお話はするのに一刻も早く元の生活に戻りたいとは一言だって言わないし、親しくしている人や好きな人の話も出て来ません。
彼はミルクティーの髪色に珍しいミントグリーンと言う色の瞳。顔立ちは鼻筋が通っていて多分美形?なのではないかと思います。背は私より少し高くて体格も良いです。
一度七歳になったばかりの時に何かのお祝いの席で人型になったお父様をこっそり見た事があるのですが、とてもキラキラしていてそれでいて堂々としたお姿でした。顔は全く違いますが、そのお父様に雰囲気が似ています。
私は人型にもなれず獣化も出来ませんでした。出来損ないだからか…忌み子だからかは分かりません。例え珍しいとされた金の毛に銀の尾が有ろうとも黒の混じった私はもうあそこでは生きてはいられない劣った存在でありました。
それでも可愛がってくれた先代であるお爺様が生きておられた間はまだ護られ
庭園を散歩するくらいは出来ましたが、亡くなられた後からは母の指示の元、侍女や使用人から無視をされ何度も何度も無慈悲な兄にイジメられ母に殺されかけました。その度にピヨコに救われ、この魔寄りの森に捨てられるまで愛の無い過酷な環境に心が疲れてしまっていました。彼を見ているとあの頃の私を思い出します。
「きっと何か辛い思いをされたんでしょう。そう言えばピンク先生は彼が留まっているのが気に入らなかったのではないのですか?」
『気に入らないと言う言葉は相応しく無いね。我ら神獣から見れば皆未熟さ。それ故に可愛いとも思うよ。アリは私達にとって愛し子だから少し警戒しただけさ』
「攻撃されるとかイジメられるとかで?」
『いいやそうではない。もしかしたら…いや、ほぼ確実に彼に攫われるのではないかと思ってね。こんなに可愛いアリを見逃すだろうかと』
「ふっふふふっ私を?ふふふふっ」
『おや?可笑しな事ではないぞ?人と獣人は番になる事が出来るのだ。まあ、男が獣人で女が人間と言う組み合わせが多いがね』
「旦那さんは勇者さまですよ?とても優しいし強いし力持ちだしよく気が付くし、人間の女の人が放ってはおかないでしょう。好きにならない人は居ないんじゃないでしょうか…」
『…まあ、そうかも知れないな。オマケに彼は顔も良い。そう、どこぞの国の男に似ているな…カーナバル帝国のベルリギだったか。そっくりだよ』
「有名な人なんですか?」
『現皇帝だな』
「…わぁ…」
それ以上は聞いてはいけない気がします。
『アリよ。そろそろ約束の日が近づいている。成人になる日、君は天に昇らねばならない。覚悟は決まったかな?』
「…私は何色になるんでしょうね?」
『新しい銀だろうな…もうあれでは天には還れないだろうし…』
「そう、ですか」
ふと見上げた空はとても青くてとても澄んでいました。
私…ミントグリーンになりたいな…そうしたら…
旦那さんと過ごしたこの箱庭の日々を忘れないでいられるかも知れない、そう思ってしまう程に彼との時間が愛おしいものだと気づいてしまいました。とても素敵な人ですから…
でもきっとこの胸に芽を出したばかりの思いは成長する事など出来ず枯れてしまうでしょう。
希望は単なる望みであって叶わない方が多い事を私は知っていたのです。
**
「おい、ナッシュ!あったぞ!!」
「やっぱりか…カーヒル何か感じるか?」
「…いや、この辺りに旦那の魔力の残滓は無いな…」
「カーナバルの奴らの亡骸らしき衣服はあるのに…いや、生きてる筈だ。もう少し奥に入ってみよう」
「魔寄りの森は空間が切り取られる様に別の道に繋がっている。真っ直ぐ向かっても意味が無い。地図も描けない場所なんだから。あれだけ止めたのに旦那ってば…」
「翼で飛ぼうにも低木が多いし偵察も難しいですね…いっそ焼き払いますか?」
「無茶すんな。森林火災なんか起こしたらスタンピード並にえらい事になるぞ」
「まあ、落ち着けロドム。最低最悪の事態を想定して奴に探索用魔道具のアンクレットを着けさせた。フィル、頼む」
「あまり遠いと探せないんだけど…やってみるよ」
彼らは勇者のパーティーメンバーだ。ナッシュとカーヒルは勇者の幼馴染である。フィルとロドムは旅先で仲間になった合計五名の少数精鋭で構成された男ばかりのパーティーだ。
カーヒルはカンガルー獣人、山羊のナッシュと翼蛇のロドムはハーフでフィルは人間の魔法術士。
