【完結】口調がアレな堅物令嬢はどんな時でも男前である〜婚約者が連れて来た恋人は男でした〜

平川

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 私達は二人で一つだった。

 同じ年に生まれた時から婚約を取り決められ、家門の役に立つ駒として橋渡し的な役割。契約の為の楔。お互いの意思など全く必要とされず、だが、それとして文句を言うでも無く…唯々そう言った存在なのだという認識の中私達は仲良く育って行った。

 個々の血の通った人間である筈なのに、私達は二人で一つの様な扱いをされる。共に催事に出向き、同じ学びの場に押し込まれ、でもそれが悪い事だとも思う事無く常に歩幅を合わせ歩んで来た。

 そんな私達も十五の歳になると私は淑女教育の為高等女学校へ。彼は男性高位貴族が就学する高等魔導大学校へ。ここで漸く私達は同じ時間を共有する事が無くなったのである。

 だがこれが…私達を長い年月分つ始まりだと誰が思っただろう。

 もう元には戻らない時間、そして想い。私は唯々彼に手紙を送り続けた。返事は返って来なかったけれど…

 **

 年が明け春に女学校を卒業した私は、十八の歳で婚約者の実家ロリス伯爵家に花嫁修行に赴く。
 私達は同じ歳だが彼はまだ学生であり大学校の寮に入っている。いずれロリス伯爵家を継ぐ嫡子であり、二年後の卒業直ぐに結婚式を挙げる予定だ。その為早々に家宰の役目を私に引き継がせる為一足先に屋敷に呼ばれた訳だ。勿論その事は予め知らされていたので父の事業を手伝う傍らそう言った理由で二つの領を行き来していた。

 私が女学校に行っている間、彼は最初の半年だけ手紙を返してくれた。父親同士が同期であり事業提携をしている関係で繋がりは保っていたが、彼と私は徐々に疎遠になっていったのだ。流石に十五の年から一度も顔すら見せないなんて思わなくて正直驚いた。
 行事毎にプレゼントは届いてはいたが、大概は花束で短いメッセージカードが添えられているくらいだ。身に付ける装飾品など貰った事など無い。
 まあ、それは構わないのだが、その内これはきっと拒絶の意であるのだろうかと勘ぐる様になった。いや、本当は前から気付いていた。

 …彼はこの政略結婚に対し不満を持っていた事を。

 世の中には上手く行く政略結婚とそうで無いものもある。私の父と母は後者だった。私が十、兄が十三歳の頃、パトロンをしていた若い絵描きの男を恋人にしていた母は逢引き先の宿屋でその恋人に刃物で刺され亡くなった。葬儀は行われたが参列者からはそれはそれは侮蔑と恥辱中傷に溢れたものになった。子供の私でも居た堪れなかった程に…
 父にも愛人は居たが伯爵家に籍を入れようとはしなかった。一度家の中に入れると面倒だとか、裏切らない保証が無いだとか女は若いに限るだとか酒に酔っぱらって汚い言葉で自身の子供である私達兄妹相手にベラベラと話してきて、その日は眠れず兄と黙々とチェスを朝方までしていた。窓から容赦無く入って来る眩しい太陽の光がなんだか私を汚いものから浄化してくれているかの様に感じてホッとしたのを思い出す。
 幼かった私は結局何の為に勉強をして何の為に結婚するのか…幸せになる為なのか、不幸になる為なのかもう分からなくなって、大人になれば夫婦とは何なのか理解して納得出来るのだと無理矢理思考を外に向けたのだ。

 私の結婚も母の様な事にならないとも限らない。だが私は母とは違う人間だ。せめてちゃんと筋を通した人生を歩みたい。出来る事は少ないかも知れないが逃げたく無い。彼が大学校を卒業したらしっかり対話をして歩み寄り一つ一つ解決して家族になって行こう。例えそれが愛の無い情だけの政略結婚であろうとも。私達は二人で一つなのだから。

