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夕方近くになってから急に小雨が降り始めた。青い花かんむりを頭に乗せ釣りをしていたレシェを急いで抱き抱え、木陰に戻る。
「通り雨だと思うけど、地面も濡れてるし釣りは切り上げて帰ろうか」
「むう…やっと遠くに針落とせるようになったのになぁ」
「五回くらい服に引っ掛けてたもんな…」
「もうコツは掴んだよ、力は無いけど振り回してこう、勢いで…ぽちゃんって」
「初め水に転げ落ちそうになるからヒヤヒヤしたよ」
「落ちなかったもん」
「二回目から俺が後ろから支えてたんだよ」
「支えてたって言うか色々触ってくるから二回目からも手元が狂ったのよ、この手は悪い手だわ」
そう言いながらペシペシ俺の手を叩くレシェ。
「だってどこ触っても柔らかいから気持ち良くてさ、不可抗力だよ」
「ううっ私太った?動いてないもんね…歩ける様になったらいっぱい運動する!」
「そうだな…健康的に過ごしてくれ。後、太くは無いと思うぞ?胸は肉たっぷりだけど」
「や~~っ!」
フルンとした柔らかい横胸を軽く揉みもみしたらまたペシッと叩かれた。
少し前に散々揉みくちゃにされてたくせに…
そうこうしている間に雨足が激しくなって来る。気温も下がりヒヤリとした空気が首元を掠めた。
「これは…駄目そうだ。帰って暖かいものでも飲もうかレシェ」
「そうね…肌寒くなってきたね。魚釣れなくて残念だけどまた来ようね」
「…ああ、…そうだな」
空は黒く重い雨雲で見えなくなり
青い花は切り離された地面に取り残された。
「…さあ、帰ろうか」
夕日に照らされる青…見たかったな…
****
遅めの昼食だった事もあり、夕飯は軽めに芋とベーコンのスープにチーズとクラッカー。食事の間もレシェはうつらうつらと眠そうにしている。急いで風呂に入れ汚れを落として夜着に着替えさせた。揺り椅子に座らせ温風で彼女の濡れた髪を乾かす。櫛を通している間にコクリコクリと船を漕ぐレシェ。
「良いよ寝ても。後始末したら後で寝室に連れてくから」
「…ん…ごめんね…リル…」
「ああ…気にするな」
湯冷めして冷えない様に毛布を掛け、レシェが深く眠ったのを確認して用事を済ます。要らない物は焼却し、大事な物だけ石で造った箱に入れる。
大事な…レシェが作ってくれたエプロンが入っている。
「ふっ…高位貴族の遺品みたいだな。入れてる物は宝石なんかより価値のある物だけど」
蓋裏に保存の術式陣を刻み、庭に転移させ地中深く沈ませた。持っては行けないからな…
そして手元に残ったのは赤い背表紙の本二冊。
これは俺の歩んだ人生そのものだった。
スリッと表紙を指先で撫でる。いつもと変わらない羊皮紙の手触り。何度回帰しても付き従って来た所有印の入ったこれは最後まで俺の希望への道を指し示してくれた。
「…さあ、お前達を解放しよう。ここで終わらせる為に決意を込めて」
そう呟いて二冊の本に火を付けた。ゆらゆらと宙に浮かばせた本から炎と黒い煤が舞い上がる。この回帰の研磨の日々があったからレシェに報いる事が出来るのだ。記憶が欠けてもこの本を残してくれたお陰で結果的に前に進めた。
「ありがとう。感謝している」
燃え尽き煙だけになるまで見届け、ギュッと目を閉じ…そして小さく遠くに滲む月を見上げる。
「…良し。始めるか…」
そうして俺は月夜が光る空に向かい一つ目の黄色い魔術式陣『忘却』を展開した。
****
あの日、伯爵家の自分の部屋で見つけた物は回帰の記録と日記だった。
「リル…黙っててごめん」
そうタリスマンの中からミカポンが詫びた。
「まだ頭が混乱してる…俺は本当に…何度も回帰していたのか…?」