『ハーフ』と言うのは角や耳、尻尾、足など獣人の特徴を残してはいるが、獣人程力は強く無く、個々の特性が残るが肌の色も顔も人のそれである半獣人の事である。
二月程前タガール国にある魔寄りの森に単独で調査に行くとふらっと出て行った。
彼らは隣国のスタール王国に拠点を設けていたが二月経っても戻らない彼を探しに来たのだ。いつもならどんな姿になろうとも二月拠点を空ける事などなかったのだが、全く連絡も無いまま無情に日々が過ぎて行く。
「まさか…カーナバルの刺客にやられたんじゃ…最近納まってたのにっ」
「そう言えば王妃の息子、隣国とのいざこざで出張って怪我をしたって噂立ってたよ?弱いのバレたから旦那を消しておきたいんじゃない?」
「お前の息子が弱いのは勉学も鍛錬もおざなりで遊び呆けてるからだろ!あのババアいい加減にしろよな!」
「兎に角装備は整えてあるから。一刻も早く魔寄りの森に向かうぞ」
そうして勇者パーティーは魔寄りの森に入った。だが魔獣が闊歩するこの森を勇者無しに進むには限度がある。漸く見つけた手掛かりは刺客らしき者の衣服や骨の残骸で、やはりカーナバルの王妃の実家、侯爵家の紋章の入った指輪が転がっていた。
「…ラン…」
ナッシュはあらゆる困難に向かって突き進んで来た幼馴染を思い浮かべる。例え自身が傷付いても逃げる事無くぶつかって来た。魔厄に冒された魔獣の肉を肉体に埋められ狂わされた時も母とナッシュの母が毒殺された時も屋敷を焼いて国を出てからも感情的にならず淡々と行動していた。
死はいつも隣り合わせではあったが彼は引かなかった。勇者だと騒ぎ立てられても他人事でいつも何かを請け負っていた。態度は薄いが率先して助けて回る、そんな男に振り回されながら笑って共に歩んで来た十年。
だが最近どうにも違和感があったのだ。生き急いでいるかの様で危なっかしい所があった。今回の事もそうだ。少しの荷物と書き置きだけ残して一人旅立って行ってしまった。
それなりに歳を重ねスタール王国に拠点を作った。近い将来家族を持つ者も現れるだろう。
そんな甘ったるい未来を少しだけ夢見ていた矢先だった。
「…駄目だぜラン。最後まで責任取れよ…俺の夢は異種混合ハーレムだ。お前にはまだまだ役に立ってもらわねーと。国を出る時約束しただろ?夢を手伝うってな!だから俺はお前を諦めねぇよ!」
**
「旦那さん~お話しがあるのですか、良いですか?」
ある晴れたお昼過ぎ、丸太に座りながら木をナイフで削って小物を作っている旦那さんに話し掛けました。彼の周りにはピヨコ達がピヨピヨと鳴きながらくっ付いています。旦那さんはピヨコに大人気です。頭に乗ったり肩に乗ったりして遊んでいます。
「うん?アリ、どうしたんだ?改まって。ほら、おいで」
そう言って旦那さんは座っている丸太の端に寄って空いた場所をポンポンと手で叩きます。私は少し躊躇いましたが彼にはちゃんとお話しなくてはいけません。これからの事…
私は言われた通り彼の横にポソっと静かに座りました。穏やかな風が私のエプロンや尻尾の毛を揺らします。
「…あの…お身体の調子はいかがですか?もう痛い箇所はありませんか?」
「ああ、一つも無いよ。ありがとう」
「そうですか。…あのですね私、後少ししたら成人になるんです」
「アリはまだ成人前だったのか…獣人は身体が大きいから気付かなかったよ…成人って幾つ?」
「人狼は十八で大人になります」
「そうか、アリは十八になるのか…俺と少し年齢差があるな」
「その…それで、実はこの場所は…私が成人になるまでの隠れ場所なんです」
「…隠れ場所って…理由を聞いても良い話か?」
「ええ…実は……私、王狼国の第一王女でした」
「! そうか。やはりその体毛の色は。だが何故隠れる必要が?」
「それは何度も命を狙われたので…母に」
「っ! 実のか?」
「ええ…私の耳黒いでしょ?」
「耳の毛の色が黒いから?」
「金狼と銀狼の親から黒の混じった子が生まれた事に自尊の高い母は耐えられなかったのです。私の国では黒の毛を持つ者は忌み嫌われます。魔厄を身体に宿らせているとありもしない噂によって…王狼国で黒い体毛を持つ者は追い出されたり迫害を受けるので。それに私は変身能力が無く人型にも原獣化も出来ませんでした」
「……」
「あ、でも私の周りにはピヨコ達が居たので大丈夫です。ね?水色ちゃん」
