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大人編
届想
しおりを挟む命限りに愛を注いで、
ココロを一杯にするのは幸せの色。
誰でも幸せになれる。
“想い”を忘れなければ……
忘れられた“想い”のカケラが在る。
閉じ込めた存在を認めよう。
届想 ~かいそう~
***
*凌児side*
揺椅子に座って揺らしながらミルクを与える。
鈴音のミルクを吸う力強い音。何度聞いても飽きない。
腕の中に居る優しい愛しい娘を見て居ると忘れ去られた存在。
愛する者を亡くした彼らに、無性に会いたくなった。
それは自然な事かもしれない。
その存在を知っているのは、俺とルドウだけ。
父なし子に成った彼に会いに行きたい。
誕生からもう何年も経って居た。
目を瞑って、
耳を塞いで、
口を閉じて。
長く閉ざして居た存在。
亡き兄貴の子ども。甥っ子とその母親。
まだ幼い母子に会いに行きたい。
会いに行って何をしようと言うのか?
判らないけれど。
考えていたら哺乳瓶は空になり、鈴音が眠っていた。
静かな寝息。甘いミルクのニオイ。
肩に立て抱きし、優しく背中を擦る。しばらくすると小さくゲップをした。
「眠ったのか?」
珈琲を持って来たルドウがそれをテーブルに置いて、鈴音を受け取りその柔らかい額にキスをした。
「お前の好きにしたらいい」
悩む思考を汲んだルドウがつぶやいた。
それに対して「うん」と小さく頷いてから、窓を開ける。
爽やかな夜風が入り込む。
7月。夏が来ていた。
彼の誕生日がもうすぐ。それまでに会いに行こう。
「俺も一緒に――「来て貰えたら嬉しい」
後ろに来たルドウが窓枠に手を置き髪に口付けて来た。
優しく温かい腕に包まれて安心する。
ルドウから愛されている。
俺もルドウを愛している。
そして、
鈴音を愛してる。
京一狼を愛している。
そんな“想い”を彼らは知っているのだろうか?
柔らかい風と混じる珈琲のニオイとミルクの甘いニオイ……
何よりも、俺の一部になっているルドウのニオイが全身を優しく包む。
この一握りでも良い。
彼らが“幸せ”で居るのか確認したい。
ココロに残る“罪悪感”を少しでも取り除きたいと思うずるい自分に苦笑する。
「罪悪感?」
ココロをよんだルドウが訊く。
「幸せを感じてる事に」
自分が幸せで居たい。
それを感じて居たいから、彼らの存在を知ってる俺がちゃんと存在するものとして確認しなけりゃ。
愛が在るから人は皆生きて行けるのだから―――
***
7月17日。
「本当にいつ見ても可愛らしい。良いわよ。ちゃんと見ているからゆっくりしてらっしゃい。
だいたい働きすぎだからたまには休まなきゃね」
“記憶”を無くした義姉は優しい女性になっていた。
いや、これが本来の彼女の姿なのかもしれない。
「いつもありがとう」
「良いのよぉ。京一狼もリオンが居ると上機嫌だから」
京一狼。
俺の息子。
母の傍らで鈴音を覗き見る。
「おじちゃん。ルドウとお出かけ?」
自分を見上げる姿が可愛い。
目線を合わせる為、片膝をつきしゃがむ。
「そうだよ。電車でちょっと行って来る」
何か言いたそうに唇を噛む京一狼に「なんだい?」と手を取ると、
「電車? 乗りたい」
小さくつぶやいて、軽く手を握り返して来た。
「リオンとも居たいけど。電車乗った事ないから乗りたい」
男の子なんだと笑みが零れた。
「じゃあ、一緒に行くか?」
「行く!」
彼への愛情も日増しに強くなる。
「この子連れてたら休みにならないわよ」
義姉は仕方ないと苦笑する。
こんなやり取りも“幸せ”だと感じる。
“幸せ”は数えきれない程に増えるばかり。
*
熱い太陽が照り付ける夏。
名前さえ知らない甥っ子の、今日が“彼”の誕生日。
駅は人でごった返していた。
車で行く事も出来た。でも珍しくルドウの提案で電車での小旅行に。
子どもの頃、彼も“憧れた乗り物”の一つだったと告白される。
当時の彼では能力のコントロールが未熟だった為叶わなかった“夢”。
人の波に呑まれながら目的の車両に乗り込むと、ひんやりとしたクーラーが心地良かった。
「目的地には一時間半程で着く筈だ」
隣りに立つルドウがほほ笑んだ。
何度向けられてもそれに赤らむ自身に苦笑する。
柔らかい小さな手が右手を握る。
俺とルドウの間に京一狼が居て、三人で手をつないで居た。
男三人が手をつないだ光景。
周りにはどう見える?