 **

 二年後

 漸く大学校を卒業し、私の婚約者であるマードックがロリス伯爵家に戻って来る日になった。彼に会うのは実に五年振りだ。一時的に実家へ帰郷していた私はその報を受け再度我がギルナイン伯爵領を出たのが二日前。そろそろ目的地である伯爵家屋敷に着く筈だ。
 結婚式の日取りはすでに決まっていて、二ヶ月後の白亜の日に挙げる事になっていた。勿論ウエディングドレスもほぼ出来上がり、装飾品も注文していた品が出来上がっていて既に納品済みだ。
 招待客は遠く離れた場所から数日掛けてロリス伯爵領に来られる方もいる為、屋敷の使用人達もそろそろ客間の手入れで忙しくなるだろう。現伯爵夫人である義母様の指導の元、様々な取り決めや事務業務をこなし、将来のロリス伯爵家を取り仕切る女家長に成る可く日々忙しい毎日を送っていたのだ。

「ふぅ…漸くか」

 楽しみな訳では無いが人生の節目を迎えると言う意味で思わず声を漏らした。私は何度この路を往復しただろう。一度乗れば一日半はほぼ馬車の中だ。勿論生理現象の為に途中下車する事にはなるが、それ以外は馬車の中で軽食を取り仮眠をし、書類を眺める。窓の外の景色を唯々眺める楽しさは子供の頃で早々に終わった。緑や木々は好きだがロリス伯爵家の庭園は義母様の趣味でもありノータッチだ。いつか自分用に果樹でも植えたいとは思っている。
 そうこう考えている間に伯爵家の門前まで到着したと御者から声が掛かった。

「さて…マードックはどうなっているかな…手紙の返事すら返さない不義理な男だから、もしかしたら女でも連れて来てるかも。ふふ…」

 そうなったら…どうしてやろうか。

 そんなくだらない絵空事をふと思ったりして疲れ切った頭を起こしてやるのが私の日課になっていたのだ。

 それなのに…

「セレーニア。この結婚はお互いの為にならない。どうか婚約を破棄して欲しい」

 彼は屋敷の扉の前から走って来て私の姿を確認するや否や開口一番にそう告げて来たのだ。

「………」

 まだ私は馬車のタラップから降り切っておらず、御者に手を取られている状態だ。御者もポカンとした顔をし固まっている。そこへ伯爵夫人の義母様や侍女が慌てて近寄って来た。

 五年振りに会ったマードックは随分縦に大きくなっていたが、相変わらず細かった。ヒョロ長だ。だがこの男、顔が異様に美しい。うねりはあるが白銀の艶やかな髪。煉瓦色の瞳に長い睫毛に薄い唇。男らしさは皆無だが昔から容姿は良かった。女性の様に繊細で派手な顔だ、それなりにモテていただろう。

「マ、マードック!よしなさい!」

 そう言いながら義母様が彼の腕にしがみ付いた。

「母様…すみません。でも…僕は…」

 義母様が顔を真っ赤にして泣き、マードックも辛そうな顔をして言い淀んでいる。そんな二人の後ろからヌッと大柄な男が一人現れた。
 黒髪に胸元を随分と空けた黒いブラウス。ムチムチの胸筋をひけらかし頭を掻きながらスタスタとこちらに歩いて来る。因みに私はまだ馬車の中だ。二人がわちゃわちゃと馬車の扉の前を塞いでいるので降りるに降りれない。

「…あのさ、取り敢えずそっちの女、屋敷に入れてやれよ。マドも落ち着け、な?」

 そう言ってマードックの頭を引き寄せ胸に抱いた。

「は、離れなさい!私は許してなんかいないわ!この、不届者!!」

 義母様が泣きながらその黒髪の男をなじるが男はどこ吹く風だ。マードックの髪を指先に絡めてクルクル遊んでいる。マードックも少し顔を赤らめモジモジしていた。

 …カオスだ。

 だが大体の状況は掴めた。
 どうやらマードックは…

 男色になってしまったのだろう。

 そしてその相手がこの黒髪のムチムチ男だと言う事が推測された。

「……ぷっ」

 まさか大学校にまで行って男色になって帰って来るとは…

「ふっ、はははははっ」
「セレーニア、さん…?」

 手紙も寄越さず小伯爵としてまともな立ち回りもせず、学生の間欲にまみれた生活をしていたと言う事なんだな?しかもこの愛娼を連れ帰り私に婚約破棄を突き付けるとは…


「実に面白いじゃないか」



 その男の名はアルバードと言った。侯爵家の三男坊らしい。魔導大学校で騎士科に居たらしいが既に二回留年していておまけに今期も留年確定。遂に親に匙を投げられ家を放り出された札付きだ。大人しく単位を取って卒業していれば騎士に成れたものを…つまり行く先が無いので恋人であるマードックにくっ付いてこの伯爵家まで来た、と言う訳だ。
 マードックは魔導経営学科を専攻していたので接点が無い様に思われたが、寮の部屋が一緒だったのだそうだ。まあ、あの容姿だ。喰われたのだろう…すっかり絆され夢中になってしまったと言うところか。

