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羅刹鬼
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しおりを挟む*空羅寿side*
………………………
奥深い山間の里、霧の谷。
そこは、少人数でもそれなりに幸せに暮らして居た。
だかある年、不作が続いて男達が町に出稼ぎに出る。
自給自足の里で、男衆と言う食い扶持を減らす事も生活を楽にさせる一つの方法。
やがては、お金と物資を持って帰郷する予定であった。
三年を過ぎた時。
一人の男がやって来た。
それが不幸の始まり。
コワもてのその男は、真っ直ぐに空羅寿の家に来て。父親の死を告げた。
三年で貯めたお金と遺髪を届けに来たのだと。親切にもありがたい。と、涙ながらに感謝を述べる家族に男の話は続く。
埋葬、ここまでの旅費等合わせても父親の稼いだお金では足りない。と言うのだ。
残酷にも、
その代わりに娘をよこせと言った。
空羅寿の兄弟は三人居た。
彼女は長女で12歳。
下に10歳の弟と、6歳の妹が居た。
指されたのは、空羅寿。
けれど、何も答えられないでいた母親に、男は怒鳴る。
怒鳴り、優しくささやく。
娘を連れて行く代わりに父親のお金を置いて行く。と、
結局、泣く泣く空羅寿は家族と別れる。
その男は、人買いだった。
父親の事も本当か判らない。
それが判ったのは、里をかなり離れてしまった後だった。
“霧の谷”を出た事のなかった空羅寿は土地勘も無く、連れ出されては、帰る事が出来なかった。
道中で、男が話す。
「山奥の娘は、色が白くていい」
そして、口が滑った。
「だからそんな里をみつけたら必ず寄るんだ」
どんなに疎くても、理解出来た。
騙されたのだと。
男は里をみつけたら始めに物色する。
綺麗な娘が居る家を、そして父親の不在の状況から、或いは、里の男が居ない状況から察して作り話を持ち掛ける。
それが間違いならば逃げればいい。
男は、手慣れていたから。
「まぁ、何にせよ、お金を受け取ったのは事実だからな」
お前は売られたのだと安易にそう言った様なもの。
目の前で笑う男を憎いと思った。
初めて芽生えた感情。
だからと言って何か出来る訳でなく、山を抜け出す事のみに集中した。
逃げれば、家族を脅すに決まっている。
悔しくて唇を噛み締め、口内に広がる鉄の味。
涙も浮かんでは流れる。
声を立てずに泣いて居た。
男の後を、ただひたすらに着いて歩く。
自分の生まれた場所を思い出す。
朝霧が白く里を覆う。だから“霧の谷”なのだと母に教わり、当たり前に過ごして居た日々、それが理不尽に壊された。
ココロにぽっかりと穴が開いた様で……あの霧が、懐かしい。
「泣いて居ても良い事はない。町に行けば今までよりも良い生活が出来る」
それがさも幸せなんだと言う口振り。
幸せは誰かが決める事じゃない。
自分がそう感じられないのなら不幸でしか有り得ない。
一休みと切り株に座る男を近い場所の高い木に凭れ見下ろす様に見遣る。
厳つい顔。
歳は父よりも上だろう。それでもたくましい体付きで、自分なんて簡単に殴り倒されるだろう。
逃げたら。
逃げられない。
逃げたい。
この思いが頭を巡る。ココロが苦しくて、辛くて。
ココロが、悲鳴を上げて
誰かに、叫ぶ様に助けを求めた。
ズルリ……ズルリと、何かを擦る音が響く。
山中に響く生々しい音。
「何だぁ?」
男も驚いて立ち上がる。
不気味に響き渡る音。
『そなたが望むは解放か?』
頭に直接届いた声。
『そなたが望むはこの男の死か?』
低い声。
私にしか聞こえてない?
男は立ちつくし、キョロキョロと周りを見渡して動揺して居る。
『そなたが―――』
「私は帰りたいだけ」
『―――承知した』
声は消えた。
何を、誰が承諾したの?
音のする方を見遣ると、高い草の間から見える。赤い光りが二つ。
丁度男の後ろにそれは現われた。
大きな……
男が私の視線を辿り、振り向く。
「うわぁああぁああっ?!」
裏返った声で悲鳴を上げて、その場にへたりこむ。
赤く光る二つの眼。
ズルリ……ズルリと、何かをひこずる音が耳につき、それだけが頭を一杯にした。
そして、現われたモノ。
..
それを見た私は、ただただ眼を見開き凝視する。
滑った白い皮膚。
赤い両眼。
あれは、あれは、山の主?
男の悲鳴が耳に入る。
ズルリ……ズルリと、
地を這う。
それは―――……
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