上 下
45 / 56
本編

聖女と魔森と腐敗したモンスター

しおりを挟む

目の奥から眉間に白い光が突き抜ける。
視界が開けた。

内から吹き出した光の塊が、柔らかに私を満たし、の境界線が形を成す。


古木の、この家の床下に眠るもの達の姿が視える。
眠りを破られ、徐々に目を覚ます様は恐ろしい。
古木の中心に女が居た。まるで聖母のように両手を広げ、その足元に縋り付くように重なり合う数えきれないほどの少年たち。

内から溢れる光が狭い室内空間を満たし、それらを可視化する。


「なっ」

ロマノが目を見開く。

『ぉぉおおおお』

闇の者が叫ぶ。
それは、自身のを目にした歓喜の雄叫び。



「「ローム……」」

女が名を呼ぶ。

ローム=ロマノ。大家の名だ。

「「貴方は、私の子。の言うことを聞かなくていいの」」


「愛してくれた……のは、父だけ……」

ロームは女、母親を凝視して呟く。

『私だけがロームの全てだ』

当然とばかりにニヤつく。
闇の者。それは父親。


一つの体に二人の意識。

女はハラハラと涙を流す。

「「私は、貴方を守りきれなかった。けれど、死して尚、 守りたくてその想いがこの古木の精霊に届き、今のこの存在に成れた……そのは、元々は木の根元に埋められていたものが長い年月を経てこの木の内に呑み込まれたもの。それで逃げて欲しかったのよ……」」

唸るように告白する。
母の想い。
それは、視えぬ者からすれば何の意味も持たない。

「「だから貴方に渡していたのに……」」

足元に纏わる少年たちに視線を落とし、涙を流し続ける。

「「哀れな名も判らぬ子どもたち。私は彼らを慰めることにほとんどを費やして……その限界が訪れる前に、幸運にも“聖女様”が見つけて下さった。だから安心して眠っていたのよ」」

だけど。と、女は口端を噛む。

「「穢れを持ち込まれた……聖女様が居ない間に踏み込んで来た。もう、目覚めはじめた彼らを抑えきれないっ。貴方を助けたかった……」」

それは本心。けれど、

「「私にはもう、その力も残ってはいないのよ」」

古木の根元に纏わる少年たちの手は、根に深く深く入り込んで絡んで掴んで女の下半身は少年の怨念に穢れてしまっていた。
言ってしまえば、女のお陰でこの地は、この少年怨霊たちは抑えられていたのだ。
今なら解る。それを引き継いで居たのだ。
が。


視ずに居た。
知らずに過ごした。
私の暴走から、責任を負うことから解放された自由になった

だが、逃れられないのだと悟った。
真実、ここはこの小さな家はしている。

ほんの小さな家屋があの強大な魔森と同等と成り果てようとしている。

このままで有れば、ここから魔森が発生すると言うことだ。

魔森。

元々魔森は大きな戦争の爪痕だ。浄化しきれない大量数の怨霊が根付いた穢れた土地。

結界の内側に閉じ込められた怨霊が力を持った時、その姿が形に成る。
それが“腐敗したモンスター”の正体。

それを増やさないために結界を張って人の世界に干渉できないように始まりの聖女が施した。
本人の聖力が流れる血筋に扱えるよう、“ストーン”を用意し、その一つ一つに丁寧に聖力を流し閉じ込めた。

そうして魔森に程近い城ののだ。
彼は聖力を受け入れる魔力を持って居たから。

今、はっきりと理解した目覚めた
私の中に、その始まりの聖女の存在を感じる。そのと能力を受け継いでいるのだ。
ヴォクシー辺境伯の護るものは人の世界。
竜でも精霊でもない、唯人の世界を護っている。
何故なら、聖女とは、人で在るのだから……。

だから、子孫で在る者は“聖力”も“魔力”もって持いるのだ。
それが如実に能力と現れたのが私。
“先祖返り”とユグが言った。まさに私はそれなのだろう。

流れるままに、無意識で行う今までの在り方では駄目だ。
だから、目覚めたのだろう。
己の眉間に強い力を感じる。“第三の眼”と言われるものだろうか?
私は生まれて初めて意識して聖女の能力を使うのだ。

古金貨の殴り屋ローム
この殺人鬼は、亡霊父親によって造られた。
亡霊は元はただの死者だったのだろう。だが、生前の行い殺人で多くの怨霊を生み出し、この地に縛り付けた。その行いこそ、闇の者へと変化させたのだ。

それに屠られた女は母性故に怨霊とは違う古木に宿る精霊と成り得た。奇跡のようなものだ。

「精霊は気紛れで慈悲深い者も居るんだよ」

側に飛んで来たユグが、まるで私の考えに賛同するように呟いた。

「古木の精霊が女の魂を受け入れ、同化したのさ。私たちの反対だね」

ユグとロアは人の一部に宿って妖精の形と成った。
女は精霊と同化し精霊と成った。そう言うことなのだ。

私たちは世界は違えど、人風に言えば隣人だ。
干渉しなければそれでも暮らして行ける、けれど、干渉してしまったなら……上手くいくように協力するのが隣人と言うものだ。

「魔森は広大過ぎて一人ではどうにも出来なかったんだ。だから私も手を貸したんだよ?」

小さな妖精が語る昔話。

「世界の全ての樹は世界樹ユグドラシルと繋がって居るんだ。魔森の中心にも世界樹の根は息衝いて居る」

そう言って古木に近寄ったユグはロアと手を繋いだ。

「受け取って!」

ロアが叫んだ。
膨大な金の花が古木を中心に舞い上がる。

それは美しい光景。
光る花が怨霊一人一人に落ち纏う。

それは合図だ。
顬の力に意識を集中させ、その一つ一つに灯す。

癒しの光。
それは浄化の焔。

淡い光の爆発に、目を瞑る。

次に目を開けた時、少年たちは消えて居た。

「成功した……」

ただ一人を除いて。

『私のものを……壊すなど……だから女は、邪魔でしかないのだ!』

そう言ったのは闇の者。

「「駄目です。もうロームは貴方の好きにはさせません」」

開放された聖母がそのうでを伸ばす。

拮抗する二組は、闇を背に母性を力としてぶつかり合った。



    
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

処理中です...