【完結】回帰する魔術師は彼女の幸せだけを願っている

平川

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「ある筋の話、あんた…グラミリオル公爵を殺したいらしいな?」
「!!」
「何度か始末屋に依頼してたらしいじゃないか。だが彼は魔術師だ。簡単にはいかないだろうな…まあ、俺なら出来る。高度な術式を扱えるし…そうだな、七日間。この屋敷の中を家探しする。必要な物が見つかればもっと早い。あんたは俺にその許可を与え放っておくだけで良い。その代わり…やってやるよ。奴を」

 まあ、「ある筋」ってのは回帰前の俺情報なんだが。

「ふ…っ。ふははははっ!ああ!良いだろう。何処で知ったかは知らんが…なら必ずお前が息の根を止めろ。私の目の前で殺れ!出来るんだな?」
「問題無い」
「七日…たったそれだけで奴を…ふふふ…ああ、楽しみだ!本を探している様だが好きなだけ持って行け。だが禁書などこの屋敷には無いぞ」
「さあ…どうだかな」
「ふん!」

 バタンと扉が閉められ図書室に静寂が訪れる。十二年ぶりの父と子の再開とは思えない酷い会話だ。だがこれで良いのだ。

「…相変わらず声が濁声で耳障りだな…血が繋がっているとは思えない。さて、再開するか…」

 ペラペラと風を操りページを捲る。見栄で揃えただろう過去史書や経済学。語学や戦術本まである。有名な戯曲の写しまで…あいつが読んだのか?有り得無いな。

 そうして俺は再び本に囲まれる時間を送る事になった。たまに息抜きに庭園に出てリンゴの木があった場所に向かう。あの木は回帰前にレシェが焼けたコリコット村から残った若木を持って来て植えたのだ。彼女がどうしてもと。…他に持っていける物など無かったし…。
 だから今は此処には無い。季節の花が植えてあるだけだ。

 その花を見ながら真っ赤に染まった彼女を思い出す。同時にあの日実母を問い詰め聞き出した記憶も。

 夕食事に子流しの薬を混ぜられていた事。
 腹が膨らんだ女は何処か貴族の子女。勿論俺の子では無い。伯爵家より爵位が高い男との子だと言う。俺との結婚と腹の子を引き取る事を条件に、そいつから莫大な持参金を受け取ったのだと。俺の一存で連れて来た宝石一つ持っていなかった身寄りもないレシェを追い出すか、自ら死を選ばせるか。更に俺からだとナイフを渡す小細工までしていたのだ。俺が子を産めない彼女を用無しだと思わせる様に…

 呆気なく…彼女は死を選んだ。

 俺に詰め寄り真実を確認する事無く、裏切ったのかと怒りを打つける事も無く…ただ、鳥籠から解放されたい鳥の様に…俺を残して逝ってしまった。

 俺は……愛されていたのかな?信じては…くれていなかったんだろうか…

「ふぅ…だが今は違う。ちゃんと会話を交わして想いも伝えてるし信頼し合っている。そもそもあんな事二度と起こさせない。…逢いたいな…逢いたい…一度帰ろうか。いや、いや、顔見たら離れ難くなるからダメだ。とっとと終わらせて早くレシェの元へ戻ろう。そして…彼女を護るんだ」

 必ず何かある筈だ。あれだけの術式や陣を作りだした魔術師なんだ。この世界の王にだって成れたかもしれない。初級生活系魔術は言わずもがな、攻撃を主とする術式は三十種を越え、精神操作系までも二十種、防御系は数は少ないが完成度がすこぶる高く強固だ。そして変化、浮遊、転移、回帰までもがあの本には記されていた。独自に開発、改良したであろう魔術式が百近いのだ。そんな人物が無名である筈が無いのに…
 王族かとも思ったがどうやら該当する者は居ない様だし。王宮書庫で読んだ著名な魔術師名鑑にすら転移動の術式を構築出来たと言う功労者の名は見つからない。ましてや回帰の術なんてどの本にも触れていなかった…

「何故なんだ…誰なんだよ貴方は…」

 クシャッと黒い前髪をかき上げ空を見上げる。既に一日が終わろうとしていた。此処に来て三日…図書室の本は全て見た。奴が居ない間に執務室も隈無く探したし…後は個人の部屋にそれから…地下の倉庫。今日の夜は此処を探すか。どうせ日が入らないのだ。いつ入っても関係無い。すぅっと息を吸い、はぁ~と吐き出して俺は転移動の術を唱えた。

