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 商団の荷馬車が連なって街に到着した。カーザの商団は大所帯だ。護衛も入れると三十人はいる。いずれ何処かの大きな街で店を構える事になるだろう。それ程荷の量も種類も多い。寒冷地のコリコット村は昔からこう言った商団から最低限岩塩、香辛料や染料、穀物類を高額で取引してこなければならなかった。なにせ季節物のリンゴと時間の掛かる機織り業しか無い村だ。つまり税や支出を抜けば今まで村の収益はほぼ無いに等しかったのだ。それどころか少なからず借金まで有った。

 まあ、回帰後に温泉事業を始めた後からは俺が様々な材料を現地で調達したり、浮いた金で大量に安く問屋に買い付けに行く事が殆どで、現在村には借金は無くここ一、二年で漸く黒字になっている。閑散としていたこの地にも新しい村民が増えて来た。働き手がいれば益々拡張発展出来る。いずれコリコット村にも商団の支店を作ってくれると有難い。
 俺は今はこう言った用事で忙し過ぎるのだ。活気の無い村が今は村外からの客で賑わい、日々レシェも楽しそうなので良いのだが…結婚後は彼女との時間を大事にしたいし流通が俺におんぶに抱っこじゃ将来困る。と、言う訳で近々村でも方々に商団見習いに出ていた青空教室の子供達が成長して帰還するのでそこら辺は丸投げしようと計画中…俺は裏で基盤作りに専念していけば良い。

 それはそれとしてあまり時間が無い。恐らくカーザ達はこれから宿屋に向かい、飯のついでに酒場に寄るだろう…俺も準備しないとな。

 *

「なあ、そこのお兄さん、商団の人だろ?うちの商品ちょっと見てくれねぇかな?」
「ん?君は?」
「俺は山向こうのシオントの街にあるガラス工房の職人見習いなんだが閑散期は営業でね。師匠が考案した七色に光る装飾品の注文を受けて回ってるのさ。あんたんとこの商団有名だからな、幾らか各地でばら撒いてくれりゃあ原価の半値にしとくぜ?勿論工房の名前の宣伝してくれたらなんだけどよ」

 そう、俺は年若い行商人に変装したのだ。彼が宿から出た所を狙って話し掛けた。勿論顔の周りの空気を歪ませ見た目を変えている。

「…へぇ、シオントね…弟子が行商に行かされてるのか?しかし、いつの間にそんな器用な職人が居着いたんだ?」
「俺が赤ん坊の頃から居るさ。暫く見聞を広めながら修行しに行って帰って来たんだって。まあ、偏屈なおっさんなんだけど腕は確かだぜ?取り敢えず見てくれよ、ほら」

 俺は平たい木箱の蓋をパカリとカーザの目の前で開けてやる。中には加工前のルースやネックレス、イヤリング、バングル等に加工した装飾品を並べた。

「どうだい?宝石に比べりゃ安価でしかも綺麗だろ?幾つか引き取ってくれねーかな?実は売り切るまでシオントに戻れねーんだ、ははっ」
「へぇ。良いじゃ無いか…いや悪くないな。こんな光り方…見た事がない。これは誰が?」
「師匠だよ。器用なんだ。特殊な色の石の顔料が混ざってるらしいよ?俺もまだ教えて貰ってないんだけどさ。で、どう?」
「ふーん…良いだろう。全部貰うよ。これは楽しみが増えたな…シオントに帰ったら商団宛に手紙を寄越してくれないか。詳しく聞きたいし売買契約がしたい」
「ありがとうお兄さんそうするよ。そうだ!完売の祝いにこれやるよ。ガラスで出来たロケット型のタリスマンだ。腰のベルトに着けてやるよ。実はこれ凄いんだぜ?俺何度も助けられてる超ご利益の塊…大事にしてくれよ?」

 そう言って俺はタリスマンを腰のベルトに巻き付けてやった。これでよし!

