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本編
アジのシチリア風さんが焼きのパスタ
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2024年2月29日(木)
俺には三分以内にやらなければならないことがあった。とは言っても、別に難しい話ではない。パスタが茹で上がるのに合わせて"さんが焼き"を仕上げるだけの話だ。
「そのまま食べても美味しいんですけど、焼いちゃうんですね」
「ああ、さすがに生のままだとパスタには合わないと思う」
彼女……同じ大学の1年下の後輩は、まだ寝間着のスウェット姿のままで、俺が前日に仕込んでおいたアジの"なめろう"の酢締めをつまみながらそう言った。
「できたても美味しかったですけど、一晩経って酢で締めると全然違うんだなって」
「俺の爺ちゃんなんかは酢で締めたやつしか食わないんだよな」
昨日、実家の父が新鮮な小アジをたくさん持ってきてくれたので、アジのタタキすなわち「なめろう」を作って二人で食べた。本来なら大葉を使うところだが、そこは俺流のアレンジとしてフェンネルを使い、ちょっと洋風に仕上げたのだ。食べる時には松の実とレーズンも散らしてオリーブオイルをかけて、なんちゃってシチリア料理にした。
「一口サイズにして、こうやって表面をこんがり焼いていく。地元のほうでは"さんが焼き"と呼ぶ料理のアレンジだ」
「酢で締まってるから崩れないんですねぇ」
「本当は平べったい貝殻に詰めて網焼きにするんだけどな。家庭料理としてはフライパンで作るのが一般的だと思う」
パスタの鍋をかき混ぜる彼女と話しながら、両面をこんがりと焼いていく。にんにくとオリーブオイルの香りが鼻腔をくすぐる。
*
「そろそろパスタできますね」
「こっちも準備はできた!」
フライパンから"さんが焼き"を取り出し、なめろうを漬けていた酢を注いで再び火を入れ、オリーブオイルも少し足してよくかき混ぜる。
「ここにパスタ入れちゃっていいんですね?」
「ああ、頼む」
湯切りした合計250グラムのスパゲッティーニを、酢と油が乳化したフライパンの中に投入! 鍋肌から醤油を回しがけし、仕上げに味の素を振り、よく混ぜていく。汁気がなくなったところで皿に取り分け、さきほどのさんが焼きをトッピング。残っていたレーズンと松の実も散らす。
「アジのシチリア風さんが焼きのパスタ、完成!」
「いただきます!」
*
「いつものお手軽パスタも大好きですけど、やっぱり手間を掛けると違いますね」
今回はなかなかの手がかかっている。まずはなめろうを作るだけでも一仕事だし、さらにそれを一晩も酢に漬け込まなければならない。
「新鮮な材料が手に入ったからな。実家だと時々作ってたけど、こっちで作るのは初めてだ」
木製のまな板と大きめの包丁を用意しておいてよかった。うちのなめろうは三枚におろさず中骨ごと叩くので、調理器具にも耐久力が必要だ。
「これはちょっと私だけじゃ作れないやつですから」
「別に、アジの刺身を買ってきて作ってもいいんだけどな。皮をむく手間もないし」
「でも、やっぱり骨の周りが一番おいしいって言うじゃないですか」
小アジの皮むきというのもなかなかの手間である。今回は彼女も慣れない手つきで手伝ってくれた。いずれ、俺の実家で母と……もしかしたら本家の祖母と一緒に作ることもあるかも知れない。
「パスタ、ちょっと酢が多いかと思ったんですけど、香りが強いから全然いけますね」
「そう。にんにくも効かせてるし、レーズンの甘味もあるからな」
なめろうを漬けていたひたひたの酢を全部使ってしまった。火を入れて多少は酸味を飛ばしたとはいえ、料理としては多めだと思う。
*
「ごちそうさまでした! 美味しかったぁ」
フォークとスプーンを器用に使って、皿にこびりついた一片まで舐めるように完食してしまった。「なめろう」の語源は、あまりにも美味で皿まで舐めるからだと言われているが、まさにその通りの食べっぷりだ。
「お粗末様。あんまり魚料理って作ったことなかったけど、これからはもっと作ってみるか」
「ご実家は近くに漁港があるんでしたっけ。このアジもお父さんが釣ったものみたいですし」
「ああ、俺は釣りの方は苦手なんだけどな」
小さい頃から父や祖父に勧められていたのだが、餌のミミズや針が怖かったりしてあまりやる気にならなかった。今ならまた違うのかも知れない。
「また、春になったら帰るんですよね?」
「ああ。一緒に漁港で買物でもしてみるか?」
「いいですねぇ。……あ、口に葉っぱが付いてますよ」
彼女はそう言うと、俺の唇の端をぺろりと舐め取った。
「ねえ先輩、今夜も泊まっていっていいですか?」
「別に休みだから構わないけど、夕飯の材料買ってこないとな」
「はい、今のうちにシャワー借りますね」
