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本編
聖女と魔森と腐敗したモンスター
しおりを挟む目の奥から眉間に白い光が突き抜ける。
視界が開けた。
内から吹き出した光の塊が、柔らかに私を満たし、私を取り巻く世界の境界線が形を成す。
古木の、この家の床下に眠るもの達の姿が視える。
眠りを破られ、徐々に目を覚ます様は恐ろしい。
古木の中心に女が居た。まるで聖母のように両手を広げ、その足元に縋り付くように重なり合う数えきれないほどの少年たち。
内から溢れる光が狭い室内を満たし、それらを可視化する。
「なっ」
ロマノが目を見開く。
『ぉぉおおおお』
闇の者が叫ぶ。
それは、自身の功績を目にした歓喜の雄叫び。
「「ローム……」」
女が名を呼ぶ。
ローム=ロマノ。大家の名だ。
「「貴方は、私の子。歪んだものの言うことを聞かなくていいの」」
「愛してくれた……のは、父だけ……」
ロームは女、母親を凝視して呟く。
『私だけがロームの全てだ』
当然とばかりにニヤつく。
闇の者。それは父親。
一つの体に二人の意識。
女はハラハラと涙を流す。
「「私は、貴方を守りきれなかった。けれど、死して尚、 守りたくてその想いがこの古木の精霊に届き、今のこの存在に成れた……その金貨は、元々は木の根元に埋められていたものが長い年月を経てこの木の内に呑み込まれたもの。それで逃げて欲しかったのよ……」」
唸るように告白する。
母の想い。
それは、視えぬ者からすれば何の意味も持たない。
「「だから貴方に渡していたのに……」」
足元に纏わる少年たちに視線を落とし、涙を流し続ける。
「「哀れな名も判らぬ子どもたち。私は彼らを慰めることにほとんどを費やして……その限界が訪れる前に、幸運にも“聖女様”が見つけて下さった。だから安心して眠っていたのよ」」
だけど。と、女は口端を噛む。
「「穢れを持ち込まれた……聖女様が居ない間に踏み込んで来た。もう、目覚めはじめた彼らを抑えきれないっ。貴方を助けたかった……」」
それは本心。けれど、
「「私にはもう、その力も残ってはいないのよ」」
古木の根元に纏わる少年たちの手は、根に深く深く入り込んで絡んで掴んで女の下半身は少年の怨念に穢れてしまっていた。
言ってしまえば、女のお陰でこの地は、この少年たちは抑えられていたのだ。
今なら解る。それを引き継いで居たのだ。
不完全な聖女もどきが。
視ずに居た。
知らずに過ごした。
私の暴走から、責任を負うことから解放された。
だが、逃れられないのだと悟った。
真実、ここはこの小さな家は魔森化している。
ほんの小さな家屋があの強大な魔森と同等と成り果てようとしている。
このままで有れば、ここから魔森が発生すると言うことだ。
魔森。
元々魔森は大きな戦争の爪痕だ。浄化しきれない大量数の怨霊が根付いた穢れた土地。
結界の内側に閉じ込められた怨霊が力を持った時、その姿が形に成る。
それが“腐敗したモンスター”の正体。
それを増やさないために結界を張って人の世界に干渉できないように始まりの聖女が施した。
本人の聖力が流れる血筋に扱えるよう、“ストーン”を用意し、その一つ一つに丁寧に聖力を流し閉じ込めた。
そうして魔森に程近い城の三男に嫁いだのだ。
彼は聖力を受け入れる器を持って居たから。
今、はっきりと理解した。
私の中に、その始まりの聖女の存在を感じる。その記憶と能力を受け継いでいるのだ。
ヴォクシー辺境伯の護るものは人の世界。
竜でも精霊でもない、唯人の世界を護っている。
何故なら、聖女とは、人で在るのだから……。
だから、子孫で在る者は“聖力”も“魔力”もって持いるのだ。
それが如実に能力と現れたのが私。
“先祖返り”とユグが言った。まさに私はそれなのだろう。
流れるままに、無意識で行う今までの在り方では駄目だ。
だから、目覚めたのだろう。
己の眉間に強い力を感じる。“第三の眼”と言われるものだろうか?
私は生まれて初めて意識して聖女の能力を使うのだ。
古金貨の殴り屋。
この殺人鬼は、亡霊によって造られた。
亡霊は元はただの死者だったのだろう。だが、生前の行いで多くの怨霊を生み出し、この地に縛り付けた。その行いこそ、闇の者へと変化させたのだ。
それに屠られた女は母性故に怨霊とは違う古木に宿る精霊と成り得た。奇跡のようなものだ。
「精霊は気紛れで慈悲深い者も居るんだよ」
側に飛んで来たユグが、まるで私の考えに賛同するように呟いた。
「古木の精霊が女の魂を受け入れ、同化したのさ。私たちの反対だね」
ユグとロアは人の一部に宿って妖精の形と成った。
女は精霊と同化し精霊と成った。そう言うことなのだ。
私たちは世界は違えど、人風に言えば隣人だ。
干渉しなければそれでも暮らして行ける、けれど、干渉してしまったなら……上手くいくように協力するのが隣人と言うものだ。
「魔森は広大過ぎて当時の聖女一人ではどうにも出来なかったんだ。だから私も手を貸したんだよ?」
小さな妖精が語る昔話。
「世界の全ての樹は世界樹と繋がって居るんだ。魔森の中心にも世界樹の根は息衝いて居る」
そう言って古木に近寄ったユグはロアと手を繋いだ。
「受け取って!」
ロアが叫んだ。
膨大な金の花が古木を中心に舞い上がる。
それは美しい光景。
光る花が怨霊一人一人に落ち纏う。
それは合図だ。
顬の力に意識を集中させ、その一つ一つに灯す。
癒しの光。
それは浄化の焔。
淡い光の爆発に、目を瞑る。
次に目を開けた時、少年たちは消えて居た。
「成功した……」
ただ一人を除いて。
『私のものを……壊すなど……だから女は、邪魔でしかないのだ!』
そう言ったのは闇の者。
「「駄目です。もうロームは貴方の好きにはさせません」」
開放された聖母がその枝を伸ばす。
拮抗する二組は、闇を背に母性を力としてぶつかり合った。
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