読み終えた俺は唯々呆然としていた。これは本当に俺が書いたものなのか…
「僕と出会った君はもう十四回目の君だったよ。改めて来た今の君が始めは誰だか判らなかった…魔力は同じ質なのに耳もあるし片目も残ってたし足もあったから…」
「回帰の度に身体の部位が無くなった状態でやり直してるもんな…悍ましい姿だったんだろ?」
「そうだね…それでも君の大事な人は側に居てくれると嬉しそうだったよ。だから彼女の為に探しているんだって言ってた…」
「…ミカポンは記憶が残ってるんだな?」
「そうだね。理由は分からないんだけど…もしかしたらこれは魔力の記憶かも知れないね。僕はね魔力を吸収して凶悪化した太古の魔物と身体を変換して生き延びたんだ。この術は本来攻撃の術式に対抗する為に術特性を変えて威力を弱体化させる程度のものだったんだけど、死ぬ間際に奴と自分の身体ごと替えてやったんだ。どうせ死ぬならってね。お陰で命は助かったけど…」
「そうか!この日記の中でミカポンからヒントを得たって書いてあったのは…」
「多分ね。それで…リル、その…十四回目の君には言わなかった事があるんだ」
「え?」
「推測だけど…この方法は成功しないかも知れない」
「なんで?」
「理由は、これ」
ズルリと小さな蛇姿のミカポンがタリスマンの中から顔を出す。ちょっとビックリした。そんな事も出来るのかよっ!
「額に付いてるこれだよ」
「これって…王家の裏紋の?」
ミカポンの額に光るそれは王家の裏紋の元になった百合の形をした逆鱗だった。
「あの三又の大蛇が魔力を吸収出来たのはこの逆鱗があったからなんだ。元は小さな身体の単頭の蛇だったんだけど、他の魔物から魔力を吸い取り力を増やし自らを強力な異形に変えたのはこれのお陰だったみたい」
「じゃあ…それに代わる魔力吸収物質は…」
「十四回目の彼は手に入れられなかっただろうね」
…じゃあ失敗する可能性があったって事だよな。でも確かにこんな事バラして額の逆鱗を奪われる訳にはいかないか…俺やりそうだもんな。今のアレは僅かな魔力を吸収して身体を維持しているミカポンの生命線だ。
「だからね、リル。これを君にあげるよ」
「え?は?いや、あげるって…そんな簡単に…」
「その代わり少し手伝って欲しいんだ。僕の心残りを回収したい…きっと君には酷な結果になると思う」
「ミカポン…」
「僕は人の頃はロマンチストで有名だったんだよ。街では吟遊詩人の様に毎夜愛を唄ってたものさ。愛し合う二人が幸せになるのが一番好きさ。もし、そうならなくても…愛が故に困難を乗り越え頑張る姿は美しいよね。でも、騙したまま、騙されたまま傷付き傷つけ合って結果周りが不幸になるのが一番嫌いだ。だって寂しいだろ?」
「…そうだな」
「それにねリル…僕は君が神の領域を削ってしまっても、許したいし味方で有りたい。十四回目の君も今の君も純粋に愛する人を助けたいと願っての事だから。それに孤独な僕にとっては掛け替えの無い友人だしね。他の王族は存在は感じられる様だけど、僕の声すら聞こえなくなったからさ…」
王族の保護を受け守護者となったと言うのに…大蛇の姿で現れる訳にはいかないから誰にも見つけられず…いつしか王宮書館でだけの存在になってしまったのか。
「……分かった。お互い損な役回りだな。でもさ、俺もミカポンに会えて良かった。いつか違う世界で巡り合ったらまた仲良くしような」
「ふふ…それは楽しみだ。君は何だかやり遂げそうだし」
「俺が引き寄せるさ」
「ははははっ嬉しいよリル。楽しみが出来たよ」
そうかこれで漸くレシェを生かせる方法が…でもやっぱり俺達は…そう言う運命なんだな。