『ピーヨ!』
「彼らは何故君の側にいるんだ?神獣だよな?」
「……彼らは…本当は十二匹で一つの高位の神獣でした。ですが金のピヨコが徳を積み神に転生を許されたのです。それが私の父である現王狼国王です」
「金狼が…元ピヨコ?」
「ええ、ですが父にその記憶はありません。問題は母である銀狼です。母は…実は銀のピヨコに憑依された人狼なのです。貴族の地位のある家の、でも灰色の気の弱い人狼だったらしくて簡単に…銀のピヨコは他人に憑依出来る能力があるそうです」
「え?…つまり君は両親がピヨコの娘、で合ってる?」
「正解であって正解ではないですね。金のピヨコは転生を果たしていますし、銀のピヨコは憑依しているだけで身体は貴族令嬢の物ですから。ただ、長年憑依している事で令嬢の魂に融合をしている様です。おそらくもうピヨコには戻れないとピンク先生が言ってました」
「……銀のピヨコは何故そんな事を?」
「金のピヨコを慕っていたそうです。だから勝手に下界へ降りて金のピヨコの転生した魂に近付く為に貴族の娘に憑依をし、銀狼の姿に変えたのではないでしょうか。結局銀のピヨコを連れ戻す為に下界に降りて来た他のピヨコ達も幾度か憑依を解こうとしたんですが既に魂まで融合が始まっていた為断念したそうです」
「それで今もピヨコ達は地上に居るって事か?」
「神獣は魔厄を極力抑え地上の均衡を保つ役割を担っています。一匹減ればそれだけ抑える力が弱くなり神のお力を発揮する事がままならなくなるのです。ですから新しいピヨコを補充する名目で引き続き下界で候補になる対象を探したそうです」
え?っと一間呆けた顔をした旦那さん。ですがみるみる内に強張った顔になっていきます。
「アリ…それは、つまり…?」
「私が生まれて暫くした時に銀のピヨコの代わりになる事が決められたそうです。だから私を成人まで生かす為にピヨコ達が護ってくれました。ピヨコになるには成人し神聖力に長けた魂でなければならないそうです」
私はそっと目を閉じました。仕方が無い事でした。どちらにせよピヨコ達が居なければ私の命は無かったでしょうし…
「ちょっと待てアリ!君はそれで良いのか?母が犯した罪を君が背負わされるのか?」
目を開けると周りにいるピヨコ達は微動だにせず私を見つめていました。私は足元に居た橙ちゃんをそっと持ち上げます。
「彼らは私の仲間であり親も同然です。ここまで育ててくれた恩を返さなければいけません。それに悪い事では無いのですよ?私もピヨコになるのですから…」
橙ちゃんの丸い瞳が私を見つめます。とても可愛らしいです。
私はずっとこのピヨコ達の本当の仲間になるんだとそれを喜んで生きて来ました。
でも、どうしてでしょう…とても胸が苦しいのです。喉が熱くて鼻がツンとします。
もう出来損ないとなじられる事も半人前だと虐められる事も無くなりました。それでも過去にされた出来事は今も私の胸を苦しめます。ピヨコになればそんな記憶も消え失せ新しい命として役に立てる…それなのに…
「アリ…俺は…っ」
「貴方を救わなければ良かったのでしょうか…貴方に出逢わなければ…こんなに辛く無かった筈なのに…」
「え?それは…どう言う…?」
私は橙ちゃんを草の上に戻しました。ゆっくりと立ち上がり一つ大きく息を吸い空を見上げます。
もう決まっている事です。私の心にある芽に水をあげる事は出来ません。
「明日此処から出て行って下さい。ピヨコが森の出口まで連れて行ってくれますから…」
「……っアリ…」
私はそう言い残し彼から背を向け歩き始めました。旦那さんの瞳をもう一度見て忘れない様に覚えておこうとしていたのに、最後までまともにお顔を見る事が出来ませんでした。
綺麗なキラキラのミントグリーンの瞳。私には勿体無い…
光溢れる宝石の様な人。
あんな事を言いましたが、最後に辛くて苦しいけれど、でも…出逢えて本当に良かったと、そう思いました。
そうして彼は次の日、ピンク先生と黒ちゃんを森の出口までの案内役に他のピヨコ達に見守られながらこの箱庭を出て行ったのです。
彼はとても気さくで優しくて乱暴なところも無く…何と言うか…そう、落ち着いた大人の人?でした。昔、神殿にいらっしゃった人間の神官様に似ていて…あの方だけが私に優しく語りかけて下さった…お歳を召していらっしゃったけれどお元気かしら?
