1 / 8
1話
しおりを挟む
鷹山跳一がまだ独身の時のことである。
当時、跳一は両親と離れて、会社まで三十分程で通える所のマンションで一人暮らしをしていた。このマンションだが、一階は独身者向け、二階から五階までは家族向けという構造になっていた。当然ながら、跳一は一階で暮らしていた。
同じマンションに鴫沢航太という小学三年生の男の子がいた。
跳一はマンションの近くの公園で、土日に航太のキャッチボールの相手もしてあげたこともあった。
きっかけは、近くの公園で航太が友達とキャッチボールで遊んでいた時だった。
球が逸れてしまい、たまたま近くのコンビニから帰る途中だった跳一のところに転がってきたので、それを拾って返してあげた。
その時、跳一は航太に気づき、
「あれっ、君は僕と同じマンションの子だよね」
と、声を掛けた。
住んでいる階は違っても、これまで何度か見かけた記憶があったからである。
「うん、そうだよ」
航太は元気よく返事をした。
そのついでに、
「ちょっと、おじさんにもやらせてよ」
と、ニ、三回、跳一から航太に向かって投げてみた。
この時はこれで引き揚げたが、その後も航太から
「おじさん、ちょっとやろうよ」
と、頼まれるようになった。
跳一も日頃の運動不足解消のためにもいいかな?と考え、快く相手をするようになった。
だいたい十五分から三十分程度だった。跳一がキャッチャー役をしている時は、
「ストライク」
「ボール」
と、自分なりに判定してあげたり、投げ方をアドバイスしたりもした。
そのキャッチボールをしている時に
「僕、いつか野球選手になるんだ。そうなったら、おじさん、僕の試合を見に来てね」
と、夢を語っていたこともあった。
跳一と航太とで一対一で行うこともあったが、航太が同級生を誘ってきて、その同級生とも一緒にキャッチボールの相手をする時もあった。
そのため、跳一のことは、航太の小学校のクラスでも有名になっていた。
ある日のこと、同じマンションに住む斎藤よし子という主婦から声を掛けられた。
この斎藤よし子の息子・翔介と航太とは同級生で、時折一緒に遊ぶ仲だった。
跳一も航太とのキャッチボールついでに翔介とも遊んであげたこともあった。
「ちょっと、鷹山さん、たまに鴫沢さんのところの航太君と遊んであげているようだけど、あの子のお母さんとは関わらない方がいいですよ」
「どうかしたのですか?」
跳一は不可解だった。
「あの子のお父さんだけど、よそに女を作って出て行ったことになっているけど、そうじゃないみたいですよ」
「えっ?どういうことですか?」
この時点で跳一は、航太が母子家庭で育っていることがわかった。
「あの子の母親だけど、男の人にだらしがないらしいそうですよ。いろいろな男と一緒に歩いているという噂ですよ。だからあの子のお父さんは、そんな人と一緒にいるのに嫌気がさして離婚したのかもしれませんよ。それだから私は翔介には、航太君とはなるべく外で遊び、部屋の中には決して入らないようにと言っているのです。あんなふしだらな母親のいる家の中では、息子の教育にもよくないしね」
「本当ですか?」
跳一は驚いた。とても航太をそんな親の子には思えなかった。
「でも、航太君は何も悪くないじゃないですか。明るく元気な子に見えますけど」
跳一は反論した。
「だから航太君とキャッチボールをする程度にしておいた方がいい、と言うのですよ。あの子の母親とは関わらない方がいいですよ。背後にどんな男がいるかもしれないし」
斎藤よし子は跳一に忠告をした。
ただ、跳一は航太の母親と顔を会わせることも少なかったので、関わりを持つというレベルには程遠いと考え、あまり気に留めなかった。
何度か航太の母親から
「たまに航太の相手をしてくれてありがとうございます」
とお礼の言葉をもらう程度だった。
だが、跳一が九時か十時台に帰宅した時に、航太の母親を見かけたことがあった。斎藤よし子の言うとおり、いろいろな男と付き合っていたのか、それとも航太君を養うために遅くまで仕事をしていたのか、跳一には判断できなかった。
航太が母子家庭の子であることを知っても、跳一は航太には変わらぬ態度でいた。航太の家の内情のことを聞きだそうという気も起きず、またそんなことをするべきでない、と考えていた。
一度、航太から
「おじさん、僕のお母さんと結婚する気ないの?」
と、聞かれたことがあった。
跳一にはあまりにも唐突なことに思えたが、
「そうだなあ……。航太君のお母さんが、どうしても僕を、と言ってくれれば考えてもいいかなあ……」
と、笑って茶を濁した。
この時、跳一には
「父親がいないことが寂しいから、こんなこと言い出したかなあ」
と、思えた。
だからといって、自分が航太の母親の再婚相手になろうか、とはとても考える気になれなかった。
斎藤よし子からの忠告が影響して、心理的なブレーキが掛かっていたと言える。
当時、跳一は両親と離れて、会社まで三十分程で通える所のマンションで一人暮らしをしていた。このマンションだが、一階は独身者向け、二階から五階までは家族向けという構造になっていた。当然ながら、跳一は一階で暮らしていた。
同じマンションに鴫沢航太という小学三年生の男の子がいた。
跳一はマンションの近くの公園で、土日に航太のキャッチボールの相手もしてあげたこともあった。
きっかけは、近くの公園で航太が友達とキャッチボールで遊んでいた時だった。
球が逸れてしまい、たまたま近くのコンビニから帰る途中だった跳一のところに転がってきたので、それを拾って返してあげた。
その時、跳一は航太に気づき、
「あれっ、君は僕と同じマンションの子だよね」
と、声を掛けた。
住んでいる階は違っても、これまで何度か見かけた記憶があったからである。
「うん、そうだよ」
航太は元気よく返事をした。
そのついでに、
「ちょっと、おじさんにもやらせてよ」
と、ニ、三回、跳一から航太に向かって投げてみた。
この時はこれで引き揚げたが、その後も航太から
「おじさん、ちょっとやろうよ」
と、頼まれるようになった。
跳一も日頃の運動不足解消のためにもいいかな?と考え、快く相手をするようになった。