****
元々眠りが浅い方だったが、魔素化が進み深く眠る様になったレシェを抱き上げ寝室に向かう。彼女の重みを噛み締めながら階段を登り切り寝室のドアを開けた。初夏の始めだがまだ朝晩は冷える。しっかり窓を閉じたガラスの向こうは先程の月がこちらを覗いていた。レシェの二十回目の誕生日がゆっくりと過ぎて行く。
彼女をベッドに横たえ椅子を脇に持って来て腰を下ろした。綺麗な寝顔だ。ふっくらとした唇。小ぶりな鼻。長いまつ毛。形良い柔らかな耳。長く細い首。小さな…白い手…。
その手に自分の手をそっと重ねる。柔らかくて力を入れたら潰してしまいそうだ。両手で包む様に優しく握り口付けた。
「…レシェ。俺に出来る事はこれしか無いみたいだ。沢山時間を掛けて探したんだけど…もしかしたらこうなる様になってたのかも知れない。君を護り生かす為に俺は存在したんじゃないかって思うんだ」
シャツの胸ポケットからあの夜最後にミカポンから受け取った百合の形の鱗を取り出した。大蛇の額にあったものは大きく扱い難いので形はそのままで小さく凝縮させた物だ。ゆらゆらと俺の魔力を吸いながら七色に光が揺らめいている。
「綺麗だろ?これが無ければ完璧な術式は完成してなかった。ミカポンに感謝だな。…君はこの先長い人生を歩むだろう。健康な身体になりきっと家族も増える。猫も犬も飼って賑やかに穏やかに生きて行くんだ」
寝ているレシェにポツリポツリと胸の内を吐き出していく。
「君の身体は急激に魔素化が進んでいる。これは俺の魔力が起こした事なんだ。辛い思いをさせてすまないレシェ…少しでも一緒に居たくて…ギリギリまで離したくなかったんだ。全て俺の我儘だ…それでもレシェの二十の誕生日までと決めていた。これ以上は動かなくなる身体を重荷に感じて更に辛くなるだろうから…だから、ここまでにする」
思わず手に力が入ってしまいハッとしてレシェの白い手を離す。もう一度握り直そうと伸ばした自分の手を─グッと止め、握り込んで目を閉じた。
ああ…もう…離してやらなければ…
どうか
どうか
君がこの先ずっと
笑って過ごせますように
泣かせてばかりだった俺が君に唯一出来る事
彼女の首に掛かるロケット型タリスマンの四つ刻んだ魔術式陣に魔力を込める。フォンッと淡い光が灯りそれぞれの陣が効力を発揮するのを確かめた。これでもう安心だ。俺が極めた防御特化の魔術式陣が君をあらゆる害から長く護り続けるだろう。
「レシェ。この先出会う誰よりも君を愛している」
君の幸せだけを…
魂から願ってるから
スヤスヤと寝息を立てる妻の唇に落とす様にそっと口付けた。柔らかくて暖かい愛しい人へ。
涙が溢れると同時に万感の思いを込めて最後の術式を展開する。
「魔術式…『混排交転換』」
「通り雨だと思うけど、地面も濡れてるし釣りは切り上げて帰ろうか」
「むう…やっと遠くに針落とせるようになったのになぁ」
「五回くらい服に引っ掛けてたもんな…」
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「初め水に転げ落ちそうになるからヒヤヒヤしたよ」
「落ちなかったもん」
「二回目から俺が後ろから支えてたんだよ」
「支えてたって言うか色々触ってくるから二回目からも手元が狂ったのよ、この手は悪い手だわ」
そう言いながらペシペシ俺の手を叩くレシェ。
「だってどこ触っても柔らかいから気持ち良くてさ、不可抗力だよ」
「ううっ私太った?動いてないもんね…歩ける様になったらいっぱい運動する!」
「そうだな…健康的に過ごしてくれ。後、太くは無いと思うぞ?胸は肉たっぷりだけど」
「や~~っ!」
フルンとした柔らかい横胸を軽く揉みもみしたらまたペシッと叩かれた。
少し前に散々揉みくちゃにされてたくせに…
そうこうしている間に雨足が激しくなって来る。気温も下がりヒヤリとした空気が首元を掠めた。
