河童様

なぁ恋

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水郷の百鬼夜行

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無言の木道先生を押し退けて、廊下に出る。
突き当たりに見える扉がそうだと判った。

「クロス!」
名前を呼びながら、扉の中へ駆け入る。

暗い階段。

鼓動が聞こえる。

落ちそうになりながら駆け降りる。

確かに感じるクロスの、河童の、鬼の気配。

床に足が着いた時、淡い焔が揺れて、人影が見えた。

「クロス?」

そこに見えたのは、背の高い男の人。
色黒な肌、長い二股尻尾が床に垂れて、固そうな黒髪からは猫の耳が生えて居た。

人間の形をしたクロスだ。驚いた。

そしてクロスの目の前には鈍色の鬼とその胸に貼りついた朗のお母さん。

近付くと、苦痛を顔に浮かべたクロスが固まって居た。

動かない。
動けない?

二人の間に揺れる焔がクロスを捕えているのが判った。
黄色い虎目が見開いて、そこに浮かぶ苦悩が手に取る様に解る。
 
 
 
 
命が繋がって居るからかクロスに意識を集中すると、クロスの視ているものが視えた。

それは哀しい記憶。

化け猫クロス誕生の悲話。

僕とそんなに変わらない年で人間から猫に転生した。

黒猫の慕うココロが起こした、それは奇跡。

でも、その記憶を封じてしまう程にクロスにはショックな事実だったんだ。

そりゃ目の前で自分が死ぬのを見てたんだから信じられないし、結果、大切に思ってた猫を亡くしてしまったんだから目を背けたくなる。

それは自身を忘れるには十分な出来事。

今の姿は人間の記憶が形どった姿。



鬼は、クロスを栄養として摂取する為弱らせ様と攻撃している。
 
 
鬼は、それ程に弱っている証拠。

自分の縄張りに入って来たものを手当たり次第喰うつもりでいるみたいだ。
 
 
 
「「河童」」

聞こえたしゃがれ声にドキッとする。
例えるなら喉が渇いて苦しい感じの声。

「そうさ。河童だ」
僕の後ろから朗が静かに言った。

「「河童……河童」」

鬼火が大きく燃えて、クロスが糸が切れた様に崩れ落ちた。

「クロス!」
駆け寄り抱き締める。

人間の姿をしたクロスが小さく呟いた。
「黒介」
それは元々の猫の名前。

魂を交換する事で、大好きな飼い主を助けたかったんだ。

純粋に、
ただ助けたかっただけ。
どうなるかなんて考えずに……。

残された方は辛い。ましてや自分のせいで死んだとしたら。

殴られた事も、
何もかも、黒介は許していた。

でもそんな事クロスが気付ける筈がないよね。


頭を撫でる。
大きな身体を丸めたクロスが目を開けた。

「……優月。俺……は優月の役に立ちたかった」
涙を浮かべ、僕の手を取った。

「大丈夫だよ」
もう一度頭を撫でると小さな黒猫の姿に戻った。

心を攻撃するなんて。酷い!
クロスをそっと抱き上げて、鬼、葵を見る。

 
 
 
その姿は生きているとは言い難かった。
どう見ても、死にかけてるって判る。

溶けそうになってる躰。

よく見れば、朗のお母さんは、その崩れそうな躰を留める様に自らの髪を伸ばし巻き付いて眠ってる。

助け様としてたんだ。
朗が言った事が頭を掠める。

“本能で助けてしまう”

こう言う事かと納得した。

「でも、何で?
クロスを助けた様に出来なかったの?」

「お前は特殊なんだと思う。あれは簡単に出来る事じゃないんだ」

「命を繋げる事?」

朗が頷く。
「だから父と母が協力して鬼の躰が死ぬ事を留めてたんだ」

朗の視線の先、葵の背後を見る。

正面ばかり気にしていた。

鬼の背中に、緑色の甲羅が見えた。背中に張り付いて背中まで伸びた髪を束ね留めて居る。

夫婦で命を繋ぎ留めて居た。
 
 
河童って凄い。
純粋に感動した。

治す事の出来る能力は使ってこそ役に立つものだ。

身体が震えるのが判る。
僕は河童に成なれた。なら、出来る事をするべきなんだ。
朗の両親が助け様として居た命。なら、救うのが使命なんだと思う。

それは例え自分が憎いと思った相手でも、生きたい。と思ってるんだから助けるのが、助けられるなら救うのが道理だよね?

自問自答の末に導き出した答えは、
クロスと同じ様に僕が治せば良いんじゃないかな?
って事。

「ダメだ。」

僕の顔を見た朗が心を読んだ様に言った。

何で? と首を傾げると、
「クロスで大丈夫だったからと言って、また出来るとは限らない。
無理をさせるつもりはない」

ぴしゃりと言われた。

「ならどうやって皆を助けるの?」

僕の問いに朗は苦い顔をして「判らない」それは正直な答え。

実際に今“葵”と対峙したまま、何も出来ずに居た。

共倒れ。何て言葉が頭を掠める。
誰も助からないんじゃ意味がない。
 
 

*優星side* 



ゆづが駆け出して、朗がその後を着いて行った。

私は、何かこの部屋に気になる事があって留まった。

呼ばれてる気がして室内をくるりと一回り。

「優星?」

私の行動に響夜くんが首を傾げた。
自分でもよく判らないんだから答え様もなくて。

「何かが私を呼んでるのよ。そんな気がするんだけど……」

入り口付近に惚けて立ち尽くす木道先生が視線に入り、はたと思い出したのが、妖怪辞典らしき古書の話。

何故か閃いた。その名前。

「“閻魔帖えんまちょう”」

壁側に置かれたガラス戸の書類棚の中、その片隅で、それは仄かに光だし、カタカタと音を立て自己主張をし始めた。

“閻魔様の子孫”
自分がそうであると聞いた時はピンとこなかった。

けど、今自分で口にした時、自分の中の何かが目覚めた。
躰が熱く変化する。
感じたのは、内に在る力の欠片。
      ....
目を閉じて、目醒めるに任せる。
 
 
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