「セレーニア…その…」
「うん?何だ?」 
「…婚約を…」
「後二月で結婚式だぞ?破棄出来ると思ってるのか?したとして周りにどう説明するつもりなんだ。簡単に出来る訳がないだろう?」
「…う、ん。そうなんだけど…」
「なら今後の事をしっかり見据えて考えるんだ。軽々しく口にするんじゃ無い」
「…そう、だね…」

 意を決して直談判する筈が私の壁は厚かった様だ。
 残念ながら今更婚約破棄など出来る筈も無いのだ。私達だけの口約束でもあるまいに…当然この結婚が破談になれば伯爵家としてかなりの損害が出るだけでなくそれに関わる事業、物品、準備を進めてくれたあらゆる関係者に迷惑を掛ける事になるのだ。それだけでは無い。今後生きて行く上で醜聞が付き纏う。いや…死んでも尚付き纏うのだ。あの母の様に…

「マードック。貴方が男性を好きだと言うならばそれはそれで構わない。だが伯爵家の後継ぎとして責任は果たしてもらう。大学校まで行かせてくれたロリス伯爵様に感謝の意があるのならせめて己の役割くらい甘えずに心得てくれ。好きだ嫌いだはその後だ」

 私がピシャリとそう言い放つとマードックはシュンとして下を向いた。義母様は胸の前で手を合わせ目をキラキラさせて私を見ている。

「へぇ、あんた随分と男勝りなんだな。ちっこくて顔は可愛いのに中身はジジイが喋ってるみたいだ。なあ?マードック。こんな女じゃあ夫婦生活地獄だな?」

 そう横槍を入れて来たのは元凶の黒髪の男。マードックの隣で彼の肩を抱き頭にキスをし続けている。仲良しアピールなんだろうがマードックは少し困り顔だ。まあ、彼は常識のある方だと認識していたので人前でイチャイチャし難いのだろう。

「地獄にするつもりは無いし口調は昔からだ。それより貴方はどうするつもりなんだ?まさか大の大人がタダ飯を食らう為だけにマードックに着いて来た訳では無いのだろう?」
「…いや?タダ飯食いに来たんだけど?」
「ふむ…いや、貴方は体力が有り余ってそうだ。それなら丁度良い仕事を与えよう。その腰の魔剣が唯の飾りでないのなら、な?」
「はぁ?お前何様なんだよ…」
「伯爵様が不在の場合、そして私が屋敷にいる間は全権を委託されている。魔導契約書もあるぞ?つまり私はロリス伯爵の代理人だ。そして貴方の雇用主になってやろうと言っているのだ」
「いや、伯爵の息子はマードックだろ!なんでお前が仕切るんだよ!」
「いずれはマードックが受ける権利だが、彼はまだ伯爵家の仕事をしていないのでな。遠征に赴いている伯爵が近々帰られる筈だから…権利譲渡に関してはそれからだろう。因みに今現在ロリス伯爵家で私が着手している事業は全体の八割だ」
「は?」
「八割だよ」
「まだ嫁にもなっていない唯の婚約者が嫁ぎ先の八割の事業を動かす?どう言う事だ…」
「単純だ。一時伯爵様が体を壊された時期があってな…能力がある者が請け負ったのだよ。マードックを呼び戻す事も考えていらっしゃったが…忙しくしていた様で連絡が付かなくてな。それなら彼の学業の妨げにならない様にと私が申し出た」

 チラリとマードックを見ると口を結び辛そうな顔をしてまた下を向く。手紙で伯爵が体調を壊されたと伝えたが返事が無かった。あの様子だと内容は確認していたのかいないのか分からないが…
 私はフゥッとため息を一つ吐いて再び黒髪の男に目を向ける。
 ここに居る男二人は個々の責任や役目を果たさず学生気分のまま居座るつもりだろう。