「これは…駄目そうだ。帰って暖かいものでも飲もうかレシェ」
「そうね…肌寒くなってきたね。魚釣れなくて残念だけどまた来ようね」
「…ああ、…そうだな」
空は黒く重い雨雲で見えなくなり
青い花は切り離された地面に取り残された。
「…さあ、帰ろうか」
夕日に照らされる青…見たかったな…
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遅めの昼食だった事もあり、夕飯は軽めに芋とベーコンのスープにチーズとクラッカー。食事の間もレシェはうつらうつらと眠そうにしている。急いで風呂に入れ汚れを落として夜着に着替えさせた。揺り椅子に座らせ温風で彼女の濡れた髪を乾かす。櫛を通している間にコクリコクリと船を漕ぐレシェ。
「良いよ寝ても。後始末したら後で寝室に連れてくから」
「…ん…ごめんね…リル…」
「ああ…気にするな」
湯冷めして冷えない様に毛布を掛け、レシェが深く眠ったのを確認して用事を済ます。要らない物は焼却し、大事な物だけ石で造った箱に入れる。
大事な…レシェが作ってくれたエプロンが入っている。
「ふっ…高位貴族の遺品みたいだな。入れてる物は宝石なんかより価値のある物だけど」
蓋裏に保存の術式陣を刻み、庭に転移させ地中深く沈ませた。持っては行けないからな…
そして手元に残ったのは赤い背表紙の本二冊。
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「…さあ、お前達を解放しよう。ここで終わらせる為に決意を込めて」
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「ありがとう。感謝している」
燃え尽き煙だけになるまで見届け、ギュッと目を閉じ…そして小さく遠くに滲む月を見上げる。
「…良し。始めるか…」
そうして俺は月夜が光る空に向かい一つ目の黄色い魔術式陣『忘却』を展開した。
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あの日、伯爵家の自分の部屋で見つけた物は回帰の記録と日記だった。
「リル…黙っててごめん」
そうタリスマンの中からミカポンが詫びた。
「まだ頭が混乱してる…俺は本当に…何度も回帰していたのか…?」
読み終えた俺は唯々呆然としていた。これは本当に俺が書いたものなのか…
「僕と出会った君はもう十四回目の君だったよ。改めて来た今の君が始めは誰だか判らなかった…魔力は同じ質なのに耳もあるし片目も残ってたし足もあったから…」
「回帰の度に身体の部位が無くなった状態でやり直してるもんな…悍ましい姿だったんだろ?」
「そうだね…それでも君の大事な人は側に居てくれると嬉しそうだったよ。だから彼女の為に探しているんだって言ってた…」
「…ミカポンは記憶が残ってるんだな?」
「そうだね。理由は分からないんだけど…もしかしたらこれは魔力の記憶かも知れないね。僕はね魔力を吸収して凶悪化した太古の魔物と身体を変換して生き延びたんだ。この術は本来攻撃の術式に対抗する為に術特性を変えて威力を弱体化させる程度のものだったんだけど、死ぬ間際に奴と自分の身体ごと替えてやったんだ。どうせ死ぬならってね。お陰で命は助かったけど…」
「そうか!この日記の中でミカポンからヒントを得たって書いてあったのは…」
「多分ね。それで…リル、その…十四回目の君には言わなかった事があるんだ」
「え?」
「推測だけど…この方法は成功しないかも知れない」
「なんで?」
「理由は、これ」
ズルリと小さな蛇姿のミカポンがタリスマンの中から顔を出す。ちょっとビックリした。そんな事も出来るのかよっ!
