25 / 42
大人編
真実
しおりを挟むどんなに残酷でも、
真実は、真実。
それは、
心に隠された、
“愛情”と“愛憎”の果て。
人を好きになる気持ちは明暗と共に、人の心の真実は、誰にも解らない。
***
*ルドウside*
社長室。
時間通りに足を運んで、長椅子に座って待って居た。
「すまない。待たせたな」
言いながら、向いに座る。その動作さえ、優雅で目を魅く。
「いえ」
「早々と訊くが、凌児とは、どう言う関係だ?」
「あの時見た通り。恋人です」
眉根を寄せ、
「あの子の母親に、お前の家族は殺されたのに?」
「そうですね。貴方の奥様に殺されました」
視線を合わせる。
先に緩んだのは、一ツ橋の方で、
「あぁ、そうだな」
ネクタイを緩め、姿勢を崩す。
「そうだ。私の愛した女性のした事だ。
すまなかった」
髪をかき上げて、浅く頭を下げる。
10年間で、初めての事。
すると、
少しココロに隙が出来る。
能力者ではなく、それなりに大きな会社を一代で築き上げた男。だから、心が、強いのだ。
それが、緩んだ。
その真実は―――……
「凌児は……貴方の実子ではない?」
下げたままの頭が小さく揺れる。
「―――君には、真実を話して置かねばと思った」
上げた顔には、苦痛が見え隠れしていて、
「ココロが読めると聞いた。超能力者だと?」
訊いてくる声色も震えていて、
「そうです。言うのが苦痛ならば―――」
「いや。話そう……ただ君には、聞きたくない話かもしれない」
「20年経ちました。それに、凌児に関係する話なら、聞かない訳にはいかない」
強く、決心した。
「……そう、か……
凌児を、愛しているのか?」
「はい。自分の命よりも」
これは、俺の真実。
「若い時は、いい」
呟く様に話しだす。
「言葉だけで信じて貰えるなら、幸せだ」
頭を抱える様にうなだれて、
「私だって、何度も、何度も、言ったんだ。
愛している。
愛してると……」
言葉と共に、浮かび伝わる映像。
「花の様に笑う、可愛らしい女性だった……」
*冨side*
長く綺麗な黒髪に、少しふっくらとした体付き、瞳の大きな、女性らしい少女。
出逢いは、彼女が17歳の一番美しさに輝いていた時。
28歳の自分に、
17歳の少女。
運が良かった。
彼女、幸子も、好意を持ってくれ、一ヵ月と経たぬうちに結婚し、長男 市悟が生まれた。
同時に忙しくなる仕事。
始めは小さな一軒家で、慎ましく三人で暮らしていた。
お金が入ると共に、大きな屋敷を建て、
それは、妻の為、子どもの為と、自分は満足していた。
忙しくなる仕事に比例して家族を構う時間がなくなる。
寂しかったと幸子は言う。
時間がなかったと、私は言う。
噛み合わなくなった歯車は、合わさる事はなく壊れて行った。
最初から、子どもは一人と決めていた。
幸子は欲しいと何度も言っていたのに。
触れ合わない時間が長かった。
そんな中で、幸子は妊娠。
誰の子かと問う間もなく、幸子は市悟を置いて家を出た。
男の元へ。
市悟は、12歳。
ショックはひどく、不安定な時期が一年続いた。
だから、従順。
捨てられたくない。そんな気持ちが強過ぎて、父親の言葉には、こちらが戸惑う程に従う。
「市悟も、私の犠牲者だな」
ここまでを一気に話すと、ため息をつき、ソファに深く沈み込む。
「凌児の父親は、よく居るチンピラで、幸子は、暴力を受けながらも離れずにいた……だから―――」
まとまった金を渡すと、何も言わず、幸子の前から去って行った。愛情など、始めからなかった様に。
男の名は、凌児と言った。
「働く事の出来ない幸子は、私の所へ帰って来て産んだ。
私に対する当て付けなのか、愛した男を忘れられないのか、彼の父親の名を名付けて」
幸子を愛していた。
だから、彼を実子として届出、何事もなかった様に生活を始める。
表向きは、普通に見えて、安心した私は、また仕事に没頭する。
……凌児を見るのが辛かった。
これが本音。
愛する者と向き合わず、仕事に逃げた。
幸子が、壊れて行く。
それを気付かずに……
そう、気付くのが遅かった。
凌児が生まれて一ヶ月、家に帰らない日が続く。
顔を見る事も、話す事も無くなって。
これではダメだと、気持ちの整理をつけ、夜、帰ってみる。
明かりの灯らない窓。
玄関の鍵は開いていて、キッチンに居るのだろうか?
