小さな国だった物語~

よち

文字の大きさ
上 下
33 / 78

【33.光る大蛇】

しおりを挟む
西南西――
眩しい光の下では草原の緑が謳歌して、遠くでは林の深緑が小高い丘の向こうに連なっている――

短い夏の景色から、一瞬だけキラッと光が放たれた。

「き、来たぞ!」

陽光を槍の穂先が跳ね返す――
都市城壁の南西に設けた見張り台。侵略者に気付いた衛兵が、焦りの混じった声を発した――

「……」

明確なる殺意たちが、数個、数十個と増えていく。

それらが百を越えようとして、兵士の面々は改めて事態の深刻さを悟った――

「おいおい…」

連なった光の帯が途切れない。
それはまるで緑の中を、光る大蛇がゆるゆると近付いてくるようであった――


「予想以上ね…」

城の屋上。
震える両手を腰で支えると、赤みの入った癖毛を風に泳がせた王妃が、来るなら来なさいと覚悟を持って呟いた――



「お出ましだ」

城壁の西。新たに設けた足場の上で、主に南側の防御を任されたグレン将軍が、敵兵の姿を両のまなこに捉えて冷静な声を放った。

「どうやら、速攻という訳では無いらしいな。各所に伝達してくれ」
「はっ」

草原を埋める歩兵の動きは緩慢であった。

部下に指令を渡すと、四角い顔の将軍は板を並べた足場の上を、いかつい身体を揺らして南の方へと向かった。
城壁の下ではそれぞれの防具を身に纏った男達が、我先にと矢籠を背負って準備を始め、その一部は早くも梯子に手を掛けて、敵の姿を拝んでやろうと息巻いていた。

「来ましたね…」
「ああ」

城壁の南西にある見張り台。
背筋を真っすぐに伸ばした若き美将軍ライエルが、上司の気配を認めてもそのままの姿勢で緊張気味に口を開くと、四角い顔が短く応じた。

「予想より、多いですかね」

続いて右手を翳したライエルが、視線を細くして困ったように呟いた。

「多いな。…だが、今日の進軍は無いな。もちろん夜襲の警戒は必要だが、あれだけの数だ。恐らくは、それも無かろう」
「…そうですね」

グレンが落ち着き払って見解を伝えると、憂いを浮かべていたライエルも同意した。

過去の籠城戦。スモレンスクの遊軍が夜襲を挑んでくる事は多かった。
それでも「無い」 と見立てることが出来るのは、新たに設けた二つの壕と防御柵のおかげである――


「グレン様、ライエル様。強弩隊、弓隊、揃いました!」
「ご苦労様。防御壁の様子は、どうですか?」

足元からの報告に、四角い顔を右下に向けた大将軍が右手を掲げると、ライエルは確認の声を送った。

「弓の確認、補充に時間が掛かっておりますが、配置はできております!」
「ありがとう」

防御壁とは、城壁に唯一存在する南門から10メートル。国民総出で耕した畑の手前に設けた石積みの壁のことである――

「敵に、動きは無さそうです。それでも準備、確認だけは怠らないよう、伝えて下さい」

続いて整った顔立ちから、見上げる部下に対して簡潔な指令を発した――



西の空は青から白、そしてオレンジから炎のような赤へと変わっていった――

頭上には無い灰色の雲の濃淡が、殊更に映える役目を果たしている。
右から左の方へと、綿のような雲の尾っぽがすうっと伸びていた――

緊張の時間を、いつ動くかわからない敵の動きに備えて、じっと待つ。
或いは何度も弓の張りを確かめて、更には矢尻や矢羽根に破損がありはしないかと、一本一本確かめる。

西側と南側の都市城壁。
木製の足場に1メートル間隔で配置された弓隊は、各々が、時に城壁上部に背中を預ける形で座って過ごしたり、時に立って、西に浮かぶ林の前で膨れていく敵兵の姿を、空虚な感情を宿して見据えたりしていた――


「篝火を」

西の空に残された薄い青色が、夜の墨色に浸食されていく――

「は」

グレンの声に応じると、先ずは南西の見張り台に設けられた、直径40センチ程の燭台に火が入った。
それを認めた南東側。続いて北西、最後には北東の見張り台にも、篝火の炎が上がっていった――


