鬼に成る者

なぁ恋

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精鬼

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慶子が病に伏せる。


当時不治の病と言われていた“結核”
彼女は守恵人と共に隔離された。

薔薇の温室近くの一室。

徐々に弱る体。ほとんどをベットの上で生活する。

もちろん医者にも診せ最新と言われる治療を施されてはいたが、何の効果もなかった。


「守恵人……死にたくない」


この頃になると、以前の美しかった姿は見る影もなく、痩せた体が痛々しく苦しそうに浅く息をしているだけ。


「慶子」ただ名前を呼び、額にキスをする。

それだけでも慶子は幸せそうな笑みを浮かべた。

守恵人は、代われるものなら代わってやりたかった。

慶子の日々弱る姿を見ながらココロが苦しくて苦しくて気が狂いそうになる。そんな危うい神経状態にあった。


それを逆撫でする出来事が起こる。



父親が、不貞の子どもを家に住まわせる様になった。

慶子は助からないものとし跡継ぎとして、幼い妹を招き入れたのだ。

慶子の母親でさえ、その子を可愛がった。


それは慶子の死を望んでいる様にしか見えず、守恵人には耐えられない事。


彼は、愛しい少女の姿を見遣る。

慶子の長い黒髪は艶も腰もなくなり、パサパサに枕の上に散り痩せた体は皮と骨になっていた。

お気に入りの白いドレスを着せられた姿はお世辞にも綺麗とは言い難く、ぶかぶかになったドレスが不格好で見るものが痛ましい気持ちになる。


それでも、守恵人にとっては何にも代えがたい“美しい女性”


至極簡単に思えた。

何もかもうまく行くと思えた。


白いお揃いのスーツに着替える。

慶子がおままごとをするみたいに揃えてくれたのだ。

二人の時間は楽しくて甘くて。掛け替えのないものだった。


壁に掛かる大鏡の前に立ち慶子が褒めてくれた黒髪を整える。


鏡に映る慶子の姿が涙で霞む。

もう動かない。




愛している。

貴女だけが私の全て。



流れる涙は涸れる事をしらない。


さぁ、始めよう。

慶子を取り戻す為だったら、私は鬼にだって成れる。



鬼にだって成れるんだ。



居間へ入ると、慶子の両親が子どもを囲んでほほ笑んで居た。


華やかな世界。

それは優しいものだと錯覚していた。



慶子が居なければ意味がなく。

他の事などどうでも良かった。


握り、振り下ろす鉈ナタに鈍い衝撃を感じる。

無防備な男の肩に、それはくい込み大量に吹き出す赤い、薔薇───……


許しを乞いながら泣き叫ぶかつての主人。

私の愛しい慶子は死んだのに、アナタ達は死にたくないと言うのか?


許される筈はなく。


その場所は温室にある薔薇の様に赤く染まって行った。



扉と言う扉は出られぬ様打ち付けてあった。


だから、逃げ惑う使用人達にも一人残らず薔薇を散らした。



やがて訪れた静寂に、安堵したのを覚えて居る───


  

***


「覗いた感想は?」


顔を近付け守恵人が笑う。


「ココロを覗かれるのは初めてだ案外と心地好い……お前の瞳は綺麗だな。黄金の宝石みたいで」


右手で頬を包む様に触れ、親指で瞼をこすられる。


「お前はどうしたかった?」目を閉じたまま訊く。


「……望み通りに、慶子を取り戻した」

自身の胸に手を置き満面の笑顔で答えた。


呪いをかけたのだ“朱色の鬼の血”が目覚めさせた能力で。


「永遠に人間をむさぼり続けるのか?」

響く声色が室内をこだまする。


「所詮は女の魂を背負っているだけだ」

続く言葉に守恵人は顔をしかめた。


「永遠に孤独のままだ」畳み掛ける真実。


「それも今日で終わる。

お前のが与えてくれるものが私達の“永遠”を運んでくれるのだから」


この男はなんと言った?

そのに気付いて、怒りの焔が胸を締め付ける。

喉の奥から唸り声が上がり、眼球が熱を持つ。拳を握り血管が浮かぶ程に腕力を出し、抜け出そうと体を捻じるも、引く薔薇の茎はさらに強く巻き付き骨まで軋む音が響いた。

    
「このは私の可愛い理解者」


薔薇を差して愛しそうに言う慶子。柔らかい笑みでこちらを眺める。

慶子の意思を汲んだ様に薔薇は力強く体中に伸びる茎がその刺の深さを増した。

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