俺のタンスからシャツと下着を取り出して風呂場へ向かっていく彼女を横目で見ながら、食器を片付けるのであった。
俺には三分以内にやらなければならないことがあった。とは言っても、別に難しい話ではない。パスタが茹で上がるのに合わせて"さんが焼き"を仕上げるだけの話だ。
「そのまま食べても美味しいんですけど、焼いちゃうんですね」
「ああ、さすがに生のままだとパスタには合わないと思う」
彼女……同じ大学の1年下の後輩は、まだ寝間着のスウェット姿のままで、俺が前日に仕込んでおいたアジの"なめろう"の酢締めをつまみながらそう言った。
「できたても美味しかったですけど、一晩経って酢で締めると全然違うんだなって」
「俺の爺ちゃんなんかは酢で締めたやつしか食わないんだよな」
昨日、実家の父が新鮮な小アジをたくさん持ってきてくれたので、アジのタタキすなわち「なめろう」を作って二人で食べた。本来なら大葉を使うところだが、そこは俺流のアレンジとしてフェンネルを使い、ちょっと洋風に仕上げたのだ。食べる時には松の実とレーズンも散らしてオリーブオイルをかけて、なんちゃってシチリア料理にした。
「一口サイズにして、こうやって表面をこんがり焼いていく。地元のほうでは"さんが焼き"と呼ぶ料理のアレンジだ」
「酢で締まってるから崩れないんですねぇ」
「本当は平べったい貝殻に詰めて網焼きにするんだけどな。家庭料理としてはフライパンで作るのが一般的だと思う」
パスタの鍋をかき混ぜる彼女と話しながら、両面をこんがりと焼いていく。にんにくとオリーブオイルの香りが鼻腔をくすぐる。
*
「そろそろパスタできますね」
「こっちも準備はできた!」
フライパンから"さんが焼き"を取り出し、なめろうを漬けていた酢を注いで再び火を入れ、オリーブオイルも少し足してよくかき混ぜる。
「ここにパスタ入れちゃっていいんですね?」
「ああ、頼む」
湯切りした合計250グラムのスパゲッティーニを、酢と油が乳化したフライパンの中に投入! 鍋肌から醤油を回しがけし、仕上げに味の素を振り、よく混ぜていく。汁気がなくなったところで皿に取り分け、さきほどのさんが焼きをトッピング。残っていたレーズンと松の実も散らす。
「アジのシチリア風さんが焼きのパスタ、完成!」
「いただきます!」
*
「いつものお手軽パスタも大好きですけど、やっぱり手間を掛けると違いますね」
今回はなかなかの手がかかっている。まずはなめろうを作るだけでも一仕事だし、さらにそれを一晩も酢に漬け込まなければならない。
「新鮮な材料が手に入ったからな。実家だと時々作ってたけど、こっちで作るのは初めてだ」
木製のまな板と大きめの包丁を用意しておいてよかった。うちのなめろうは三枚におろさず中骨ごと叩くので、調理器具にも耐久力が必要だ。
「これはちょっと私だけじゃ作れないやつですから」
「別に、アジの刺身を買ってきて作ってもいいんだけどな。皮をむく手間もないし」
「でも、やっぱり骨の周りが一番おいしいって言うじゃないですか」
小アジの皮むきというのもなかなかの手間である。今回は彼女も慣れない手つきで手伝ってくれた。いずれ、俺の実家で母と……もしかしたら本家の祖母と一緒に作ることもあるかも知れない。
「パスタ、ちょっと酢が多いかと思ったんですけど、香りが強いから全然いけますね」
「そう。にんにくも効かせてるし、レーズンの甘味もあるからな」
なめろうを漬けていたひたひたの酢を全部使ってしまった。火を入れて多少は酸味を飛ばしたとはいえ、料理としては多めだと思う。
*
「ごちそうさまでした! 美味しかったぁ」
フォークとスプーンを器用に使って、皿にこびりついた一片まで舐めるように完食してしまった。「なめろう」の語源は、あまりにも美味で皿まで舐めるからだと言われているが、まさにその通りの食べっぷりだ。
「お粗末様。あんまり魚料理って作ったことなかったけど、これからはもっと作ってみるか」
「ご実家は近くに漁港があるんでしたっけ。このアジもお父さんが釣ったものみたいですし」
「ああ、俺は釣りの方は苦手なんだけどな」
小さい頃から父や祖父に勧められていたのだが、餌のミミズや針が怖かったりしてあまりやる気にならなかった。今ならまた違うのかも知れない。
「また、春になったら帰るんですよね?」
「ああ。一緒に漁港で買物でもしてみるか?」
「いいですねぇ。……あ、口に葉っぱが付いてますよ」
彼女はそう言うと、俺の唇の端をぺろりと舐め取った。
「ねえ先輩、今夜も泊まっていっていいですか?」
「別に休みだから構わないけど、夕飯の材料買ってこないとな」
「はい、今のうちにシャワー借りますね」
俺のタンスからシャツと下着を取り出して風呂場へ向かっていく彼女を横目で見ながら、食器を片付けるのであった。
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