「え?良いのか?これは君のだろ?」
「ふふ。これ俺が作ったんだよ。光はしないけど色々上手く行きます様にって願いを込めてな…良い人だからお兄さんにあげるよ。次に会うまで身に付けといてくれ」
「そうか…君もまたガラス職人を目指してるんだものな。良い出会いだったよ…また会おう」
「ああ…助かったよ。商団のお兄さん」

 金を受け取り手を振って走り去る。実はあのガラス細工は魔術式の練習での副産物だ。つまり言い方は悪いがゴミだ。数年前、初めて岩を物質変換の術式で宝石類に変えられないか実験していた際、コロコロ転がって出て来たのがこれ。俺の微量の魔力がガラスに閉じ込められて七色に見えるだけだ。勿論シオントの師匠も工房など存在しない。つまり大嘘だ。まあ、受け取ったガラスの値段なんて酒代数回分くらいだから大した損害でも無いし、タリスマンの対価にしては安いだろう。これで彼が死ぬ事は無い筈だ。

「ふふ…詐欺には気を付けてな、お義兄さん?」

 さて、この金でレシェに夏の衣服でも買って帰ろうか。それともなめし革を丸めて出来た可愛い腰の飾り紐が良いかな…派手なのは嫌がるし少し大人っぽいのを探して…
 そんな事をブツブツ言いながら足取りも軽く、レシェへの土産を買いに街の市場へ向かった。

 ****

 それから約一月後。

 カーザは無事にコリコット村へ帰還した。彼がこの地に戻るのは三年振りだ。村の入り口から商団の荷馬車が列を成して入って来たが、皆一様に驚きの顔で固まっている。そりゃそうか…俺が村を大改造したからな。建物も増やしたし…規模は小さいがもう街並みになっている。
 それに村の温泉場と農園からの道と入り口部分以外には高く石を積み上げた壁で囲っているし、更に重厚な木で作られた二枚仕立ての大型の門を設置した。この門は夕方になるとその日の担当の者が順番に閉める。これで夜盗の襲撃被害も抑えられる。村にも自警団はあるが組織的な盗賊団には敵わない。だから俺は未来の為に戦わずに命を繋ぐ方法をこの村に施したのだ。勿論術式での防御も抜かり無い。回帰前の様に村が火に焼かれる事は無くなるだろう。

 そう…俺が伯爵家に戻されていた間にこの村は跡形も無く消え去った。
 葉も実も無くなり唯焼け焦げたリンゴの木が淋しく立ち並んだ黒い道を…レシェを失ったと絶望で半狂乱になったあの日を…俺は忘れてはいない。


「兄さーん!」
「おお、レシェか!」

 俺の横で彼女が兄を呼ぶ。タッと荷馬車に走り寄り停車した御者台に座る兄と楽しげに話をするレシェ。傷一つ付いてはいないカーザがそこに居る。よしよし、タリスマンはしっかり役目を果たした様だ。

 良かった…嬉しそうだ。これでまた一つ彼女を幸せに出来た。

 ****

 それから更に一月後。レシェの誕生日がやって来た。それはつまり、俺とレシェが夫婦になる日だ。
 彼女は十六歳。俺は十八歳。少し早いと思われるかも知れないが農村ではこれが一般的だ。早い内に子を作り次の世代の働き手を育成していく。俺のこの歳じゃ貴族子息はまだ学校に通っているだろうが、村民には関係無いからな。

 …でもまあ、本当は村の男でもこの歳で結婚するのは早い。ある程度働いて蓄えを作ってから若い娘を嫁にするもんなんだ。だから二年前に婚約しておいたのだ。十四歳になっていたレシェには既に村の男共から縁談が持ち込まれていたからな。あれでもギリギリ間に合った感じだ。
 他の男に渡すぐらいなら…いやいや、そんな事は有り得ない。どんな事をしてでもレシェを渡さないし、俺の方に向かせて見せる。ひもじい思いはさせないし、悲しませたり辛い思いはさせない。

 彼女を護れるのは俺だけだ。
 何せ一度失敗しているのだ…絶対に間違ったりしない。

 そう、彼女は俺と共に居る事が


 一番幸せなんだ。
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