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5.契約
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次に私がベッドで目が覚めた時には目を赤く晴らした痩せた金の髪の男とニヤニヤと笑う黒髪の執事。
ボンヤリする頭。何にも思い出せない。
「旦那様。リグマイアス様と契約が成立致しましたよ」
「.................契約?」
「ええ。先程の旦那様のご提案。書面に致しました。どうぞご確認下さい」
「提案?.................ああ。領地の..........?」
「いえいえ、それは無しになりました。リグマイアス様は領地経営から手を引かれるそうです。ほら、もう一つ有りましたでしょ?」
「もう一つ?.................なんだったかしら..........頭が上手く働かないわ.........」
「ふふ。じゃあ、この書類をどうぞ」
ベッドに寝たままのサリアンに執事は一枚の書類を手渡した。
「えっと.................ん?.........んんん?..........え?え?」
「それからもう一つ。こちらの書類は.......破棄させて頂いてもよろしいですか?それとも旦那様がお持ちになりますか?」
ピラリと見せられたそれは.........離婚届。
「あ.................。え..........あ!ええ!そ、そうよ!え?じゃあ、私まだ........リグの..........妻?」
「.................」
下を向くリグマイアス。
「そうですよ。この4年間もずっと婚姻したままでした。驚きましたか?ですよね。私も何だそれはと思いましたよ。ははははっ」
「ダクス.................知ってたの?」
「半年くらい前ですね」
「いじわるね」
「仕方ありません。旦那様の為ですよ。いつでも気を張っている旦那様にこんな事実突き付けたら行動の予測が付かないじゃありませんか。だからリグマイアス様と対面して頂いた時に勝負に出ようと思いまして。ふふっ」
「..........っ.......何だか悔しいわ。それで、これ...........サインしてあるけど.......どう言うつもり?」
「こちらの書類はちゃんとした契約を交わしておこうかと思いまして」
「冗談よ。こんな.....事。...........ん?な!なんて事書いてるのよ!夜の添い寝?ば、馬鹿じゃ無いの!」
「いえいえ。大切な事ですよ。猫じゃ無くて犬になってもらわないと。主人に忠実な犬にね?」
ふふふっと含んだ笑いをする黒い執事。
「ペットなんですから。いつも一緒にいて頂かないと」
そう、これは私が彼に意地悪で提案した馬鹿馬鹿しい話だった。人をペットなんて言ってしまった自分に恥ずかしくて、直ぐに否定したのだけれど。うちの執事が私の知らない間にペットになる事をリグと契約していたのだ。
私はガバリと上半身を起こして俯く金の髪の彼に叱る様に言った。
「リグマイアス!騙されちゃダメじゃない!こんなの貴方の利益に何一つならないわ。ほら、護衛の訓練を1日最低3時間.....とか。食事は主人と一緒に、とか。催事の際には付き従うとか。なんだかもう、拘束する内容じゃない!.................これペットじゃないわよ!」
「.....良いんだ。サリアン。君の夫なんて烏滸がましい事は言えないから。ペットと言う名から始めようと思う。まあ、普通のペットじゃないんだけど。せめて君を護れるくらいに鍛えようと思うんだ。」
「.................旅は.................しないの?」
「ああ。行かない。君の側にいるよサリアン」
「........リグマイアス。私の名前書いた...............離婚届返して」
「.................ああ」
リグマイアスは巾着から折り畳んだそれをサリアンに渡す。
「ダクスそれ頂戴」
ダクスの持っている書類を指差す。執事はニッコリ笑い主人にリグマイアスの名前が書いてある新しい離婚届を差し出した。私は改めてその二枚の離婚届を眺めた。そこには名前が記されていた。
でも.........
