小さな国だった物語~

よち

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【18.涙の代価】

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同盟調印式からロイズが戻って数日後、望んだ訳では無いが、晴れてトゥーラの王妃となったリアは目覚めと共にベッドから足を下ろして着替えをはじめた。

いつもと同じくロイズの姿は既に無かったが、それでも夜明けから三時間、普段と比べたら早起きだ。

「帽子は、白かな」

明るく呟いて、棚の上に重ねられた帽子の中から、一つを選ぶ。

ロイズとラッセルは、既に外へと出ているだろうか――

リアは寝室から居住区へと繋がる扉にそっと耳を当てると、些細な話し声すら逃がすまいと、音を拾った。

「……」

静かである。どうやら思惑通り、二人の姿は無いようだ。

ロイズもラッセルも、リアが城外を散策する事には理解を示しているが、常日頃から行き先は告げていけ。或いは護衛を付けろと小言を放っている。

何かあったら一大事。当然心配からの発言だが、リアにとっては面白くない――

<諦めてくれたら、勝ちだからね>

3階の居住区を抜け出した王妃は、軽快な足取りで螺旋階段を下りながら、トゥーラに赴任して暫く経った、ある日の喧嘩を思い出しながらほくそ笑んだ――



「あれ? ロイズ…は、早いね…」

城の2階から、3階の居住区へと続く螺旋階段の途中に、非常時に城外へと脱け出す事のできる、秘密の通路がある。

探検家気取りで衣服を汚し、城外から螺旋階段へと直接戻ってきたリアの姿を、その日ロイズが待ち構えていたのだ――

腕を組み、階段を塞ぐようにして仁王立ちするロイズの姿に、リアがバツの悪そうな表情で、震えながら口を開いた。

「『早いね』 じゃない!」

怒りに任せたロイズはリアの左腕をガッと掴むと、力のままに引っ張り上げて、先ずは居住区へと引きずった。

「なんで毎回毎回、黙って出ていくんだよ!」

居住区へと連れ込むと、部屋の中央へとリアを放って、扉を閉めてロイズが怒鳴った。

「戻ってきて、リアが居ない。心配するでしょ!? 分かるよね!」
「…はい」

冷たい石床にへたりこみ、消え入りそうな声でリアが応じる。

「なんで黙って出ていくの? 何かあったらどうすんの?」

立場というものがまるで分かっていない。
リャザンでのん気に過ごしていた頃とは違うのだ――

「…ごめんなさい」
「謝るのはいい。『なんで黙って出ていくの?』 って訊いてるの。子供か!」

今日という今日は許さない。

ロイズの怒りに並々ならぬ覚悟を感じ取った幼馴染は、呟くように口を開いた。

「だって…ウザいんだもん…」
「何が?」
「監視が…」
「……」

二人がトゥーラに赴任したばかりのこの頃は、視察という名の散策をする際には、いつも監視役と案内役を兼ねた女官が一緒であった。

ロイズからすれば当然必要な措置なのだが、彼女はそれが気に入らない。

自由闊達に動き回りたいおてんば娘にとって、あたふたと動きの鈍い女官たちは足手まといだったのだ――


「……」

硬い石床に足を崩してうなだれて、髪が乱れて小さくなったリアから、ロイズは視線を外さなかった。

「……」

しばらくの沈黙が、二人の間に流れゆく――

「もうさ…」

部屋を支配する重たい空気に風穴を開けたのは、赤みの入った髪の頭頂部を覗かせるリアの方だった。

「何?」

鼓膜に届いた微かな声に、ロイズはぶっきらぼうな声を送った。

「あきらめてよ…」
「は?」

崩れ堕ちた姿のままで、小さな声が訴えた。
容認できる筈もない。ロイズは怒気を含んで吐き捨てた。

「なんで?」

続いて口を開いたところで、ロイズの表情がハッと変わった――

「だって…それが…えぐっ…アタシだから…」
「……」

おもむろに顔を上げた彼女の両頬には、必死に開いた両目から零れる涙が伝っていた――

嗚咽を漏らしながら、子供のように、泣き崩れた表情を隠す事も無く、リアは精一杯の想いを込めて訴えた――

「……」

結果、ロイズが折れた――

しかしながら、秘密の通路は使用禁止となった――


二人しか知らない秘密の通路は、トゥーラへと赴任した当日に、リアが城の中を動き回って見つけたものだ。

はたして籠の中に伴侶を囲って自由を削ぐ事は、危険に晒す以上にトゥーラにとっては大きな損失ではないのか?

子供の心を保った奔放さこそが彼女の魅力で、一番好きなところでは無かったのか…

それならば、広い心で見守ることこそが、為すべき事ではないのか?

その夜、ロイズは悩み、考えた末に、一つの覚悟を抱く事にした――



「リア様、お出掛けですか?」
「うん。ちょっと、見廻って来るわ」
「お気をつけて」

女中からの明るい声に、気さくに応じるリア。
結局こうした会話から、彼女が何時頃に外へ出て、どこへ向かったのかを、後でロイズが認知する。

当然ながら、心配するロイズやラッセルの訴えを、リアが理解できない訳ではない。

ただ、程良い、自由な距離感が欲しいのだ――


「さすがに、暑くなってきたわね…」

子供っぽい朱色の上着と白いスカート。そしてつばの大きな白い帽子。
ちょっと目立つ格好も、都市城壁の監視台にいる兵士たちに、居場所を知らせる為だ。

真っ青から降り注ぐ、強い日差しを小さな手のひらで遮ると、少女の面影を残した王妃は軽やかな足取りで、市中へと足を向けるのだった――
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