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言霊のカミサマ
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しおりを挟む「私も選択します。私達夫婦は、“冥界”に行きます」
朗のお母さんが静かに言った。
「あの場所が、河童の隠れ里。私達は、生者と死者の狭間に立ち、魂を見護り、閻魔の者らと共に生きて行きます」
朗のお父さんも決心した様に言った。
河童の隠れ里。それはこの河童様の池と繋がっている。
「私も、選択する。私は、クロスが欲しい。彼がそう望むのなら、だけど」
「もちろん! 俺は優良のものだ」
人型のクロスは、耳と尻尾を逆立たせて即答した。
「そうすれば、化け猫は優月無しでも生きられる。」
「河童に成る。って事だね?」
朗の言ったのは、伴侶にする河童の秘術の事。
「そうよ。河童は生涯に一度だけ仲間を作る事が出来るのよ」
優良が微笑んだ。
朗のお父さんや、朗みたいに。
「私は!」
姉ちゃんが叫ぶ様に主張した。
「私は、どんな形であれ、龍羽くんと一緒に生きて行くの!」
気付けば寄り添う様に二人は傍に居る。
「俺も。優星と一緒に生きる」
宣言した先輩が、神社の方を仰ぎ見る。
「そして、母さんは大事な人を見付けて幸せな一生を送って欲しい」
それは願い。
「俺は俺のままで、今まで通り生きて行く。」
「私も、ルージュ兼、恋人として龍羽くんと共に居る。例え生まれ育った家を離れ、家族と別れる事になっても」
父さんと母さん。
そして、僕。
「それでも、優月をずっと愛してる」
姉ちゃんは、眩い笑顔を僕に向けた。
「僕も、姉ちゃんを愛してる」
互いに手を差し出し指を絡め握る。
「自分の幸せを見つけたの。私だけの幸せ。ゆづも、あんただけの幸せを掴みなさい!」
姉ちゃんに握り込まれた指から力が流れ込む。姉ちゃんのパワーが僕を安心させる。
誰だって権利がある。
幸せになる権利が。
それを手に入れるのは自分次第。
それが誰かとの別れだとしても。
姉ちゃんは綺麗に微笑んでる。
その瞳に迷いは見えない。
「一つ訂正させて貰えるなら“恋人”ではなく“夫婦”になるんだ」
先輩が、姉ちゃんの手を取る。
「もちろん!」
姉ちゃんは速答し、僕の手から離れ先輩の胸へ飛び込んで行った。
姉ちゃんと繋がれてた手が離れると、途端に寂しさが僕を満たす。
だけど、僕は僕の答えを出さないといけない。
「僕は……朗と生きて行く。僕は、男だけど、もしかしたら、それさえ超越出来る力が有るから」
言い掛けた僕の唇に、そっと朗が人指し指を乗せる。
「今のままの優月が良いんだ」
「男だよ?」
「ああ」
「女の子に成れるかもしれないよ?」
神の言霊で。
「そんな事にこだわってはいない」
「大事なところでしょう?」
って姉ちゃんが突っ込む。
「私は誰でもない、過去も知らない時から優月を好きになったんだ」
それは、前世の繋がりを知る前から。
出逢いは河童様の池。
まだ幼かった僕は死に、朗が僕を救ってくれた。
「池からずっと優月を視て居た。静かな優月の声は私を幸せな心地にさせてくれた。その姿は、私を癒してくれた」
朗の手が、優しく頬を撫で包んでくれた。
「優月が良いんだ」
言いながら、綺麗な顔が僕に近寄って来た。
それを、瞬きもせずに見詰める。
互いに視線を絡ませたまま、唇が重なった。
「優月を、愛している」
そう言った朗の言葉を、僕は僕の中に呑み込んだ。
これこそ、僕に効く最大級の言霊。
朗が僕にとっては現実。
冷たくて温かい体を抱き締める。
身長差がありすぎて、抱き締めるって言うより抱き付いてるって感じだと思う。
だけど、僕の腕の中に在るのは、僕の未来だ。
「もし、僕が女の子で、もし、朗がただの人間だったとしたら……」
「それでも優月に惹かれただろう」
「あの体育館で、女子高生の僕と、保健室の先生の朗が出逢うんだ」
「そう言う世界も在ったかもしれないな」
想像する。
「例えば、僕が河童で、朗が河童様の池で溺れてしまって助けるんだ」
「その場合は、私が女児だったかもしれないな」
朗が言って小さく笑った。
無限に広がる物語。
だけど、その中心は朗と僕。
「朗。朗を愛してるよ」
朗に貰った言葉を、想いを込めて返す。
「優月を愛している。永遠に。未来永劫、優月と言う魂を、お前の全てを」
これは、誰でもない、僕と朗の物語。
互いに向き合い、手を握り合う。
そして、ゆっくりと目を閉じる。
「「全ては、想いのままに───」」
神の言霊は、空気を振動させ、静かに時を動かす。
───ありがとう。
今度は、黄泉の二人じゃない、
誰かの声が聞こえた。
全ては、
未来への第一歩。
朗の両親は、河童様の池から冥界へ。
クロスは優良と共に岩戸を通って黄泉の国へ。
姉ちゃんは先輩と龍羽神社へ。
そして僕と朗は───……。
*朗side*
温かい想いだけが、私を包んでいる。
微かに唇に触れた感触に、薄く瞼を開ける。「おはよう。朗」
笑顔の優月が、いつもの様に私を起こしに来ていた。
「あぁ、おはよう。優月」
応えて、離れようとしていたその唇を啄む。
「う……ん」
その甘い味は、いつもの様に離れがたく、その頭を抑え、深く、深い口付けに変わる。
「ん……んん。もう! 朗! ダメ。遅刻するからっ」
真っ赤な顔をした優月が、勢いよく私から離れる。
「早く、用意してよ! 母さんが朝ごはん用意してるから」
「ははっ!」
毎朝の習慣。
優月も、解っていて私と戯れる。
今日は終業式。
あれから、一年が経っていた。
各々に、選択した自身の未来に旅立ち、優月は、水先を選んだ。
水先に課せられた役割を。
優月の居るところが私の居場所。
自然と私もその役割を担う形になった。
普通に高校に通う優月と、水先家の離れに居候している保健室の教員である私。
そして、普通の人間に転生した形になった水先の両親には、双子の赤子が誕生した。
赤子の魂は、あの右と左。
彼らもまた、選択したのだ。
暖かな布団から出て伸びをする。
そして見えたのは“河童様の池”そこの祠に、優月がキュウリを供えているところだった。
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