 …だがそれはこの私が許さない。

「それで、どうする?侯爵家に伝書鳩でも送って三男坊の貴方を迎えに来てもらうか、それともここで働くか。二つに一つだ。勿論駆け落ちなどつまらん選択肢は無いぞ?互いが好きだと言うのなら相手の立場を考え最善を尽くす義務がある。貴方に男としての気概があるのならよくよく間違えない選択をする事だ。マードック、貴方もな?」

 まあ、それでも二人がここを出て逃避行すると言うのならもう止めはしない。或いはマードックが大人しく伯爵家を継いだとして…私無しでやっていけるのだろうか?
 それに…私もマードックには存外呆れているのだ。この場で承諾すればいずれは破談になるだろう。
 だが、ロリス伯爵家はどうなる?それにこの破談、父が簡単に許すだろうか?下手をしたら…いや、その前に兄が許さないだろうな。きっとあらゆる手を使ってこいつらを潰しに来る。

 私はすっかり冷めてしまった紅茶を自身で魔術を使い温め直してカップに口を付けた。

 **

 私達は常日頃『魔導』と言う学問や研究を根底に草訳された魔術を使う。
 私が通っていた女学校でも生活魔術を用いた実技もカリキュラムされていた。
 彼らの様に魔剣を扱う魔導騎士や魔導を使った領地改革などを学ぶ経営学。魔導研究士等大学校はそれらを更に詳しく突き詰め細かく細分化した学問を受けられる学校だ。残念ながら男性、或いは王族のみに門戸が開かれている。
 まあ、生活魔術が使えれば差して不便は無いのだが、そうも行かない事例もある。

「このロリス領は広大な大森林の西側に位置する。最近その大森林で魔獣蜥蜴の周期的な大繁殖があったようでな…あぶれた蜥蜴がこちら側で頻繁に目撃されるようになっている。つまり…」
「俺に討伐に加われと?」
「ああそうだアルバード氏。君がロリス領を護り成果を挙げれば、マードックの騎士として私が伯爵に進言しよう。勿論衣食住は困らせない。どうせ行く所が無いのならば悪い話ではないのではないか?これが私の提案する仕事だ」
「……」
「まあ、今日は客室を用意してもらうから一日ゆっくりと考えてみてくれ。…さて、ではマードック。改めてよく無事で帰って来たな。卒業おめでとう。常に成績も良く卒業試験も上位だったそうだな。伯爵も喜んでおられたよ」
「……あり、がとう」

 きっとこの結婚は不幸だと言われるかも知れない。だがな、マードック…この状況を楽しんでいる私もいるんだ。

「それでは私からの提案だ。こちらのアルバード氏と私。二月後に貴方が本当に必要とするのは私と彼どちらなのか…もし私が負けた場合、貴方との離婚に応じよう」
「え!?」
「今更結婚は止められないが離婚は別だ。貴方の気持ちを尊重しよう。勿論負けるつもりは更々無いが並行してロリス伯爵家の事業は全て引き継ぎするので気を抜かないでくれ」
「セレーニア…」
「これが私の最大の譲歩だ。お互いの為だと言うのなら理解して欲しい」

 離婚はいつでも出来る。それまでにマードックの内政力を鍛えよう。彼が一人で…いやアルバートと二人で足並みを揃え一つになれるように。基盤が整えば私以外でも子は成せる訳だし養子と言う手もある。わざわざ恋人を連れて来て婚約破棄まで願うくらいだ。マードックは私が嫌なのだ。

 後は…義母様のご機嫌を直さねば、な。
 再びチラリと目を向けた先に涙ぐみながら口を一文字に結んだ伯爵夫人が私を上目遣いで見つめているのが見えた。

 **

 案内された部屋はこじんまりとしていたが調度品は値のあるもので上品だった。ソファにドサッと腰を下ろし魔剣を立て掛ける。彼の剣は鞘も普通の黒い皮で、装飾品も付いていないごく一般的な仕様だ。一見魔剣には見えない、いや見せない様にしていた。魔剣を扱えるのは魔導を理解し正確な術式を扱える専門的な鍛錬を積んだ者のみ。

「…ちっ。あの女は厄介だ。確かに賢いとは聞いていたがちっと毛色が違うな…」


 







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