「撤収してください」

南側の都市城門。外側10メートル。
新設した防御壁に布陣する兵に対して、若き美将軍ライエルが、城壁の上から整った顔立ちを晒して指令を伝えた。

「良いのですか?」

銀色の甲冑を全身に纏った一人の兵士が、兜を脱ぎ、顔を上げた。

「今日は、もう大丈夫でしょう。それに、休む事も必要です。お疲れ様でした」
「分かりました」
「ふう…」

ライエルの発言に、兵士達からは安堵の声が漏れ出した。

籠城戦の配置にあって、彼らは唯一の外側の部隊。真っ先に奇襲を受ける。
緊張の時間を過ごすには、心身ともに限界であった――


「お疲れさまでした」

城門が開くと、ライエルは外側から戻ってくる30名ほどの兵士を出迎えた。

「ひとまず、中で休憩を」

当然、警戒が解かれた訳ではない。
休むと言っても、帰宅は許されない。

身体以上の太さを誇る木製の都市城門を彼らが潜ると、城へと続く大通りの左右には、藁と麻布で拵えたベッドが並ぶ、簡易な休憩所が設けられていた。

「ありがとうございます」

防御壁で戦う兵士達は、全員が甲冑を纏った近衛兵。
主力の武器は強弩と弓矢であるが、剣と盾をも備えていた。

規律の取れた動きで、先ずは盾を置き、次に兜を脱いで隣に置き、最後にさやに収められた剣のつかを、兜の上に優しく置いた。
柄を兜の上に置く事で、いざという時に剣を掴み易くしているのだ――

臨戦態勢を彷彿とさせる武具の整列を眺めては、否が応でも緊張感が増していった――

「ふう。風が気持ちいいな」

それでも兜を脱いで感じる思いは等しかった。
吹き出した汗を夜風が冷やす中、一人の兵士が束の間の安堵を口にした――

「皆さん、お疲れさまでした」

そんなところへ蹄の音がやってきて、栗毛馬に乗った国王ロイズが姿を現した。

「こ、国王様!」
「ロイズ様!」
「ああ…立たなくて良いです。座っていて下さい。休んでて下さい」

兵士達が急いで腰を起こそうとした。
規律を乱さない為には必要な行動だと理解はしながらも、ロイズは端正な顔に恐縮を浮かべながら、慌てて左腕を伸ばして彼らの動きを制止した。

「いや、しかし…」

止められた方も戸惑っている。
真っ先に立ち上がった兵士が、国王の言葉に対して困惑を表した。

「良いのです。私なんかよりも、今はあなたたちが休むべきです」
「…はい」

下の者が敬い、上の者がそれを馴らす――
連綿と受け継がれてきた作法や行動というものは、概ね理由があるものだ。

例えばこの微笑ましい一連の行動は、組織を外部から計る上で、ほどよい指標ともなっている――

訓練された近衛兵と、威厳の欠如を否めない新米国王――

(さて、どうなっていくのやら…)

南西の見張り台。
トゥーラの中枢に於いて最年長の将軍は、四角い顔の下顎を触りながら、眼下で行われた穏やかな場景を、温かい眼差しで見守るのだった――


やがて膝丈ほどの篝火が、主だった市中の十字路にも焚かれていった。
宵闇に浮かぶ幻想的な炎の羅列に、自宅で留守番中の子供達は、一様に窓に張り付いて、それらを好奇と感嘆の瞳で眺めるのだった――

「通りまーす!」

明るくなったトゥーラの路を、荷車を牽いて城から出てきた女官達が、積載物が崩れないようにと気を遣いながら進んでいく。
先頭に立って元気な声を上げるのは、茶褐色の髪を肩まで伸ばしたマルマであった。

「ご苦労様です。パンの配給です。干し肉もありますから、一緒にどうぞ!」

先ずは最前線。城から南に下った都市城門からである。
牽いてきた荷車を止めるなり、ふっくらとした体つきのマルマが兵士たちに呼びかけた。

「ありがたい」
「腹が空いちゃ、動けねえからな」

明るい声に真っ先に腰を上げたのは、簡素な兵装をした民兵達であった。
わらわらと荷車に寄って来て、パンと干し肉を2つずつ受け取っていく。

「皆さんは、どうされますか?」

新たに設けた休憩所で様子を眺めていた近衛兵に、マルマが歩み寄って尋ねた。

「我々は、後で良いです」

職業軍人よりも、民兵が優先――

「はい。承知しました!」

規律の順守を理解して、マルマは小指に力を入れて右手を額に当ててみた。

「マルマぁ。一回戻るわよ!」

一団からの柔らかな微笑みを受け取ると、配給を配り終えた仲間たちから声が飛ぶ。

「はーい」

マルマが応じると、近衛兵に向き直ってぺこりと頭を下げたあとで、肩まで伸びた茶褐色の髪を揺らしながら、荷車の方へと駆けていった。

「先輩。私の名前は、マルマリータですよ!」
「知ってるわよ。マルマの方が呼び易いんだから、いいじゃない」
「そうそう」
「えー」

ゆるい会話を同僚たちと交わしながら、マルマは軽くなった荷車とともに城へと戻っていった――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す

矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。 はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき…… メイドと主の織りなす官能の世界です。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...