ルドウ

なぁ恋

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大人編

響祈④

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祈りを唱える声が聞こえる。
静かに愛を語る様に。
 
聖書の言葉が理解出来ると思わないが、祈る姿は美しく気高い。
十字架の前で祈る優しいユウリの声が、広い室内を木霊する。
 
瞬間、ユウリから異変を感じる。
 
痛みと、焦りと、切なさと、愛しさ……
 
「生まれるのか?」
 
俺の問い掛けに、小さく頷くユウリが、
 
「もうすぐ……」
 
苦しそうに顔を歪め、腕を力強く握って来た。
 
始めから病院にはかかっておらず、覚悟の上の出産。
 
二人の過ごした部屋に運び、それなりに勉強した出産の準備をする。
 
「かおる……」
 
途切れ途切れに俺を呼ぶ声が、切なくココロに響く。
 
誕生と、別れ……。
 
交差する想い。
 
この数ヶ月の間に育まれた“愛情”は本物。
紛れもなく、俺はユウリを愛している。
 
「愛している」
 
声に出していた。
ユウリには本心が届く。言葉にしなくとも、それでも、言葉に出す事が大事な事もある。
ユウリが笑みを浮かべる。
優しい、美しい輝く笑顔を。
苦しい息の下、声を返す。
 
「誰よりも……愛してる……」
 
愛を語り、愛を確かめ、刹那、訪れる瞬間。
 
「あ……」
  
柔らかい生命の誕生。
手の中に訪れた愛しい者。
金の髪。
開いた小さな青く緑を宿した瞳。
母親、ユウリの面影そのままの姿の娘。
 
暖かい室内に響く産声。
 
「鈴音。私そのもの……」
 
疲れやつれた顔。
それでも美しく輝く母親が、愛し子を抱く。
胸を出し、小さな唇に乳房を近付けると、鈴音は生きる力を見せつける様に母の乳房に吸付き初めての母乳を飲む。
 
「不思議ね――ー母乳は、ちゃんと出て来る」
 
あやす様に鈴音を揺らしながら、ユウリが話す。
 
「……母乳と一緒に……流れて行くの」
 
ユウリの“命”が娘に流れる。
苦しい息の下、輝く瞳は力なく伏せられて行く。
 
「私の愛はいつまでも貴方と共に……」
 
長い睫毛が震えて閉じる。
腕に鈴音をしっかりと抱いたまま。
満足気に乳房を離した鈴音が瞳を閉じる。
離された乳房から零れ出る白い筋。
 
ユウリは“愛”を遺して、静かに逝った。
 
俺はただ、涙を流す事しか出来ず。
しっかりと抱かれた鈴音共々、強く抱きしめた。
 
愛しい女性ユウリ。
唯一無二の愛する
 
愛を語るのが遅すぎた。気付くのが遅すぎた。
 
「ユウリ」
 
名を呼んでも返る声はなかった。
 
 