「額に付いてるこれだよ」
「これって…王家の裏紋の?」
ミカポンの額に光るそれは王家の裏紋の元になった百合の形をした逆鱗だった。
「あの三又の大蛇が魔力を吸収出来たのはこの逆鱗があったからなんだ。元は小さな身体の単頭の蛇だったんだけど、他の魔物から魔力を吸い取り力を増やし自らを強力な異形に変えたのはこれのお陰だったみたい」
「じゃあ…それに代わる魔力吸収物質は…」
「十四回目の彼は手に入れられなかっただろうね」
…じゃあ失敗する可能性があったって事だよな。でも確かにこんな事バラして額の逆鱗を奪われる訳にはいかないか…俺やりそうだもんな。今のアレは僅かな魔力を吸収して身体を維持しているミカポンの生命線だ。
「だからね、リル。これを君にあげるよ」
「え?は?いや、あげるって…そんな簡単に…」
「その代わり少し手伝って欲しいんだ。僕の心残りを回収したい…きっと君には酷な結果になると思う」
「ミカポン…」
「僕は人の頃はロマンチストで有名だったんだよ。街では吟遊詩人の様に毎夜愛を唄ってたものさ。愛し合う二人が幸せになるのが一番好きさ。もし、そうならなくても…愛が故に困難を乗り越え頑張る姿は美しいよね。でも、騙したまま、騙されたまま傷付き傷つけ合って結果周りが不幸になるのが一番嫌いだ。だって寂しいだろ?」
「…そうだな」
「それにねリル…僕は君が神の領域を削ってしまっても、許したいし味方で有りたい。十四回目の君も今の君も純粋に愛する人を助けたいと願っての事だから。それに孤独な僕にとっては掛け替えの無い友人だしね。他の王族は存在は感じられる様だけど、僕の声すら聞こえなくなったからさ…」
王族の保護を受け守護者となったと言うのに…大蛇の姿で現れる訳にはいかないから誰にも見つけられず…いつしか王宮書館でだけの存在になってしまったのか。
「……分かった。お互い損な役回りだな。でもさ、俺もミカポンに会えて良かった。いつか違う世界で巡り合ったらまた仲良くしような」
「ふふ…それは楽しみだ。君は何だかやり遂げそうだし」
「俺が引き寄せるさ」
「ははははっ嬉しいよリル。楽しみが出来たよ」
そうかこれで漸くレシェを生かせる方法が…でもやっぱり俺達は…そう言う運命なんだな。
****
元々眠りが浅い方だったが、魔素化が進み深く眠る様になったレシェを抱き上げ寝室に向かう。彼女の重みを噛み締めながら階段を登り切り寝室のドアを開けた。初夏の始めだがまだ朝晩は冷える。しっかり窓を閉じたガラスの向こうは先程の月がこちらを覗いていた。レシェの二十回目の誕生日がゆっくりと過ぎて行く。
彼女をベッドに横たえ椅子を脇に持って来て腰を下ろした。綺麗な寝顔だ。ふっくらとした唇。小ぶりな鼻。長いまつ毛。形良い柔らかな耳。長く細い首。小さな…白い手…。
その手に自分の手をそっと重ねる。柔らかくて力を入れたら潰してしまいそうだ。両手で包む様に優しく握り口付けた。
「…レシェ。俺に出来る事はこれしか無いみたいだ。沢山時間を掛けて探したんだけど…もしかしたらこうなる様になってたのかも知れない。君を護り生かす為に俺は存在したんじゃないかって思うんだ」
シャツの胸ポケットからあの夜最後にミカポンから受け取った百合の形の鱗を取り出した。大蛇の額にあったものは大きく扱い難いので形はそのままで小さく凝縮させた物だ。ゆらゆらと俺の魔力を吸いながら七色に光が揺らめいている。
「綺麗だろ?これが無ければ完璧な術式は完成してなかった。ミカポンに感謝だな。…君はこの先長い人生を歩むだろう。健康な身体になりきっと家族も増える。猫も犬も飼って賑やかに穏やかに生きて行くんだ」
寝ているレシェにポツリポツリと胸の内を吐き出していく。
「君の身体は急激に魔素化が進んでいる。これは俺の魔力が起こした事なんだ。辛い思いをさせてすまないレシェ…少しでも一緒に居たくて…ギリギリまで離したくなかったんだ。全て俺の我儘だ…それでもレシェの二十の誕生日までと決めていた。これ以上は動かなくなる身体を重荷に感じて更に辛くなるだろうから…だから、ここまでにする」
思わず手に力が入ってしまいハッとしてレシェの白い手を離す。もう一度握り直そうと伸ばした自分の手を─グッと止め、握り込んで目を閉じた。
ああ…もう…離してやらなければ…
どうか
どうか
君がこの先ずっと
笑って過ごせますように
泣かせてばかりだった俺が君に唯一出来る事
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「レシェ。この先出会う誰よりも君を愛している」
君の幸せだけを…
魂から願ってるから
スヤスヤと寝息を立てる妻の唇に落とす様にそっと口付けた。柔らかくて暖かい愛しい人へ。
涙が溢れると同時に万感の思いを込めて最後の術式を展開する。
「魔術式…『混排交転換』」
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