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鬼の事情
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しおりを挟む「本当に、良いのか?」
父さんが言った意味が理解出来る。
「はじめて視えたんだ。」
切ない男の成れの果て。
鬼に成らねば耐えられなかった人間の弱さ。
俺だって大切な人に先立たれたら耐えられるか判らない。
「そうさなぁ。俺は耐えられない。だから鬼に成った。護る為に」
市松の家系、祖父が鬼と人間とのハーフだったと聞いてる。
「家系はそうだな。鬼の家系だ。角を持つ鬼の、な。」
「俺も、角が生えた」
生えたばかりの角を撫でる。
ツルッとした感触。
「綺麗な角ね。桃太郎。だけど、貴方は無理に背負わなくてもいいのよ?」
背負う?
「私は鬼に成らなければ生きては行けなかった。だから鬼に成ったの。鬼退治は……後から着いて来た。私みたいな存在を、もう作りたくなかったから」
そう言った母さんが、左人差し指で俺の額に触れた。
瞬間、なだれ込んで来た記憶の渦。
恐怖、孤独、哀、だけど、その中にある根本は愛。
だから悲しい。
だから空しい。
だから愛しい。
母さんの鬼に成らざる終えなかったその様子が一瞬の内に視えた。
辛すぎる現実。
「元気が居たから耐えられた。“鬼”に成る者は、助けられない時もあるの」
母さんが言った“背負う”の意味。
体が震えた。
狐の男。あれは、残像の様なもの。
だけど、覚えてる。
人間であった男の哀しみ。苦しみ。
それを垣間視た。
“鬼退治”とは、人間の哀しみの部分を視続けると言う事。
「貴方は、普通の生活を送ればいいのよ?」
母さんの心配も解る。
「無理に戦う事はない。」
父さんの言う事も……。だけど、
「俺にしか出来ない事だ」
それは理解出来た。
「俺は、父さんの仕事を手伝う。まだ微力だけど、鬼として、鬼退治をして、助けられる者は助けてやりたい」
それはココロからの思い。
「判った。角は、意識を集中させて髪の一部だと暗示をかけるんだ。そうすれば見えなくなる」
母さんが手鏡を俺に向けた。
簡単に言うけど……。て、本当に見えなくなった。
「何であれ、角はお前の一部なんだ」
にぃっ、と父さんが笑みを作った。
「髪だと思えば自然と隠れるって事か」妙に納得出来た。
「角、綺麗なのに。」
「隠すの、勿体ない。」
俺の両脇から結歌と結愛が手鏡を覗き込んで来た。
「ありがとう」
綺麗と言われると素直に嬉しかった。
「父さんと母さんは、生まれるまでここにいるの?」
羅刹から聞いたけど、確認する。
「そうするわ。鬼の子は人間の妊娠とは違って、長いのよ。あちらでは不自然になるから」
「俺は、そうだな。仕事の時以外は母さんの傍に居る」
「納得。俺ん時も大変だったの?」
「それはもう、大変だった。だけど、」
母さんが俺の頬を両手で包んだ。
「だけどね、それはそれは幸せな瞬間でもあった」
とびきりの笑顔を貰った。
俺は幸せ者だ。
† 不二丸side
俺の前を歩く桃のおじさんは、綺麗なオレンジ色の髪の毛に、整った顔立ちをしている。
あの羅刹の父親?
二十歳の娘が居る様には見えないくらい見た目が若々しい。
桃の母さんも若いと思ってたけど、弟って、二人して年齢が判らない。
“鬼”だから?
じゃあ、桃もいつか成長が止まるのかな?
けど、桃の父さんは見た目と年齢が比例している気がする。あれ? 親父は人間なのかな?
ぐるぐると考えがあっちに行ったりこっちに行ったりしていた。
だって桃は、超人的動きで、妖怪みたいな狐男と立ち回って倒した。
それだけじゃなくて“角”が生えた。
その時視えた桃の光は、眩しくて、輝かしくて、初めて出逢った時を思い出した。
綺麗で、その光を欲しいと思った。
それは淡い想いの始まりで、桃を知れば知る程に淡い想いは濃くなって行った。
その想いが何なのか。
それを自覚したのは高校を卒業する時、いつまでも一緒だと思っていた。
だけど、校門を出る桃の後ろ姿を目で追ってたら切なくなった。
その時、
「永遠なんて、ないのよ。」
俺が好きだと公言していた女、地雲君子が言った。
その言葉に、ハッとしたんだ。
俺は、地雲を口説きまくってた。
だけど彼女は袖にもしてくれず、解ってたんだな。
俺の想いを、誤魔化していた、この想いを。
「君は素直だね」
不意に掛けられた言葉に現実に戻る。
「え?」
「うん。真っ直ぐで素敵だね」
いつの間にか見詰められていた。
「えと……」
「“鬼気”が見えたのに怖れなかった。それどころか、ずっと一緒に居て、好意を持ってくれた」
まるでココロを読んだ様な口振りに驚く。
「正解。ココロを覗いてるんだ。君はココロを閉ざす術を持っているね。それはとても凄い事だ」
「それは、おじ……貴方の能力?」
「元気でいいよ。鬼は互いにココロを通わせる事が出来るんだ」
「鬼は?」
「そう。だから“朱色の鬼”を見付ける事も容易い」
「鬼退治?」
うん。と頷いたおじさん。元気さんに案内されたのは、小高い丘の上にある岩場。
岩は段違いに重なって自身を主張してるみたいに見える。
その横には、大きな木が青々とした葉を揺らして存在していた。
よく見ると、その木の根元に小さな石が置かれてあった。
「君はよく解るんだな」
驚いた顔を向けられた。
「あの木の根元にあるのは墓石さ」
寂しげな表情に何となく判った気がした。
「大事な人の?」
「俺の嫁さんだ」
「俺には癒しの能力があるんだ。それも万能ではなかった……誰をも治す力だと自負していたのに」
草原に座り、寂しい笑顔を向けられた。奥さんの事、助けられなかったんだ。
隣をポンと叩かれたからそこに腰を下ろす。
「うわ……」
とても美しい光景だった。
夕焼けと夜空とが混雑した地平線が目前に広がっていた。
「とても綺麗だろう? だからこの場所にしたんだ。彼女に相応しい場所だ。人間であった彼女のね」
その横顔を見て、どんだけ愛してたか解る。
「人間って、元気さんも、桃の母さんも鬼……だよね?」
「うん。“角の無い鬼”だよ。人間と鬼の関係を簡単に説明すると、昔々、鬼の血が人間と交じり合ったんだ。生粋の鬼の殆どは自分達の故郷に帰ったんだけど。鬼の血は血筋として受け継がれた」
「血筋。俺の先祖の中にも鬼が居たって事?」
「平たく言えばそうだね。そう言う者の中には超能力に目覚める者も居る。それならまだ良いんだけど、鬼の血に目覚める者も居るんだ」
「えっと、桃みたいに?」
「桃太郎もそうだ。だけど、その血に狂う者も居る。そいつらが“朱色の鬼”と呼ばれる悪鬼に成る」
悪い鬼?
「朱色の鬼は人間を襲い、命を奪う。今日の狐男みたいに」
奴は簡単に命を奪った。
「桃太郎は鬼の血脈を色濃く継ぐ一族に生まれた。生まれながらに“角瘤”を持って。迷っていたが、護りたい想いが覚醒させた」
「鬼に成った」
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