「別々の紙に其々の名前.........。意味は無いわね。ねえ、私達.........もう一度..........やり直せるかな?元には戻れないかな?」
「........やっぱりダメだと思った時まで持っておけば良いよ。私は君の選択に従おう。勿論、そうならないように努力はするし、裏切るつもりは無い。サリアン。頑張るよ」
そう言って彼は少し微笑む。懐かしい優しい瞳。
「..............分かった。これ、預かるわ」
「さあ、ではこれからはリグマイアス様もこの屋敷の住人ですね。まあ、あちこちの国にセカンドハウスがあるので此処ばかりいる訳では有りませんが。基本はベッドは一緒にさせて頂きます。ペットですからね」
「ダクス!いくらなんでも........ベッドは別々で良いわよ。ちゃんと休めないでしょ」
「休む必要が?」
「! 破廉恥ね!止めなさいよ!もう!彼は身長が高いんだからもっと大きなベッドが必要なの!ちゃんと彼の部屋に用意しなさい!」
「畏まりました。新しい大きなベッドを二つご用意致します」
「~~っ不安しかないわ.....」
「.................」
こうして私はリグマイアスと再び寝食を共にする生活を始める。勿論、元通りでは無い。私の夫は何故か私の忠実なペットになって側にいる事になった。
まあ、契約と言っても書類1枚での話で、法的な戒めがある訳でも無い。言い換えれば【護衛】を1人雇ったようなものだ。
リグは運動神経が良くて乗馬も狩りも上手かった。走るのも早かった。10代の頃はだが。今はもう30近いから、どうか判らないけど。今から剣術や体術なんて身につくのか........危なく無ければ良いけど........。
私はただ.......彼に側にいてもらえるなら。それで良い。私だけ見てくれるなら何も要らない。
もう、意地を張るのは疲れた。下らない人間ばかりの上辺だけの営み。親も隣人も皆んな一緒に見えた。きっと私は可笑しいのだ。あの日彼に話し掛けられるまでこの小さな世界にうんざりしていたのだ。10歳になったら死のうと思っていたくらい。
私の心にすんなり入り込んだ人間は彼ただ1人だけ。今も昔も変わらない。
運命なんてものが有るならば信じよう。
だから最後だと思ってもう一度甘えてみよう。彼の胸に飛び込もう。それでダメならもう諦める。死んだって構わない。
ねえ?リグ。
このつまらない世界にたった一つ。
貴方は私に愛を教えてくれた。
嬉しくて泣くなんて知らなかった。
離れて息が苦しくなるなんて知らなかった。
何年経っても恋しいなんて知らなかった。
胸の痛みが何なのか
身体が熱くなるのは何故なのか
笑って欲しい。喜んで欲しい
悲しんで欲しい。後悔して欲しい
金の髪も空の瞳も大きな手も
広い背中も熱い胸も
全部欲しい
くれないなら............................殺して。
貴方に私の全部あげるから
だから
ペットでも何でも良い
私の側にずっといて
貴方を........................死ぬほど愛してる。
ボンヤリする頭。何にも思い出せない。
「旦那様。リグマイアス様と契約が成立致しましたよ」
「.................契約?」
「ええ。先程の旦那様のご提案。書面に致しました。どうぞご確認下さい」
「提案?.................ああ。領地の..........?」
「いえいえ、それは無しになりました。リグマイアス様は領地経営から手を引かれるそうです。ほら、もう一つ有りましたでしょ?」
「もう一つ?.................なんだったかしら..........頭が上手く働かないわ.........」
「ふふ。じゃあ、この書類をどうぞ」
ベッドに寝たままのサリアンに執事は一枚の書類を手渡した。
「えっと.................ん?.........んんん?..........え?え?」
「それからもう一つ。こちらの書類は.......破棄させて頂いてもよろしいですか?それとも旦那様がお持ちになりますか?」
ピラリと見せられたそれは.........離婚届。
「あ.................。え..........あ!ええ!そ、そうよ!え?じゃあ、私まだ........リグの..........妻?」
「.................」
下を向くリグマイアス。
「そうですよ。この4年間もずっと婚姻したままでした。驚きましたか?ですよね。私も何だそれはと思いましたよ。ははははっ」
「ダクス.................知ってたの?」
「半年くらい前ですね」
「いじわるね」
「仕方ありません。旦那様の為ですよ。いつでも気を張っている旦那様にこんな事実突き付けたら行動の予測が付かないじゃありませんか。だからリグマイアス様と対面して頂いた時に勝負に出ようと思いまして。ふふっ」
「..........っ.......何だか悔しいわ。それで、これ...........サインしてあるけど.......どう言うつもり?」
「こちらの書類はちゃんとした契約を交わしておこうかと思いまして」