旦那さんは冒険者と言う職業?で、色々な国を回って魔獣討伐をされているそうです。ゴーレムと言う岩で出来た怪物や巨大な蛇、暴れる翼竜や地竜なんかも退治したそうです。エルフと言う種族と交流したり精霊の国を毒蠍から救ったり、なんて凄い話を淡々と話されます。流石勇者!とても面白くて驚くお話ばかりです。
でも彼は感情の起伏が穏やか…悪い風に言い換えれば自分の事では無いような遠い出来事を語るように自分を表現されます。そして時折り見せる憂いの表情。私も人の事を言えませんがきっと彼にも何かあったのでしょう。お仲間なお話はするのに一刻も早く元の生活に戻りたいとは一言だって言わないし、親しくしている人や好きな人の話も出て来ません。
彼はミルクティーの髪色に珍しいミントグリーンと言う色の瞳。顔立ちは鼻筋が通っていて多分美形?なのではないかと思います。背は私より少し高くて体格も良いです。
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私は人型にもなれず獣化も出来ませんでした。出来損ないだからか…忌み子だからかは分かりません。例え珍しいとされた金の毛に銀の尾が有ろうとも黒の混じった私はもうあそこでは生きてはいられない劣った存在でありました。
それでも可愛がってくれた先代であるお爺様が生きておられた間はまだ護られ
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「きっと何か辛い思いをされたんでしょう。そう言えばピンク先生は彼が留まっているのが気に入らなかったのではないのですか?」
『気に入らないと言う言葉は相応しく無いね。我ら神獣から見れば皆未熟さ。それ故に可愛いとも思うよ。アリは私達にとって愛し子だから少し警戒しただけさ』
「攻撃されるとかイジメられるとかで?」
『いいやそうではない。もしかしたら…いや、ほぼ確実に彼に攫われるのではないかと思ってね。こんなに可愛いアリを見逃すだろうかと』
「ふっふふふっ私を?ふふふふっ」
『おや?可笑しな事ではないぞ?人と獣人は番になる事が出来るのだ。まあ、男が獣人で女が人間と言う組み合わせが多いがね』
「旦那さんは勇者さまですよ?とても優しいし強いし力持ちだしよく気が付くし、人間の女の人が放ってはおかないでしょう。好きにならない人は居ないんじゃないでしょうか…」
『…まあ、そうかも知れないな。オマケに彼は顔も良い。そう、どこぞの国の男に似ているな…カーナバル帝国のベルリギだったか。そっくりだよ』
「有名な人なんですか?」
『現皇帝だな』
「…わぁ…」
それ以上は聞いてはいけない気がします。
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「…私は何色になるんでしょうね?」
『新しい銀だろうな…もうあれでは天には還れないだろうし…』
「そう、ですか」
ふと見上げた空はとても青くてとても澄んでいました。
私…ミントグリーンになりたいな…そうしたら…
旦那さんと過ごしたこの箱庭の日々を忘れないでいられるかも知れない、そう思ってしまう程に彼との時間が愛おしいものだと気づいてしまいました。とても素敵な人ですから…
でもきっとこの胸に芽を出したばかりの思いは成長する事など出来ず枯れてしまうでしょう。
希望は単なる望みであって叶わない方が多い事を私は知っていたのです。
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「おい、ナッシュ!あったぞ!!」
「やっぱりか…カーヒル何か感じるか?」
「…いや、この辺りに旦那の魔力の残滓は無いな…」
「カーナバルの奴らの亡骸らしき衣服はあるのに…いや、生きてる筈だ。もう少し奥に入ってみよう」
「魔寄りの森は空間が切り取られる様に別の道に繋がっている。真っ直ぐ向かっても意味が無い。地図も描けない場所なんだから。あれだけ止めたのに旦那ってば…」
「翼で飛ぼうにも低木が多いし偵察も難しいですね…いっそ焼き払いますか?」
「無茶すんな。森林火災なんか起こしたらスタンピード並にえらい事になるぞ」
「まあ、落ち着けロドム。最低最悪の事態を想定して奴に探索用魔道具のアンクレットを着けさせた。フィル、頼む」