 *

 倉庫は二つ。一つは所謂ガラクタ置き場だ。二つ目は季節物で入れ替える品物が置かれている。此処には無駄に華美な絨毯やカーテン。その他椅子や机などなどだ。ザッと浮かせて隅々まで見たがまあ、該当する探し物は無かった。
 もう一つのガラクタ置き場に入ると物凄い埃に咽せる。足元で細かい塵が舞い上がる。どれだけ放置してるのか…しかし中は何だろな?よく分からない。破れた鏡に脚の無い椅子。木箱には割れた食器。誰かが描いた絵まである。本は…無いようだ。浮かせたガラクタを床に下ろして溜息を吐いた。

「少し疲れたな…」

 壊れた木箱の埃を払い腰を降ろす。片目は疲労が早いのだ。瞼を閉じて回復の術式を唱える。再び目を開けると、微かに薄暗い倉庫の中で光が見えた。

「?」

 今は光の球を術式で幾つか浮かしている状態だが、それは倉庫の奥。光が届いていない乱雑に置かれた木箱の角で光っている。
 何だろなっと気になってその辺りの木箱を浮かせ、立ち上がって確かめに行く。

 そこにあったのは埃を被り黒く汚れた金細工のタリスマン。えらく高そうだがどこか壊れているのかと拾い上げようと近づいたその時、カッと白い光が放たれた。
 術式!しかもこれは…これは…俺の魔力が微量だけど吸われている?

 チカチカと淡く白い点滅が起きている。害は…無い様だけど…なんだこれ?

「あ…!もしかして…子供の頃に使う魔力放出を助けるあの魔具なんじゃ…」

 そっと手に持ち上げてみるとブゥン…と空気が震え光が消えた。見ると術式の書かれた跡があるが掠れている。
 劣化か。じゃあ今動いたのは何だったんだ?
 コツコツと指で叩いてみるがもう動かない。魔力も吸われていない。何でこんな場所に?

「…俺の魔力に反応した?ははっまさかな」

 埃を払い水流の術を掛けて洗ってみる。現れたのはやはり高価なタリスマン型の魔具で金の細かな細工が美しい。真ん中に二本の百合の花の透かしが入っていた。細く短い金の鎖が付いている。

「まあ、古そうだしガラクタ置き場にずっと放置してあったくらいだから俺が貰っても良いかな?伯爵家のだろうし早々に売っぱらってレシェに…ん?そう言えば最近レシェに何もやってないな。明日王都で髪飾りでも買いに行くか」

 息抜きもたまには必要だ。後四日あるしな。魔具を胸ポケットに入れ照明用の明かりを消す。

「リボンも良いな。レースが付いてて…派手じゃ無いやつ。レシェはなんでも似合うけど」

 今日も成果は無かった。図書室に転移動し、ソファに寝転がる。防御の術式を周りに掛け、休む為に目を閉じた。

 ****

 朝起きて王都に転移動し、朝飯のバケットのサンドイッチを噴水のある広場で食いながら街の人の流れをボンヤリと眺める。中は厚切りのハムと焼いた卵に塩漬けのキャベツ。美味いけど美味く無い。早くレシェのシチューが食べたい。いや、レシェと朝飯を食いたい。まだ三日しか経ってないのに異様に恋しい。やっぱり伯爵家に居るからだろうな…彼女の面影を探したくなる。

 食い終わって更に店が開くまでボーッと噴水を眺めていた。そしてふとその噴水の吹き出し口の頭頂部分に百合の花の彫刻が付いているのに気づく。

 百合…百合か…何だっけ?何処かの紋章だったか?貴族がする様な勉強なんてした事は無いし、数ある家紋の形など知りはしない。そう言えば…胸ポケットに入れたタリスマン型の魔具。あれにも百合が…

 その時馬の嘶きが聞こえ、ついでガシャーンッと何かが砕ける音。悲鳴と怒号が一斉に辺りを包んだ。

「は?なんだ?事故か…」

 朝っぱらから何してるんだよ、と思いながら悲鳴が聞こえた方へ顔を向ける。

「うわ…意外と大惨事。これは…不味いな」

 そこには正面ですれ違いにぶつかったのか、二台の大型の乗合い馬車が横倒しに倒れていたのだ。暴れる馬が更にキャビン部分を引き摺り中の客が空いた扉から放り出されている。

「…仕方無いな」

 俺は噴水前から固定の術式で馬の動きを止め、次に浮遊の術式を使い人を少し浮き上がらせ離れた場所に降ろす。これで二次被害は防げるだろう。ワァーッと歓声が起きている。まあ、少し離れた場所だから俺がやったとは誰も思わないだろうし、後は医師の仕事だ。傷も治せるけどな…なんて考えていたら

「傷の手当てはしてあげないの?」

 俺の胸ポケットから突然、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
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