河童様

なぁ恋

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黄泉のイザナミ

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*黄泉のイザナギside*
 

器だけでも満足だった。

微量の魂は器に留まり、彼女は私のものとなった。

彼女はイザナミ。
私はイザナギ。


私は、黄泉のイザナギ。
 
 
  
† 黄泉の国。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

イザナミ。
目の前に居るイザナミは、私に微笑み、媚びる。


───所詮ハ紛イ物。

私は何を求めていた?
渇いた心が、

───心ガ有ルトスレバ。

求めていたのは?

───恋イ焦ガレテ……

イザナミ。
美しい女性。
神々しく光り輝いていた彼の女。

イザナミ。
彼女が私の傍に居れば、
この暗い世界が明るく照らされ、満たされた心は優しく歌う。

───歌トワナンダ?

黄泉の国に彼女を落とし、手に入れようとした。

だが、私を見る事は一度とて皆無。
だから、彼女に苦痛を与えた。
私の傍から離れては居られぬ様に施した呪い。

神で在ったイザナミを、他の死者と同等に腐る躰を与えた。

それでも、それが解って居ながらイザナミは、私の傍から離れて引き籠もる。

それが、イザナギがこの国に足を踏み入れ迎えに来た。途端にイザナミが生き生きとし、見向きもしなかった私に頭を下げに来た。


憎い。
憎い。

───憎悪ガ蝕ム。
 
 
 
イザナギを想い、破顔する。
その輝く笑顔に嫉妬する。

───私ニ向ケル顔ワ何ノ感情モ映サナイノニ。


銅鏡を用意する。
その醜い姿をそれ以上に映し出す鏡。

イザナギを呪う言葉を吐くイザナミの幻……。

それは予想以上にうまくいった。

───アノ男ワ振リ向ク事無ク来タ道ヲ引キ返シテ行ッタ。


絶望に打ち拉がれたイザナミはその背中を追い掛ける。
だが、イザナギの手によって閉ざされた岩戸は堅く、イザナミには開ける事が出来なかった。
イザナミは岩戸の前で長く泣き伏せる。

イザナギへの愛しい気持ち。
憎しみ。後悔。

そういった、もろもろの負の感情を曝け出し、暗い闇に呑み込まれて行く。


イザナミの躰に生まれ出た雷達がその様子をその瞳に映す。
それは直接私の頭に流れ来る。

哀しむイザナミ。
苦悩する、
愛しい女。

もうすぐ、もうすぐ。
私のものとなる。
 
  


……追憶。
       
一つ目を開き、を見る。

今、目の前に居るイザナミは、私に笑顔を向ける。

媚び、へつらい。
それでも私と共に居る。

イザナミが私の腕に触れる。
その滑らかな指先が私を求め彷徨う。

その手を取り、撥ね付けた。

「イザナギ?」

悲しげな表情を浮かべるイザナミ。
表情豊かな、私のイザナミ。

けれど、何も産まない女。

人型の人形。
       
私が欲した女はとは違う。
余りにも違い過ぎて、嫌悪すら覚える。

“躰”だけでも傍にと願ったが、今更ながら痛感する。

欲しかったのは、あの光り輝くイザナミと言う名を持つ魂。
完全なる女神。

この躰に残る魂は、イザナミの負。残りかす。

くすんだ闇の、この世界を象徴した様な存在。

私は、この闇が嫌いだ。
ここに堕ちてからも、生れ故郷の光りを忘れられず、足掻き、藻掻いて居る。


それは“イザナギ”の名を奪い、名乗る事で気付かされた感情。
 
  
羨ましい。
妬ましい。

それは貪欲に私を絡んで放さない。
無意識に胸元に手をやる。
そこに烙された獄印。
着せられた黒色の獄衣ごくい


それに抗う術を持たなかった私自身を、私は呪い嫌っても居た。

衣を鷲掴み引き千切る。
だが、その黒衣は生き物の様に再生する。
       
千切られたそのは私自身の痛みへと代わる。

黄泉は私の牢獄。
罪無き“無辜の民”で在った私を、容姿が気に入らないからと陥れた神々を呪う。

美しい神々。
それらを貶める為に私は力をつける。

黄泉のイザナギ。
私はこの黄泉の王。

黄泉は唯一“生者”である私の牢獄であり、同じ様に、私を産み出した神々がいずれは“死”して来る世界。

私の世界。

私は待つ。
待つ事は今の私には苦痛ではなく喜びだ。
 
 
*黄泉のイザナミside*

私のイザナギ。
いつも私を護って慈しんでくれた。

イザナギと愛を語らい、交わり子を産んだ。

それは至極当たり前で当然で幸せに満ちた日々。

永遠に続く幸せ。

 
この世界でも、イザナギが傍に居れば、それだけで華やぐ。
  
このな匂いも、
───甘い花の香りに変わる。

いつもの様に、彼にしなだれる。
なのに、やんわりと私を拒み、イザナギは立ち上がって奥に隠れてしまった。


途端に私の躰を蝕む闇。

「あぁ───……痛いぃ……」

躰に巣くう子ども達が騒つく。

私は、イザナミ。
───イザナミ?

イザナギの隣に居るべきはイザナミ……そうでなければならない。
また、そうであった。


だが、この虚しく広がる心は何?
傍に居るのに彼を遠く感じるのは何故?
 
  
私の中にぽっかりと空いた穴が在る。
目には見えぬ空洞。

その空洞に納まるものがどこかに存在すると、私は感じていた。

それが正しく戻ったならばイザナギは私と離れる事はない。
その理屈は判らないが解っても居た。

イザナギは私を“イザナミ”とは呼ばない。
それは私が無くしてしまった空洞に在ったものが足りないから。

私は理解して居る。

躯に棲まう子ども達は、足りない一人と、上の人界と黄泉の間に眠る一人と、私と繋がる細い糸から、静かに旋律し伝えて来ていた。

私が無くしたものは、人界に在る。と。
それを取り戻せば、イザナギは私を見てくれる?

以前の様に愛してくれる?

不安、不満、怒り。
渦巻く黒い感情……
こんな気持ちは今まで知らなかった。

 
イザナギを私の傍に繋ぎ留めるには、が必要。

そうするには?
私と共に居る子どもは五人。
私の大切な子ども達。子どもらは私の肉を喰む。

肉は母乳。
痛みは甘え。

その子は頭の大雷。
居ない子は右手の土の雷。


何故二人は私から離れたのだ?

右手のは姿も見えず、まるで消えた様に居場所も判らない。
けれど、生きている事だけは解る。

だが、頭のは人間と深く関わった事でこちら側に帰れなくなった。
頭のとは繋がったままの細糸で解る。

まずは、人界に上がる手立てを考えなければ……。

頭上を見上げ、眼を閉じ集中する。
頭上に繋がる子どもと同調する為に。


丁度その瞬間に、不思議な力の流れを感じた。

水の流れ。
頭のが、目覚める。
 

 
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