「あまり遠いと探せないんだけど…やってみるよ」
彼らは勇者のパーティーメンバーだ。ナッシュとカーヒルは勇者の幼馴染である。フィルとロドムは旅先で仲間になった合計五名の少数精鋭で構成された男ばかりのパーティーだ。
カーヒルはカンガルー獣人、山羊のナッシュと翼蛇のロドムはハーフでフィルは人間の魔法術士。
『ハーフ』と言うのは角や耳、尻尾、足など獣人の特徴を残してはいるが、獣人程力は強く無く、個々の特性が残るが肌の色も顔も人のそれである半獣人の事である。
二月程前タガール国にある魔寄りの森に単独で調査に行くとふらっと出て行った。
彼らは隣国のスタール王国に拠点を設けていたが二月経っても戻らない彼を探しに来たのだ。いつもならどんな姿になろうとも二月拠点を空ける事などなかったのだが、全く連絡も無いまま無情に日々が過ぎて行く。
「まさか…カーナバルの刺客にやられたんじゃ…最近納まってたのにっ」
「そう言えば王妃の息子、隣国とのいざこざで出張って怪我をしたって噂立ってたよ?弱いのバレたから旦那を消しておきたいんじゃない?」
「お前の息子が弱いのは勉学も鍛錬もおざなりで遊び呆けてるからだろ!あのババアいい加減にしろよな!」
「兎に角装備は整えてあるから。一刻も早く魔寄りの森に向かうぞ」
そうして勇者パーティーは魔寄りの森に入った。だが魔獣が闊歩するこの森を勇者無しに進むには限度がある。漸く見つけた手掛かりは刺客らしき者の衣服や骨の残骸で、やはりカーナバルの王妃の実家、侯爵家の紋章の入った指輪が転がっていた。
「…ラン…」
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死はいつも隣り合わせではあったが彼は引かなかった。勇者だと騒ぎ立てられても他人事でいつも何かを請け負っていた。態度は薄いが率先して助けて回る、そんな男に振り回されながら笑って共に歩んで来た十年。
だが最近どうにも違和感があったのだ。生き急いでいるかの様で危なっかしい所があった。今回の事もそうだ。少しの荷物と書き置きだけ残して一人旅立って行ってしまった。
それなりに歳を重ねスタール王国に拠点を作った。近い将来家族を持つ者も現れるだろう。
そんな甘ったるい未来を少しだけ夢見ていた矢先だった。
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**
「旦那さん~お話しがあるのですか、良いですか?」
ある晴れたお昼過ぎ、丸太に座りながら木をナイフで削って小物を作っている旦那さんに話し掛けました。彼の周りにはピヨコ達がピヨピヨと鳴きながらくっ付いています。旦那さんはピヨコに大人気です。頭に乗ったり肩に乗ったりして遊んでいます。
「うん?アリ、どうしたんだ?改まって。ほら、おいで」
そう言って旦那さんは座っている丸太の端に寄って空いた場所をポンポンと手で叩きます。私は少し躊躇いましたが彼にはちゃんとお話しなくてはいけません。これからの事…
私は言われた通り彼の横にポソっと静かに座りました。穏やかな風が私のエプロンや尻尾の毛を揺らします。
「…あの…お身体の調子はいかがですか?もう痛い箇所はありませんか?」
「ああ、一つも無いよ。ありがとう」
「そうですか。…あのですね私、後少ししたら成人になるんです」
「アリはまだ成人前だったのか…獣人は身体が大きいから気付かなかったよ…成人って幾つ?」
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「そうか、アリは十八になるのか…俺と少し年齢差があるな」
「その…それで、実はこの場所は…私が成人になるまでの隠れ場所なんです」
「…隠れ場所って…理由を聞いても良い話か?」
「ええ…実は……私、王狼国の第一王女でした」
「! そうか。やはりその体毛の色は。だが何故隠れる必要が?」
「それは何度も命を狙われたので…母に」
「っ! 実のか?」
「ええ…私の耳黒いでしょ?」
「耳の毛の色が黒いから?」
「金狼と銀狼の親から黒の混じった子が生まれた事に自尊の高い母は耐えられなかったのです。私の国では黒の毛を持つ者は忌み嫌われます。魔厄を身体に宿らせているとありもしない噂によって…王狼国で黒い体毛を持つ者は追い出されたり迫害を受けるので。それに私は変身能力が無く人型にも原獣化も出来ませんでした」
