あの世からの贈り物

越地八郎

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 鷹山跳一がまだ独身の時のことである。

 当時、跳一は両親と離れて、会社まで三十分程で通える所のマンションで一人暮らしをしていた。このマンションだが、一階は独身者向け、二階から五階までは家族向けという構造になっていた。当然ながら、跳一は一階で暮らしていた。

 同じマンションに鴫沢航太という小学三年生の男の子がいた。
 跳一はマンションの近くの公園で、土日に航太のキャッチボールの相手もしてあげたこともあった。

 きっかけは、近くの公園で航太が友達とキャッチボールで遊んでいた時だった。
 球が逸れてしまい、たまたま近くのコンビニから帰る途中だった跳一のところに転がってきたので、それを拾って返してあげた。

 その時、跳一は航太に気づき、
「あれっ、君は僕と同じマンションの子だよね」
 と、声を掛けた。

 住んでいる階は違っても、これまで何度か見かけた記憶があったからである。
「うん、そうだよ」
 航太は元気よく返事をした。

 そのついでに、
「ちょっと、おじさんにもやらせてよ」
 と、ニ、三回、跳一から航太に向かって投げてみた。

 この時はこれで引き揚げたが、その後も航太から
「おじさん、ちょっとやろうよ」
 と、頼まれるようになった。

 跳一も日頃の運動不足解消のためにもいいかな?と考え、快く相手をするようになった。
 だいたい十五分から三十分程度だった。跳一がキャッチャー役をしている時は、
「ストライク」
「ボール」
 と、自分なりに判定してあげたり、投げ方をアドバイスしたりもした。

 そのキャッチボールをしている時に
「僕、いつか野球選手になるんだ。そうなったら、おじさん、僕の試合を見に来てね」
 と、夢を語っていたこともあった。

 跳一と航太とで一対一で行うこともあったが、航太が同級生を誘ってきて、その同級生とも一緒にキャッチボールの相手をする時もあった。
 そのため、跳一のことは、航太の小学校のクラスでも有名になっていた。

 ある日のこと、同じマンションに住む斎藤よし子という主婦から声を掛けられた。
 この斎藤よし子の息子・翔介と航太とは同級生で、時折一緒に遊ぶ仲だった。
 跳一も航太とのキャッチボールついでに翔介とも遊んであげたこともあった。

「ちょっと、鷹山さん、たまに鴫沢さんのところの航太君と遊んであげているようだけど、あの子のお母さんとは関わらない方がいいですよ」

「どうかしたのですか?」
 跳一は不可解だった。

「あの子のお父さんだけど、よそに女を作って出て行ったことになっているけど、そうじゃないみたいですよ」

「えっ?どういうことですか?」
 この時点で跳一は、航太が母子家庭で育っていることがわかった。

「あの子の母親だけど、男の人にだらしがないらしいそうですよ。いろいろな男と一緒に歩いているという噂ですよ。だからあの子のお父さんは、そんな人と一緒にいるのに嫌気がさして離婚したのかもしれませんよ。それだから私は翔介には、航太君とはなるべく外で遊び、部屋の中には決して入らないようにと言っているのです。あんなふしだらな母親のいる家の中では、息子の教育にもよくないしね」

「本当ですか?」
 跳一は驚いた。とても航太をそんな親の子には思えなかった。

「でも、航太君は何も悪くないじゃないですか。明るく元気な子に見えますけど」
 跳一は反論した。

「だから航太君とキャッチボールをする程度にしておいた方がいい、と言うのですよ。あの子の母親とは関わらない方がいいですよ。背後にどんな男がいるかもしれないし」
 斎藤よし子は跳一に忠告をした。

 ただ、跳一は航太の母親と顔を会わせることも少なかったので、関わりを持つというレベルには程遠いと考え、あまり気に留めなかった。

 何度か航太の母親から
「たまに航太の相手をしてくれてありがとうございます」
 とお礼の言葉をもらう程度だった。

 だが、跳一が九時か十時台に帰宅した時に、航太の母親を見かけたことがあった。斎藤よし子の言うとおり、いろいろな男と付き合っていたのか、それとも航太君を養うために遅くまで仕事をしていたのか、跳一には判断できなかった。

 航太が母子家庭の子であることを知っても、跳一は航太には変わらぬ態度でいた。航太の家の内情のことを聞きだそうという気も起きず、またそんなことをするべきでない、と考えていた。

 一度、航太から
「おじさん、僕のお母さんと結婚する気ないの?」
 と、聞かれたことがあった。

 跳一にはあまりにも唐突なことに思えたが、
「そうだなあ……。航太君のお母さんが、どうしても僕を、と言ってくれれば考えてもいいかなあ……」
 と、笑って茶を濁した。

 この時、跳一には
「父親がいないことが寂しいから、こんなこと言い出したかなあ」
 と、思えた。

 だからといって、自分が航太の母親の再婚相手になろうか、とはとても考える気になれなかった。
 斎藤よし子からの忠告が影響して、心理的なブレーキが掛かっていたと言える。
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