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継鬼
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しおりを挟む襖が開いて、一人の女性が入って来た。
和服の似合う静かな女性。
そう言えば、出産だと言うのにこの部屋には男しか居なかった。
「産湯の用意は出来ましたよ」
そう言った女性のお腹もほんのり膨らんでいた。
「ありがとう美夜子さん!」
元気が心底助かったとホッとして居るのが見て取れた。
「あぁ、まほろばとライは初めましてだな。
俺の伯母の美夜子さんだ」
龍太郎さんが続けて紹介する。
「兄、明人の妻でもあり、見ての通り身重でもある」
美夜子さんはほほ笑んで、
「そうそう、私は伯母ですけど、樹利亜は出産の先輩になるんです」
樹利亜の側に座ると、
「樹利亜。貴女の後には私も控えてますから。
もうしばらく頑張りなさいね」
「―――判ってる。痛いっ!」
懸命に頷く樹利亜の様子が変わった。
「誕生する」
まほろばが樹利亜の足元に行くと、樹利亜の踏ん張る声が高くなる。
次に、聞こえて来たのは、泣き声。
生まれて来た新しい生命の叫び。
心地良い泣き声が室内を満たす。
神秘的で、感動が胸を一杯にする。
慌ただしく室内の男達が動く。
赤ちゃんを受け留めたまほろばがへその緒を切り、隣りの部屋に置いた産湯につけて綺麗にしてやる。
龍太郎さんは、ひたすらに愛の言葉を樹利亜に囁きながら泣いているし、元気は傷口(って言えばいい?)を治して後ろ手に座り込んだ。
そして、綺麗な白いおくるみに包まれた赤ちゃんを美夜子さんが抱き、樹利亜の側に座る。
「さぁ、貴女の息子よ」
笑顔で、樹利亜の腕に手渡した。
「息子……宗寿」
*樹利亜side*
“宗寿”
元気……寿と、私……春の、特別な子ども。
顔をまじまじと見る。
黒髪に瞳はまだ開いてないから判らないけど……顔付きは龍太郎にそっくり。
小さなフサフサの髪を撫でると、額に瘤を見つけた。
角瘤。
ニヶ所にそれはあった。
「角が在る。二本角」
体は?
おくるみを開くと、丸々とした可愛らしい体が現れた。
一年以上お腹に居たにしては小さい体。
小さいアレもちゃんと付いてる。
男の子。
鬼に尻尾はないのは判ってるけど、体の隅々まで見ないと安心出来なくて。
優しく体を裏返すと、
ぷりんっと大きめの可愛いい逆ハート形をしたお尻が目に入った。
可愛い。
可愛い過ぎる。
なんって可愛いのっ!!
*龍太郎side*
樹利亜が小さな息子の体を確認するのを黙って見ていた。
気持ちは分かる。
長く待ちわびた誕生。
ただでさえ、鬼同士の子どもで、俺も不安がなかったと言えば嘘になる。
それが、
背中を見た時、ふるふると小刻みに体を震えさせた樹利亜が呟く。
「桃……」
何だ?
顔を赤らめて呟きは続く。
「可愛い過ぎる!!」
なっ!? 何だ?
「この子の名前は“桃太郎”よ!」
「何だ? さっき言ってた“宗寿”の方が―――」
樹利亜は頭を振る。
「その名前は一度使ってるから。それに、見てよ! この“桃尻”」
と、乱暴に目の前に出された息子のお尻。
「た……確かに可愛いけどな」
お尻が名前の由来って。大きくなって説明しにくいって。
「樹利亜。落ち着け!」
目が逝ってしまってる。
テンションの高かった樹利亜が一瞬静かになり、“桃太郎”のおくるみを綺麗に直してやると、今度はポロポロ涙を零しながら笑い出した。
「あは……あはは」
泣いたり笑ったりしている樹利亜を見ていて、気付いた。
怖かったんだ。
人とは違う妊婦期を過ごして、不安で不安で仕方なかった。
今になって安堵し、心底からホッとして張り詰めていた糸が切れた。
目の前で笑いながら泣く樹利亜を愛しくもあり、出産と言う大きな事を成し得たこの妻を誇りに思った。
息子ごと樹利亜を抱き締める。
「あぁ、あぁ……大丈夫だ。
桃太郎。良いんじゃないか?
鬼退治の元祖の名前で俺の太郎も入っている」
背中を擦ってやると、落ち着いた声が聞こえて来た。
「ごめんなさい。大丈夫。落ち着いたわ。
そんなに抱き締めたら桃ちゃんが潰れちゃう」
二人の間で柔らかい赤子が小さく泣いた。
これが幸せってやつなのかな。
自然と笑みが零れた。
*ライside*
幸せそうな家族を見ていると、こちらまで幸せに感じてしまう。
良いなぁ。
と、ココロで呟いた。のに。そんな事を考えてる時に限って、まほろばがこちらを見ていた。
それは考え深げな顔をしていて、ゆっくりと傍に寄ると、屈んでボクと視線を合わせる。
「赤ん坊が欲しいのか?」
一瞬言われた事が判らなくて、近付いて来るまほろばの整った顔に、何をされるか解った。
チュッと、触れるだけのキスをされた。
頬が熱くなって、同時にこちらを見る皆の視線にさらに顔から全身が熱くなる。
「鬼って性別関係なしで子ども作れるの?」
樹利亜のすっとんきょうな声にさらに赤くなってく自分に気付いて……。
「あはっ。冗談よ! あんまりラブラブだからね。て、本気で出来そうね赤ちゃん」
て、からかわれてた事に気付いて。全身が熱くて逃げ出したくて!
「樹利亜! 龍太郎さん! おめでとう!!」
叫ぶ様にお祝いを言うと、慌てて部屋を出る。
*まほろばside*
軽く口付けると、見る間に真っ赤になって行くライの顔。
愛しさに笑みが零れた。
そこへ樹利亜のからかい。
泣きそうな顔になったライが、桃太郎にお祝いの言葉を言うと部屋から走り出た。
「可愛いわね」
「可愛いな」
「ライ……可哀想に。可愛かったけど。」
樹利亜、龍太郎、元気の言い分に俺も頷く。
「行って来るよ」
「あ! ねぇ、ご飯食べてくでしょう?」
樹利亜が訊くから、
「俺のも頼む」
ライを思うと自然と笑顔になる。
これはもう仕方のない事だ。
*樹利亜side*
気のせいかしら?
まほろばが自分のご飯も用意してって?
「あ。忘れてた。まほろば一年前くらいから食べれる様になったんだってさ」
「元気。知ってたならすぐに教えなさいよね!」
めでたい話じゃないの。
「ほぇ……」
胸に抱く桃太郎が声を上げた。
“宗寿”
元気を見ると、何とも言えない切ない顔をして桃太郎を見つめてた。
「元気。さぁ、抱っこして」
おどおどする元気に強引に桃太郎を手渡す。
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