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御霊の焔
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しおりを挟む柔らかい水の流れは、各々を解させた。
人の姿に戻った白い髪の先輩は、姉ちゃんの腰を抱え自身で作った空気の輪の中に居た。
優良はクロスの顔に空気の輪を作って土の龍に股がって水に揺れてた。
黄泉のイザナミは七体の龍に護られ、こちらを睨んで居た。
文字通り僕を睨んで居た。
初めて僕を見留めた。
「「主は誰ぞ??」」
水に響く声色は真っ直ぐに
僕に届く。神の言霊で僕を縛ろうとしている。
「僕は、僕らは……河童だよ」
背後にぴったりと着いて来ている朗。
水は僕の内に浸透して行く。
僕の胎内に在る視えない皿に力が満ちて行く。
それは不思議な感覚だった。
腹部に手を置く。
男の僕に子宮はないけど、まるで胎内にある様に感じる河童の皿。
そして水に浸された身体。
普通なら息が出来ずに苦しいんだろうけど、それは空気みたいに自然で、全身に力がみなぎる。
「「河童……河童ごときが、私の邪魔をするとどうなるか判って居るのか??」」
黄泉のイザナミは怒気を含んだ神の言霊で僕に訊く。
だけど、僕にそれは届かない。
「イザナミ。貴女は何を望んでるの?」
僕の言葉に、黄泉のイザナミは驚いた顔をする。
「「何故、主は声に従わない?」」
動揺の混じった恐怖に似た表情。
何故?
「何故? 貴女は何をしたいの?」
「「何……を? 私は、私を否定しない世界を造るんだ。私は……」」
「独りで苦しかった?」
彼女の内に視えて来たのは、苦しみに囚われた女性。
その痛みが痛いほど理解出来た。
独りの地獄。
*朗side*
天叢雲剣。
優月の瞳から溢れた、愛しい者達の想いの欠片。
それが形作った剣。
優月が睨み合う両者の合間を縫って振り上げた剣は、壁に亀裂を作った。
そこに隠れて居た“三途の川”の真水が護りの中を満たす。
聖なる真水。
澄んだ水に浸されて、優月の力は無限に広がる。
その輝きが見える。
魂の輝きが視える。
三つの人生が融合し、それは更なる魂の輝きとなる。
視える。
聴こえる。
私には優月の全てが、
視えて、聴こえる。
その魂は何度も転生し、けれど、また一つに返る。
私の愛しい人、
その者に。
優月の触れる程近くに居ると優月の魂が視える。
───視える。
優月の河童の皿は体内で力を増した。
まだ柔らかかった皿が硬く成る。
ただの河童だった頃なら待ち望んでいた瞬間だった。
今の状況では、喜べない。
優月が揺らす水が命を包み込む。
改めて河童の力は水の中でこそ発揮されると判る。
当然の様に優月の周りの真水が、更に浄化されて行く。
「「河童……河童ごときが、私の邪魔をするとどうなるか判って居るのか??」」
黄泉のイザナミが言霊で訊く。
「イザナミ。貴女は何を望んでるの?」
驚いた事に、それに与する事なく優月は“言霊”で訊き返えした。
そこに居るのは、黄泉のイザナミ。
だが、そこに視えるのは、独りの女。
私に視えるものを優月も視て居た。
それは私が優月と繋がって居るから……とても、不思議な感覚。
だが、そうする事が自分の役目だと感じていた。
“独りの女”は最初は幼子の様に無垢で、傍に居た、ただ“独りの男”に愛情を刷り込まれる。
無垢な女はその愛情を真実と信じ、男への愛を独り育てた。
独りの男は、独りの女を育て、それでも“一人の女”を求めて足掻いて居た。
独りの男は、独りの女を望んだ女の影とし、ただ飼い殺す。
独りの男は独りの女を
何度も愛する。
何度も愛し、望んでも子どもは出来ず、それを心から望んで居た独りの男は絶望する。
だがそれは、二つの魂の曇りのせい。
一つの魂は、
独りの男。
見えるものを見ようとしなかった、
黄泉のイザナギ。
一つの魂は、
独りの女。
ただ盲目に愛を求める、
黄泉のイザナミ。
そして、黄泉のイザナギが求めて居たのは、
一人の女。
イザナミの魂を持つ女、優良。
だが、それは幻と同じ。
無意識に、黄泉のイザナギは愛し愛される関係を求めて居ただけで、本当は、もう既に手に入れていたのだ。
想いに囚われ前に進めないで居た結果が、今の有り様を引き起こした。
優月にもそれは視えた。
優月は静かに口を開く。
「何故? 貴女は何をしたいの?」
「「何……を? 私は、私を否定しない世界を造るんだ。私は……」」
それは、素直な言葉。
否定され続けて居た女は、
「独りで苦しかった?」
優月が言葉を繋ぐ。
苦しい。
寂しい。
それは“独りの地獄”狂わぬ為に、女は逃げ出した……自分を取り戻す為に。
だが、男は女に被さる。
離さない為に、そして、自身の誕生の理由を知って、逃れられない獄から逃げたくて手を伸ばす。
あぁ、視える。
黒衣に身を包まれた黄泉のイザナギ。
足掻いて足掻いて……足掻き続けている。
囚われ、出れぬ地獄、時獄の中で、光を探し求め、ただひたすらに一人を想い続ける。
だがそれが、自身を閉じ込める結果となっていた。
殻に閉じ籠る。
そう言った行為だ。
本当は、自由なのに、それを認めなかったのは奴自身。
今の現状は己が引き起こした事。
奴は“地獄”と言う己が作った獄に閉じ籠って居る。
そこから連れ出さなければ……事は始まらない。
外から殻を壊してやらなければならないのだ。
はっきりと理解出来たのは、“地獄”とは、神々の造った獄じゃない。って事だ。
ただ、触れる。
私の愛する者の腕を撫でると、優月は静かにこちらに目を向ける。
悟った様に瞬きすると、天叢雲剣の刃を立て、両手を掲げる。
すると、その手の平から長い巻物が溢れ出る。
それは形を変えた閻魔帖。
閻魔帖は、円を描きながら天叢雲剣を取り囲み、光り出す。
「この閻魔帖は、イザナミが形作ったもの。その血で書かれた妖怪の知識の本。必要とするものの手に渡るもので、それとは別に、無意識にイザナミのイザナギを想う心を紡いで、練り込んである恋文でもあるんだ。これは、恋しくてただ、会いたいってそんな気持ちが詰まってる。優しい想い……けど……」
優月は優良に視線を投げる。
「“イザナミ”は知ってた。黄泉の王がイザナギだと。それは、黄泉に囚われる前から解って居たよね?」
本人がそう言った。神に分かたれた嫉妬の部分だと。
「解って居て捕まった。そして、図らずも……置いて行く結果になった。抜け殻を。自身の躰と、何も知らなかった頃の無垢な心の部分を……」
“負の部分”ではない。
ただ、愛を知らぬ前のイザナミ。
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