「娘を返して貰えないだろうか?」
 
低い声が耳に届いた。
 
まだユウリを腕に抱きしめたまま、声の主に視線をやる。
 
佇む黒い服の男。
金色の髪に深い緑の瞳。口許を隠す金のヒゲ。
悲しみを映した瞳がこちらを見ながら、
 
「ユウリを返して貰おう」
 
強い言葉が命令する。
娘ユウリを迎えに来た。と、男が言う。
 
「目的は成された。
赤子は連れて行くがいい。
私は私の娘を迎えに来たのだ」
 
俺に鈴音を寄越し、大きな腕がまだ温もりを残す小さな体を抱き上げる。
 
「母親と同じ道を辿るなんて――ー神を恨んでしまいそうだ。
二人は、私を置いて去って逝った。
――ーそれも定めなのか」
 
流暢に日本語を話す男は、静かに名乗る。
 
「私はユウリの父、カムラ・リヤレム……この教会の神父です」
 
ユウリを抱きしめ、強く瞳を閉じる。
 
「ユウリは指定した。自分が死に逝く日付と時間を、亡骸を弔う様に、父親にそんな手紙を寄越した」
 
流れる涙が、熱くココロに響く声無き慟哭となる。

「愛を知ったから、死ねると娘は言った。
父親の事など、ココロにないみたいに」

鈴音がむずがり小さく声を上げる。

「私も愛しい女性の変わりに娘を授かった。
黒髪の小さく可憐な日本女性だった……」

背を向けたカムラが言う。

「まだ、娘を奪った者を見る事は出来ない――ーどんなにユウリが望んだ事とは言え……
このまま、立ち去ってくれ」

何も言えなかった。
鈴音は生を限りに泣き始める。
母を失って泣いている様にも思えて、望まれて生まれた。
それは確かな事で―――

「解っている。
確かに望まれて生まれて来た。
理解は、している。
“想い”は手紙に宿して届いて居たから」

父親の背中が語る。
“理解”はしているが、人のココロはそんなに簡単なものじゃない。

そして悟る。
この男も能力者。

「“遺伝”するらしい」
カムラの言葉に、

「リオンは、能力を持たずに生まれて来た」

「判っている」

「……会いに来ます」

腕に鈴音をしっかりと抱きしめ、約束を残す。

広い背中が頷いた様に震えた。
 
 

愛する者の“死”を経験したのは遠い昔の事。

そして“生と死”は“永遠の愛”を残した。

形在る愛し子と共に、永遠の愛を貴女に誓う。
 
そうして、の元へ帰る。
 
天使との出逢いと別れは、夢の世界に居た様な、一瞬の出来事。
そんな短くて長い一年だった。
 
充実した月日だった。
 
「ふにゃ……」
 
柔らかく泣き始めた幼子。
腕に抱く現実の重み。
この子は確かな“愛の証し”。
 
俺に与えられた“癒し”。
鈴音の柔らかい頬に頬擦りすると、応える様に泣き声が大きくなる。
 
「良い子だ」
 
バスタオルに包んだ生まれて間もない赤子を大切に抱く。温かい体温と自分を主張する泣き声に包まれながら、家路に着いた。
その一歩一歩が、愛しい人の元へと続いて居る。

“愛する事”も、
“愛される事”も、大した違いが無い様に思える。
時には身を削る様な苦しさと、ココロ温まる至福の時も有り。
 
本当に難しいのは“愛される事”。愛しい人のココロの中に、いつまでも居続けられる。この幸せを、どうしたら永遠に出来るのか?
“愛する事”は至極簡単で、己で感じる事。
 
ユウリから“愛される事”を全身全霊で与えられた今、凌児からの“愛”を何の疑いもなく受け止める事が出来る気がする。
 
長く眠って居た“想い”が熱く主張して来る。
 
俺は確かに、
愛されて居る。
愛されて居たんだ……と。

夜明けだ。
朝が来た。
 
朝日に照らされた白い外壁が眩しく反射する。
 
長い、長い旅だった。
 
「ただいま」
 
心の底から住み慣れた家にあいさつをする。
 
凌児と出逢い、それからをずっと過ごして来た家。
ここからが本当の始まり。
 
「ルドウ」
 
門から顔を覗かせた凌児がゆっくりと歩み寄る。
 
「聞こえた。ルドウの声が」
 
懐かしい声。
懐かしいほほ笑み。
 
「ただいま。凌児」
 
自然と笑みが零れる。
触れて来る指先に震えが走る程の喜びが溢れる。
 
ただ、愛しくて。
 
「はじめまして」と凌児が娘を覗き込む。
指先で柔らかい髪に触れ、頬を撫でる。
 
「綺麗な金髪。瞳も母親に似ているのかな? ユウリは?」
 
何も言わず、首を横に振る。
それで十分だった。
 
「俺達の娘だ」
 
二人で頷いて、母親にした様に鈴音を間に抱き合う。
鈴音が文句を言う様に一声泣いた。
それに応えてつぶやく。
 
「これから、よろしく」
 
想いは優しくココロを温める。
“愛する人”に“愛される自分”で在りたい。
 
永遠を約束する。
凌児。
 
「愛している」
 
振り向いた彼が、
 
「お前だけを愛している」
 
ココロがとろける様な笑顔と言葉をくれた。
 
 
 
 
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