暗い中、探る様に歩く。明かりを点けるのが何故かためらわれ。
二階に上がる。
子ども部屋。市悟は眠って居た。
奥が凌児の部屋で、少し開いていた。
覗いて、息を呑む。
壁にすがる様に座り込んだ幸子が居た。
長い黒髪が闇に溶け、虚ろに開いた眼は宙を舞い、白んだ無表情の顔が、やけにくっきりと見えていた。
ふっくらとしていた体型は、やせ衰え……一目で病的に見える。
部屋の電気を点けると、眩しがる。
無言で顔を両腕で覆う。
足下には注射器が転がって、
12月の寒い部屋で、白いワンピースを着たむき出しの両腕には、爪で引っ掻いた後。
私の居ない間に、薬漬けになっていた。
その衝撃に、たじろいでいた私の耳に聞こえた小さな声。
ベビーベットに、瀕死の凌児が居た。
助けて欲しいと泣いたのか、一声上げて、ぐったりと目を瞑ったまま動かなくなった。
恐ろしくなり、抱き上げ、幸子を引きずり降り、二人を車に乗せ病院へ向う。
どうして、こんな事になってしまったのか?
自問自答しながら―――
ただ、愛していればこそして来た行為のすべてが、裏目に出ていた。
:
:
:
:
*ルドウside*
「はぁ――」
一息吐く。
語る言葉と、それに続く鮮明な映像が流れてくる。
はっきりと見えた“女”は、確かにあの時の……
「すまない」
疲れた顔。
謝る姿が歳相応に見えて、
「大丈夫です。続けて」
凌児の“真実”を―――……
*
*冨side*
凌児は長期の育児放棄の為、栄養失調と皮膚のただれで、入院。
幸子も、薬を抜く為に施設に入らせる。
市悟は、それを見ながら、淡々と毎日を普通に過ごして居た。
私には、連絡一つ寄越さず。
それから、成長した凌児は、余り泣かない子どもで手もかからなかった。
幸子は、見た目は普通に、
でも、
何も見ない。
聞かない。
ただ、息をしているだけ。
日がな一日凌児の部屋で、足下に彼を遊ばせながら。
私は毎日定時に帰り、食事の用意をし、家族四人で食卓を囲む。
市悟は元気を取り戻す。……父に依存する事で。
幸子は、与えられたら食す。
それで命を繋いで居た。私の手料理しか、食べないのだ。
凌児は、その時間嬉しそうに過ごす。
この頃には、彼を可愛いと思える様になっていた。
私にも幸子にも似ていない、私達の子ども。
そして、また崩壊する。
夏のある日。
“凌児”が現れた。
私の居ない間に。
幸子に、金の無心に来たのだ。
それからすぐ、幸子は、凌児を連れて、一週間、行方が分からなくなって、みつけた時には、酒に溺れていた。
夏が過ぎ、冬になる。
幸子は寒い中ワンピースを着て居た。
前にも着ていたワンピース。
その時になって、やっと思い出す。
私が初めて彼女にプレゼントしたモノ。
涙が出た。
そんな時、極度の過労と精神的疲労で会社で倒れ、意識のないまま入院した。
気付いた時。
幸子は居なかった。
対面したのは、警察署の霊安室。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
【完結】召喚された勇者は贄として、魔王に美味しく頂かれました
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
美しき異形の魔王×勇者の名目で召喚された生贄、執着激しいヤンデレの愛の行方は?
最初から贄として召喚するなんて、ひどいんじゃないか?
人生に何の不満もなく生きてきた俺は、突然異世界に召喚された。
よくある話なのか? 正直帰りたい。勇者として呼ばれたのに、碌な装備もないまま魔王を鎮める贄として差し出され、美味しく頂かれてしまった。美しい異形の魔王はなぜか俺に執着し、閉じ込めて溺愛し始める。ひたすら優しい魔王に、徐々に俺も絆されていく。もういっか、帰れなくても……。
ハッピーエンド確定
※は性的描写あり
【完結】2021/10/31
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、エブリスタ
2021/10/03 エブリスタ、BLカテゴリー 1位
「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」
サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――
俺様幼馴染の溺愛包囲網
吉岡ミホ
恋愛
枚岡結衣子 (ひらおか ゆいこ)
25歳 養護教諭
世話焼きで断れない性格
無自覚癒やし系
長女
×
藤田亮平 (ふじた りょうへい)
25歳 研修医
俺様で人たらしで潔癖症
トラウマ持ち
末っ子
「お前、俺専用な!」
「結衣子、俺に食われろ」
「お前が俺のものだって、感じたい」
私たちって家が隣同士の幼馴染で…………セフレ⁇
この先、2人はどうなる?
俺様亮平と癒し系結衣子の、ほっこり・じんわり、心温まるラブコメディをお楽しみください!
※『ほっこりじんわり大賞』エントリー作品です。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる