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31.真剣交際をいたしましょう(2)
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「真剣だなんて、どうして信じられるでしょう?結婚相手には、王家の女性を求めておいでなのでしょう?私などには、どうかもう構わないでくださいませ」
公爵はほんの一瞬真顔になったが、すぐに泰然とした笑みを取り戻して言った。
「若い頃の幼稚なこだわりをあなたがご存じだとは、お恥ずかしい限りです。ですが、今はあなたこそが私の求める女性だと思っています」
「では何故私を望まれるのか、ひとつでも理由をお聞かせください」
こう言ったのは、きっと公爵は答えに窮するだろうと思ったからだった。現に公爵は口をつぐんだ。
(ほら、答えられない)
それもそのはずだ。周りの環境に恵まれても、多少の知識や技術を得ても、やはり私自身は今だって筋金入りの地味女なのだ。根っこから平凡なのだから仕方ない。公爵夫人向きの華やいだ資質など、何もないのだ。美貌も愛嬌も才能も無い。所有財産も、太い実家もない。そこで私は、はっと思い当たった。
公爵はもしかしたら私ではなく、エルネストおじさまとの繋がりが欲しいのではないだろうか。代々最有力貴族のひとつであるロチェスター家には、王族や公爵家も一目置いている。おじさまには政治的な発言力もあるし、国民への影響力もある。その上辺境は豊かであり、有事に備えて大きな軍事力も持っている。
(ああ、そういうことか)
すっと冷静になった私の心を、公爵は感じ取ったらしい。
「どうしたんですか、そんなに冷たい目をして…。もしかして、私が答えに困っているのだと思いましたか?」
公爵は私の目を覗き込んだ。
「エマさん、違うんですよ。こういうことはもう少しロマンティックな雰囲気の中で伝えたかっただけです。しかし、そうも言っていられないようですね」
公爵は、その美しい顔に何とも柔らかい表情を浮かべた。
「私はあなたに、強く惹かれているんですよ。ずっと前から、好感は持っていました。あなたが謙虚で、努力を惜しまない方だというのは仕事ぶりを見ていて分かりましたから。あなたは誰よりもこざっぱりとした姿で自分を飾らず、必要以上に目立とうともせず、さりげなく王族方に尽くしている。王家についての深い知識と完璧な宮廷作法を以って。そしてそれは、一朝一夕で身につくものではないはずです。ずいぶん努力されたのでしょうね」
私を見つめるその眼差しからは、敬意と親愛が感じられる気がする。それともそれは私の気のせい、あるいは単なる願望なのだろうか。戸惑う私に向かって、公爵は言葉を続けた。
「そして夜会に来てくださったあの夜に、あなたが素直で可愛らしい方だとも知りました。…あの日のお姿も、とても可憐でしたね。翌日王宮で会った時には、勝気で負けず嫌いなところもあるのだと知りました。そして今日、肝の据わった、円熟した部分を見せてくれた。あなたの持つ色々な面の、ひとつひとつが私にとって魅力的です」
「………」
何と返事して良いものか分からず、私は黙ったままだった。こんなに豊潤で甘やかな賛辞は、ついぞ受けたことがない。だからこそ、それを公爵から賜ることに抵抗があった。つい嬉しくなる心と、それを認めたくない気持ちの狭間で揺れていた。
(口から出任せとも思えないけれど、口のうまい方なら心にもないことをペラペラ言えるものなのかもしれない)
そう思った私は、公爵を試すことにした。
「お優しいお言葉の数々、痛み入ります。ですが、私には何も差し出せるものが無いのです。これまで親類であるロチェスター辺境伯のご親切に甘えて参りましたが、実は正式な養女というわけではありません。そのため、いつか結婚する時にも持参金を出していただくわけには参りませんし、もちろん相続するものも無いのです」
公爵はふむと頷いた。
「そうでしたか。まあ、金でも土地でも権利でも相続は煩わしい手続きが多いので却って良かったですよ。私たちが結婚したら、私があなたの生活も安全もお守りいたします。心配はいりませんよ」
あっさりそう言い、公爵はにっこりする。
「私は金にも権力にも困っておりません。これ以上欲しいものといえば、支え合って人生を共にしていく妻だけです。さあエマさん、これだけ私に白状させておいて嫌だとは言わせませんよ」
「え」
「結婚を前提に、お付き合いしていただけますね」
「いえ、あの、それは…他にも色々と、難しいことが多すぎまして」
「まだ何かあると言うのですか」
公爵は、まるで聞かん気な子どもを相手にしているかのように苦笑した。何だか私が悪いみたいである。それともここまで言ってもらってグズグズ言っている私の方がおかしいのだろうか。分からなくなってきた。
「だ、だって…」
「まあ、私には考えの及ばない事情などもあるのでしょう。でも、私に任せていたら大丈夫ですよ。あなたが嫌なら周りにも言いません。友人ということにしておきましょう」
その後も公爵との押し問答はしばらく続いた。予定より少し遅れて、私はたくさんのお土産と共に馬車に乗せられて王城に帰った。そして正気の沙汰とも思えないことだが、私はまず1ヶ月間、公爵とお付き合いすることになったのだった。
公爵はほんの一瞬真顔になったが、すぐに泰然とした笑みを取り戻して言った。
「若い頃の幼稚なこだわりをあなたがご存じだとは、お恥ずかしい限りです。ですが、今はあなたこそが私の求める女性だと思っています」
「では何故私を望まれるのか、ひとつでも理由をお聞かせください」
こう言ったのは、きっと公爵は答えに窮するだろうと思ったからだった。現に公爵は口をつぐんだ。
(ほら、答えられない)
それもそのはずだ。周りの環境に恵まれても、多少の知識や技術を得ても、やはり私自身は今だって筋金入りの地味女なのだ。根っこから平凡なのだから仕方ない。公爵夫人向きの華やいだ資質など、何もないのだ。美貌も愛嬌も才能も無い。所有財産も、太い実家もない。そこで私は、はっと思い当たった。
公爵はもしかしたら私ではなく、エルネストおじさまとの繋がりが欲しいのではないだろうか。代々最有力貴族のひとつであるロチェスター家には、王族や公爵家も一目置いている。おじさまには政治的な発言力もあるし、国民への影響力もある。その上辺境は豊かであり、有事に備えて大きな軍事力も持っている。
(ああ、そういうことか)
すっと冷静になった私の心を、公爵は感じ取ったらしい。
「どうしたんですか、そんなに冷たい目をして…。もしかして、私が答えに困っているのだと思いましたか?」
公爵は私の目を覗き込んだ。
「エマさん、違うんですよ。こういうことはもう少しロマンティックな雰囲気の中で伝えたかっただけです。しかし、そうも言っていられないようですね」
公爵は、その美しい顔に何とも柔らかい表情を浮かべた。
「私はあなたに、強く惹かれているんですよ。ずっと前から、好感は持っていました。あなたが謙虚で、努力を惜しまない方だというのは仕事ぶりを見ていて分かりましたから。あなたは誰よりもこざっぱりとした姿で自分を飾らず、必要以上に目立とうともせず、さりげなく王族方に尽くしている。王家についての深い知識と完璧な宮廷作法を以って。そしてそれは、一朝一夕で身につくものではないはずです。ずいぶん努力されたのでしょうね」
私を見つめるその眼差しからは、敬意と親愛が感じられる気がする。それともそれは私の気のせい、あるいは単なる願望なのだろうか。戸惑う私に向かって、公爵は言葉を続けた。
「そして夜会に来てくださったあの夜に、あなたが素直で可愛らしい方だとも知りました。…あの日のお姿も、とても可憐でしたね。翌日王宮で会った時には、勝気で負けず嫌いなところもあるのだと知りました。そして今日、肝の据わった、円熟した部分を見せてくれた。あなたの持つ色々な面の、ひとつひとつが私にとって魅力的です」
「………」
何と返事して良いものか分からず、私は黙ったままだった。こんなに豊潤で甘やかな賛辞は、ついぞ受けたことがない。だからこそ、それを公爵から賜ることに抵抗があった。つい嬉しくなる心と、それを認めたくない気持ちの狭間で揺れていた。
(口から出任せとも思えないけれど、口のうまい方なら心にもないことをペラペラ言えるものなのかもしれない)
そう思った私は、公爵を試すことにした。
「お優しいお言葉の数々、痛み入ります。ですが、私には何も差し出せるものが無いのです。これまで親類であるロチェスター辺境伯のご親切に甘えて参りましたが、実は正式な養女というわけではありません。そのため、いつか結婚する時にも持参金を出していただくわけには参りませんし、もちろん相続するものも無いのです」
公爵はふむと頷いた。
「そうでしたか。まあ、金でも土地でも権利でも相続は煩わしい手続きが多いので却って良かったですよ。私たちが結婚したら、私があなたの生活も安全もお守りいたします。心配はいりませんよ」
あっさりそう言い、公爵はにっこりする。
「私は金にも権力にも困っておりません。これ以上欲しいものといえば、支え合って人生を共にしていく妻だけです。さあエマさん、これだけ私に白状させておいて嫌だとは言わせませんよ」
「え」
「結婚を前提に、お付き合いしていただけますね」
「いえ、あの、それは…他にも色々と、難しいことが多すぎまして」
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公爵は、まるで聞かん気な子どもを相手にしているかのように苦笑した。何だか私が悪いみたいである。それともここまで言ってもらってグズグズ言っている私の方がおかしいのだろうか。分からなくなってきた。
「だ、だって…」
「まあ、私には考えの及ばない事情などもあるのでしょう。でも、私に任せていたら大丈夫ですよ。あなたが嫌なら周りにも言いません。友人ということにしておきましょう」
その後も公爵との押し問答はしばらく続いた。予定より少し遅れて、私はたくさんのお土産と共に馬車に乗せられて王城に帰った。そして正気の沙汰とも思えないことだが、私はまず1ヶ月間、公爵とお付き合いすることになったのだった。
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