京一狼は、楽しさをその瞳に煌めかせ興奮して居た。
ガタゴトと車体の揺れる音と、人々の語らいの声。
大きく狭い空間で、気持ちは高ぶる。
座る場所は十分にあったけれど、開く扉が気に入った京一狼が扉の側に立っていたいと言うので三人で立って外の流れる風景を眺めたり、何気ない会話をしたり。
各駅ごとに開く扉に京一狼は興味津々で覗き込む。右へ左へ。
その内目を擦り出した京一狼が、「……眠い」とつぶやいた。
「おいで」
ルドウの優しい声に手を開き抱き上げられる。
「ん。ルドウ……おやしゅみ」
頬を肩に擦り付け、安心しきった顔をして眠りについた。
二歳の彼はとてもおしゃべりで、表情豊かな男の子。
先に三歳に成る同い年の甥っ子を思う。
どう過ごして居るのか?
名前は?
顔は兄貴に似て居るのか?
「もうすぐ分かる」
涼しい顔をしたルドウに最もな事を言われ、
「そうだな」
彼の腕で寝息をたて始めた京一狼の柔らかい髪を撫でながら答える。
彼らの様子を見る。
そうしてどうするかは未だに決め兼ねていて―――
「気になるから訪ねる。それで良いんじゃないか?」
理由はいらない?
そうだよな。
「名前を知ってるのか?」
「田中 想。“想う”と書いて“そう”
お兄さんが、ココロに持って居た“彼”の名前」
「想……」名前を反復する。
彼を思っていた。
何てぴったりな名前だろう。
そして彼の住む街の名前がアナウンスされる。
空いた扉から生暖かい風が入り込む。
それに逆らう様に足を踏み出すと、暖かい地面に降り立った。
小さな改札をくぐると、小山に囲まれた小さな町並みが目に入る。
大きなビルもなく、何も無い田舎。
どうして兄貴と少女は出逢ったんだろう?
小さなこの町で。
兄貴は仕事で来たのだろう。
“偶然”なんてないと思ってる。
“運命”は在ると今までの経験で感じてる。
どんな出逢いも、何かしら意味がある。
ルドウと出逢ったのもこれは“運命”で“宿命”。
後ろから絡む指先。
京一狼を抱いたままルドウが片手を握って来た。
「“宿命”なら離れる事はもう無いな」
温かい大きな手の平を握り返しながら、本心からの言葉を。
「離れられる筈が無い」
お前は俺の半身。
お前は俺のすべて―――……
「「愛してる」」
重なる言葉に溢れる感情。
これは“奇跡”。
“愛”と言う想いの塊がルドウなんだと、横に並んだルドウが握った手に小さく力を入れて耳元で囁く。
「愛してる」
空はどこまでも澄んで青く。
風は強く体を撫でて。
太陽はアツい熱を発して、俺の気持ちを現わしている。
「んん――ー……あつい」
京一狼が目を覚ます。
太陽を仰いですぐさま顔を両手で隠す。
小さな手の平は両手でやっと顔と同じくらいだ。
「まぶし……」
「帽子を忘れたな」
ルドウが手を翳し陽を遮ってやる。
黒い長袖から覗く手の甲に薄く残る痕。
暑い夏でもルドウは長袖を着る。
痛々しい火傷の痕を隠す為に。
愛しい傷跡。
「俺のすべては凌児のものだ」
真面目な顔をしたルドウが不意にウィンクした。
長めの前髪に隠れた薄い色素の瞳。
出逢った頃から変わらない瞳が、優しく陽を弾いて煌めく。
「誰にも渡さない」
ココロからの強い願い。
「ルドウは京一狼のぉ」
ぐずる様に言った京一狼に二人して笑った。
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