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大人編
明暗③
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「父さん。兄貴、病院へ寄越してくれる?
義姉さん、産まれそうだ」
院内の公衆電話から、一番影響力のある父に連絡を入れる。
[解った]
それだけを言うと、切られた。
「凌児?」
「ん。父さんに頼んだ」
兄貴は来ざるを得ないだろう。
「分娩室に入った」
ルドウの言葉に、胸が痛くなる。
生まれる。
俺の子ども。
複雑だ。
怖い。
でも、楽しみでもあり。
ルドウを見ると、ほほ笑みを浮かべていた。
「喜んでいい」
ルドウ。
「ありがとう」
お前は何でも受け止めてくれる。
ルドウは、一生子どもを持たないだろう。
それに生まれ来るこの子は……
ホギャ――――
産声が響く。
扉が開き、医師が顔を覗かせる。
「おめでとうございます。男の子です。
入って結構ですよ」
促されるまま、足を進める。
「凌児……」
横たわった美和の腕に、小さな、本当に小さな赤ん坊が居た。
「凌児。抱いて上げて」
彼を受け取る。
小さな、命。
温かくて重い。
感じる愛しさ。
感動。
そして、思い出す。
ルドウの兄弟は、まだ赤ん坊だった。
こんなに、小さい愛しい者を、母は奪ったのか。
涙が零れる。
「名前を付けて」
思わぬ事を言われ、美和を見遣る。
「貴方が父親だもの」
そこには、母と成った強い表情の美和が居た。
独りでこの子を守り育て、立派に産んだ。
「ありがとう」
心の底から、感謝の念が浮かぶ。
俺達の間に、愛はなかった。
でも、生まれた我が子に愛を感じる。
それだけで、美和の事は、許そうと思う。
抱いたまま、ルドウの元に行く。
名付け親には、彼がふさわしい。
*
*ルドウside*
「ルドウ」
凌児が、優しく抱いた幼子を連れて来る。
小さな声を上げ、確かに生きて居る愛し子。
「ルドウ。名前を付けて」
「え?」
「お前が付けるのが相応しい」
ほほ笑みを浮かべ、幼子を寄越す。
腕に温かい重みを感じ、思い出す。
弟……京一。
まだ小さかった俺の腕に、抱きしめた。
重たくて、
柔らかくて、
良いニオイがした。
小さく動く、赤ん坊。
見ていて、胸が締め付けられる―――
「京一狼」
名を呼ぶと、満足した様に目を瞑る。
指を小さな手に当てると、その小さな、小さな五本の指が、似合わない強さで握って来た。
愛しい。
どんな生まれ方をしても、誰の子でも、赤ん坊は、愛しい。
揺らす腕の中で、眠りにつく。
「京都の“京”一番の“一”獣の“狼”で、きょういちろう”京一狼。
狼は、家族を大事にするそうだ」
凌児が、腕に触れ、口付けて来た。
されるままに、目を瞑る。
「お前達!」
声は、市悟。
「何をやっている!」
驚いた顔。
それに対して、凌児は冷静に、
「兄貴は? 今まで何してた?」
ゆっくりと身体を離し、市悟と対峙する。
「それは――ーお前には関係ない!」
「生まれたよ。兄貴の子。男の子だ。
京一狼と名付けた」
今までに聞いた事のない冷たい声色。
「長男は?
何と名付けた?」
黙る市悟。
「知らないと思っていた?」
間を詰め、
「バレないと、本気で思ってた?」
凌児のココロが、闇を発している。
「凌児」
後ろの方から、低い声。
「安心しろ、別れさせた」
白混じりのグレーの髪を小奇麗にまとめた、スーツ姿の男。
「「父さん」」
凌児と市悟が同時に呼ぶ。
一ツ橋 富
一ツ橋建設社長がそこに居た。
たちまち、強張る凌児のココロ。
前から不思議に思っていた。
凌児は、父親が側に居ると、それだけで緊張する。
「その子が?」
一ツ橋が手を伸ばし、京一狼を抱き取る。
「跡取りだな」
あやしながら、俺を見ると、
「ルドウ。話しがある、今夜、社長室まで来てくれ。
そうだな、7時でいい」
初めて会った日から、よく解らない相手。
唯一ココロを覗けない人間。
ココロが強いからか……もしくは、能力者?
「市悟、美和さんの所へ行きなさい」
京一狼を市悟に渡し、命令口調で促す。
そう、市悟は父親に支配されていた。
凌児は、それとは違う。
「私は仕事が残っているから会社に戻るが、市悟には、そのまま美和さんの側に居る様伝えてくれ」
変えない表情に、読めないココロ。
彼と居ると、不安が胸をつく。
「ルドウ」
服の端を掴み、心配気に名を呼んで来た。
「大丈夫だ」
そう言うしかなかった。
得体の知れない相手との会話。
読めなくても分かるのは、おそらく凌児絡みの事だろう。
その時間を待つ。
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