だいたい十五分から三十分程度だった。跳一がキャッチャー役をしている時は、
「ストライク」
「ボール」
と、自分なりに判定してあげたり、投げ方をアドバイスしたりもした。
そのキャッチボールをしている時に
「僕、いつか野球選手になるんだ。そうなったら、おじさん、僕の試合を見に来てね」
と、夢を語っていたこともあった。
跳一と航太とで一対一で行うこともあったが、航太が同級生を誘ってきて、その同級生とも一緒にキャッチボールの相手をする時もあった。
そのため、跳一のことは、航太の小学校のクラスでも有名になっていた。
ある日のこと、同じマンションに住む斎藤よし子という主婦から声を掛けられた。
この斎藤よし子の息子・翔介と航太とは同級生で、時折一緒に遊ぶ仲だった。
跳一も航太とのキャッチボールついでに翔介とも遊んであげたこともあった。
「ちょっと、鷹山さん、たまに鴫沢さんのところの航太君と遊んであげているようだけど、あの子のお母さんとは関わらない方がいいですよ」
「どうかしたのですか?」
跳一は不可解だった。
「あの子のお父さんだけど、よそに女を作って出て行ったことになっているけど、そうじゃないみたいですよ」
「えっ?どういうことですか?」
この時点で跳一は、航太が母子家庭で育っていることがわかった。
「あの子の母親だけど、男の人にだらしがないらしいそうですよ。いろいろな男と一緒に歩いているという噂ですよ。だからあの子のお父さんは、そんな人と一緒にいるのに嫌気がさして離婚したのかもしれませんよ。それだから私は翔介には、航太君とはなるべく外で遊び、部屋の中には決して入らないようにと言っているのです。あんなふしだらな母親のいる家の中では、息子の教育にもよくないしね」
「本当ですか?」
跳一は驚いた。とても航太をそんな親の子には思えなかった。
「でも、航太君は何も悪くないじゃないですか。明るく元気な子に見えますけど」
跳一は反論した。
「だから航太君とキャッチボールをする程度にしておいた方がいい、と言うのですよ。あの子の母親とは関わらない方がいいですよ。背後にどんな男がいるかもしれないし」
斎藤よし子は跳一に忠告をした。
ただ、跳一は航太の母親と顔を会わせることも少なかったので、関わりを持つというレベルには程遠いと考え、あまり気に留めなかった。
何度か航太の母親から
「たまに航太の相手をしてくれてありがとうございます」
とお礼の言葉をもらう程度だった。
だが、跳一が九時か十時台に帰宅した時に、航太の母親を見かけたことがあった。斎藤よし子の言うとおり、いろいろな男と付き合っていたのか、それとも航太君を養うために遅くまで仕事をしていたのか、跳一には判断できなかった。
航太が母子家庭の子であることを知っても、跳一は航太には変わらぬ態度でいた。航太の家の内情のことを聞きだそうという気も起きず、またそんなことをするべきでない、と考えていた。
一度、航太から
「おじさん、僕のお母さんと結婚する気ないの?」
と、聞かれたことがあった。
跳一にはあまりにも唐突なことに思えたが、
「そうだなあ……。航太君のお母さんが、どうしても僕を、と言ってくれれば考えてもいいかなあ……」
と、笑って茶を濁した。
この時、跳一には
「父親がいないことが寂しいから、こんなこと言い出したかなあ」
と、思えた。
だからといって、自分が航太の母親の再婚相手になろうか、とはとても考える気になれなかった。
斎藤よし子からの忠告が影響して、心理的なブレーキが掛かっていたと言える。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
姉と薔薇の日々
ささゆき細雪
ライト文芸
何も残さず思いのままに生きてきた彼女の謎を、堅実な妹が恋人と紐解いていくおはなし。
※二十年以上前に書いた作品なので一部残酷表現、当時の風俗等現在とは異なる描写がございます。その辺りはご了承くださいませ。
となりの窓の灯り
みちまさ
ライト文芸
年若いシングルファーザー、佐藤テツヒロは、事故で妻を亡くします。4歳の娘を抱えて、新しい土地に引っ越し、新生活を始める。何かと暮らしを助けてくれるのは隣に住む年上の女性、長尾ナツミでした。
冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~
メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」
俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。
学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。
その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。
少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。
……どうやら彼は鈍感なようです。
――――――――――――――――――――――――――――――
【作者より】
九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。
また、R15は保険です。
毎朝20時投稿!
【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
フォーカス 一番暑かったあの夏
貴名 百合埜
ライト文芸
2028年 国境なき医師団の一員として活動している青年外科医の佐藤幸太。
彼の心の底には誰にも知られていない、秘めた想いが眠っていた。
全ては平成最後の夏のあの日から始まった。
あの暑かった夏の日から。
高校三年の佐藤幸太。同級生で写真部の柏本夏向。
瀬戸の都、香川県高松市を舞台にして若い二人のストーリーが始まる。
偶然の出会いを繰り返し
ゆっくりと近づいて行く二人の心の距離。
その先で待っている運命に飲み込まれた幸太は激しく傷ついて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる