海辺の光、時の手前

夢野とわ

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秘密を

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有紀に連れられて来て、北上大学の構内へと、やって来た。
僕と有紀は歩いて、外のテラス席が眺められる、学内の椅子に座っていた。
「長谷川さん――。一体どうして」
僕は、有紀に、そう聞いた。
「高梨君、よく聞いて。あたしが呼び出したのよ。高梨幸人君の事を」と、目の前の長谷川有紀がそう言った。
有紀の目が、うっすらと潤んでいる。これは、一体どういうことなのだろうか。
「僕は、森島明なのではないかい? 学生証にそう書いてあった」と、僕が言った。
「ええ、そうでも」と、有紀が、言葉を詰まらせて言った。
空気がひんやりとしている。大学構内の中は、それ程寒くない。
僕は、目の前の美しい女性をまた見た。それは、大人になった長谷川有紀に違いなかった。
「私は、あたしだって分かる? そう、新見高校の長谷川」と、有紀が言った。
「それは、さっき何度も聞いた」と、僕が言う。
「ええ、そうね」と、有紀が言い、今度は口元に微笑が浮かんだ。
「どうすれば良い?」と、僕が有紀に聞いた。
「どうすれば? でもね、あたしは全部知っているんだから、大丈夫。こっち方に来て」と、有紀が立ち上がり、少し歩き出すと、手招きをした。

長谷川有紀に手を引かれるまま、沢山の書物が積まれている部屋へと入った。
ガロア理論とか、ブルバキ数学集団とか、ノイマンとか、量子力学とか、色々題名が書かれた本が見える部屋だった。
ここは大学の研究室だろう。今は誰もいないようだ。と、言うことは長谷川有紀の正体は――。
僕はだんだんと事の起きた成り行きを悟り始めた。
「ここは大学の研究室だろう」と僕が少し声をひそめて言った。
「ええ、そうよ。よく分かっているじゃない」そう言って有紀が、フフッと笑う。
「ここで何か研究していたんだろう」と僕が言った。
「ええ」と言い、有紀が不敵に笑う。
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