「……」
「あ、でも私の周りにはピヨコ達が居たので大丈夫です。ね?水色ちゃん」
『ピーヨ!』
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「……彼らは…本当は十二匹で一つの高位の神獣でした。ですが金のピヨコが徳を積み神に転生を許されたのです。それが私の父である現王狼国王です」
「金狼が…元ピヨコ?」
「ええ、ですが父にその記憶はありません。問題は母である銀狼です。母は…実は銀のピヨコに憑依された人狼なのです。貴族の地位のある家の、でも灰色の気の弱い人狼だったらしくて簡単に…銀のピヨコは他人に憑依出来る能力があるそうです」
「え?…つまり君は両親がピヨコの娘、で合ってる?」
「正解であって正解ではないですね。金のピヨコは転生を果たしていますし、銀のピヨコは憑依しているだけで身体は貴族令嬢の物ですから。ただ、長年憑依している事で令嬢の魂に融合をしている様です。おそらくもうピヨコには戻れないとピンク先生が言ってました」
「……銀のピヨコは何故そんな事を?」
「金のピヨコを慕っていたそうです。だから勝手に下界へ降りて金のピヨコの転生した魂に近付く為に貴族の娘に憑依をし、銀狼の姿に変えたのではないでしょうか。結局銀のピヨコを連れ戻す為に下界に降りて来た他のピヨコ達も幾度か憑依を解こうとしたんですが既に魂まで融合が始まっていた為断念したそうです」
「それで今もピヨコ達は地上に居るって事か?」
「神獣は魔厄を極力抑え地上の均衡を保つ役割を担っています。一匹減ればそれだけ抑える力が弱くなり神のお力を発揮する事がままならなくなるのです。ですから新しいピヨコを補充する名目で引き続き下界で候補になる対象を探したそうです」
え?っと一間呆けた顔をした旦那さん。ですがみるみる内に強張った顔になっていきます。
「アリ…それは、つまり…?」
「私が生まれて暫くした時に銀のピヨコの代わりになる事が決められたそうです。だから私を成人まで生かす為にピヨコ達が護ってくれました。ピヨコになるには成人し神聖力に長けた魂でなければならないそうです」
私はそっと目を閉じました。仕方が無い事でした。どちらにせよピヨコ達が居なければ私の命は無かったでしょうし…
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「彼らは私の仲間であり親も同然です。ここまで育ててくれた恩を返さなければいけません。それに悪い事では無いのですよ?私もピヨコになるのですから…」
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私はずっとこのピヨコ達の本当の仲間になるんだとそれを喜んで生きて来ました。
でも、どうしてでしょう…とても胸が苦しいのです。喉が熱くて鼻がツンとします。
もう出来損ないとなじられる事も半人前だと虐められる事も無くなりました。それでも過去にされた出来事は今も私の胸を苦しめます。ピヨコになればそんな記憶も消え失せ新しい命として役に立てる…それなのに…
「アリ…俺は…っ」
「貴方を救わなければ良かったのでしょうか…貴方に出逢わなければ…こんなに辛く無かった筈なのに…」
「え?それは…どう言う…?」
私は橙ちゃんを草の上に戻しました。ゆっくりと立ち上がり一つ大きく息を吸い空を見上げます。
もう決まっている事です。私の心にある芽に水をあげる事は出来ません。
「明日此処から出て行って下さい。ピヨコが森の出口まで連れて行ってくれますから…」
「……っアリ…」
私はそう言い残し彼から背を向け歩き始めました。旦那さんの瞳をもう一度見て忘れない様に覚えておこうとしていたのに、最後までまともにお顔を見る事が出来ませんでした。
綺麗なキラキラのミントグリーンの瞳。私には勿体無い…
光溢れる宝石の様な人。
あんな事を言いましたが、最後に辛くて苦しいけれど、でも…出逢えて本当に良かったと、そう思いました。
そうして彼は次の日、ピンク先生と黒ちゃんを森の出口までの案内役に他のピヨコ達に見守られながらこの箱庭を出て行ったのです。
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