「冗談よ。こんな.....事。...........ん?な!なんて事書いてるのよ!夜の添い寝?ば、馬鹿じゃ無いの!」
「いえいえ。大切な事ですよ。猫じゃ無くて犬になってもらわないと。主人に忠実な犬にね?」
ふふふっと含んだ笑いをする黒い執事。
「ペットなんですから。いつも一緒にいて頂かないと」
そう、これは私が彼に意地悪で提案した馬鹿馬鹿しい話だった。人をペットなんて言ってしまった自分に恥ずかしくて、直ぐに否定したのだけれど。うちの執事が私の知らない間にペットになる事をリグと契約していたのだ。
私はガバリと上半身を起こして俯く金の髪の彼に叱る様に言った。
「リグマイアス!騙されちゃダメじゃない!こんなの貴方の利益に何一つならないわ。ほら、護衛の訓練を1日最低3時間.....とか。食事は主人と一緒に、とか。催事の際には付き従うとか。なんだかもう、拘束する内容じゃない!.................これペットじゃないわよ!」
「.....良いんだ。サリアン。君の夫なんて烏滸がましい事は言えないから。ペットと言う名から始めようと思う。まあ、普通のペットじゃないんだけど。せめて君を護れるくらいに鍛えようと思うんだ。」
「.................旅は.................しないの?」
「ああ。行かない。君の側にいるよサリアン」
「........リグマイアス。私の名前書いた...............離婚届返して」
「.................ああ」
リグマイアスは巾着から折り畳んだそれをサリアンに渡す。
「ダクスそれ頂戴」
ダクスの持っている書類を指差す。執事はニッコリ笑い主人にリグマイアスの名前が書いてある新しい離婚届を差し出した。私は改めてその二枚の離婚届を眺めた。そこには名前が記されていた。
でも.........
「別々の紙に其々の名前.........。意味は無いわね。ねえ、私達.........もう一度..........やり直せるかな?元には戻れないかな?」
「........やっぱりダメだと思った時まで持っておけば良いよ。私は君の選択に従おう。勿論、そうならないように努力はするし、裏切るつもりは無い。サリアン。頑張るよ」
そう言って彼は少し微笑む。懐かしい優しい瞳。
「..............分かった。これ、預かるわ」
「さあ、ではこれからはリグマイアス様もこの屋敷の住人ですね。まあ、あちこちの国にセカンドハウスがあるので此処ばかりいる訳では有りませんが。基本はベッドは一緒にさせて頂きます。ペットですからね」
「ダクス!いくらなんでも........ベッドは別々で良いわよ。ちゃんと休めないでしょ」
「休む必要が?」
「! 破廉恥ね!止めなさいよ!もう!彼は身長が高いんだからもっと大きなベッドが必要なの!ちゃんと彼の部屋に用意しなさい!」
「畏まりました。新しい大きなベッドを二つご用意致します」
「~~っ不安しかないわ.....」
「.................」
こうして私はリグマイアスと再び寝食を共にする生活を始める。勿論、元通りでは無い。私の夫は何故か私の忠実なペットになって側にいる事になった。
まあ、契約と言っても書類1枚での話で、法的な戒めがある訳でも無い。言い換えれば【護衛】を1人雇ったようなものだ。
リグは運動神経が良くて乗馬も狩りも上手かった。走るのも早かった。10代の頃はだが。今はもう30近いから、どうか判らないけど。今から剣術や体術なんて身につくのか........危なく無ければ良いけど........。
私はただ.......彼に側にいてもらえるなら。それで良い。私だけ見てくれるなら何も要らない。
もう、意地を張るのは疲れた。下らない人間ばかりの上辺だけの営み。親も隣人も皆んな一緒に見えた。きっと私は可笑しいのだ。あの日彼に話し掛けられるまでこの小さな世界にうんざりしていたのだ。10歳になったら死のうと思っていたくらい。
私の心にすんなり入り込んだ人間は彼ただ1人だけ。今も昔も変わらない。
運命なんてものが有るならば信じよう。
だから最後だと思ってもう一度甘えてみよう。彼の胸に飛び込もう。それでダメならもう諦める。死んだって構わない。
ねえ?リグ。
このつまらない世界にたった一つ。
貴方は私に愛を教えてくれた。
嬉しくて泣くなんて知らなかった。
離れて息が苦しくなるなんて知らなかった。
何年経っても恋しいなんて知らなかった。
胸の痛みが何なのか
身体が熱くなるのは何故なのか
笑って欲しい。喜んで欲しい
悲しんで欲しい。後悔して欲しい
金の髪も空の瞳も大きな手も
広い背中も熱い胸も
全部欲しい
くれないなら............................殺して。
貴方に私の全部あげるから
だから
ペットでも何でも良い
私の側にずっといて
貴方を........................死ぬほど愛してる。
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