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俺はガシャ
しおりを挟む俺は産まれた時のことを覚えている。
それは不思議な感覚。
周りの大人達の歓声、自分の産声。
視界は薄らと膜がかかってるみたいではっきりとはしなかったけれど、少し離れたところに立つ黒いフードの人物だけはやけにはっきりと確認出来た。
まるでそれが運命だと言わんばかりに。
彼の名はガランと言った。
母とは距離が近いと思っていた。
それはいい。二人の関係は兄妹みたいなものだとある程度経った頃理解したから。
問題は周りに誰も居ない時、“ガラン”を“ガシャ”と呼ぶ。
俺の前ではそれが如実で、俺は居てもいなくてもこんな意識がはっきりと有るなんて分かる訳がないから、素の二人で会話してたんだなと、他人事のように思っていた。
それも大きくなるにつれて、俺の前でも呼ばなくなった。
だけど、“ガラン”は本当は“ガシャ”で、俺の名前は彼から貰ったんだろうと自分で完結した。
最初の出会いから彼をよく見るようになっていた。
だから頻繁に彼の周りに黒い小鳥が訪ねてくると、思った時、その小鳥が何羽も居ることに気付く。
それこそ見渡す森の中、ひょっとしたら百羽、千羽と存在して居る。
全部が同じ気配を纏っていた。更に、それは彼の気配でもあった。
小鳥と同じ気配とはなんぞや?
と、考えても出て来ない答えは、そう言うものだと答え合わせはしなかった。
何でも考え耽けることは楽しかった。
一人遊びと言うのだろうか?
俺が5歳になる年の誕生月に、彼が一冊の本をくれた。
それを情緒たっぷりにオリばあさんが読んでくれた。
それは冒険譚。
竜と英雄の物語。
ありふれた冒険物語だったが、その世界にのめり込む自分が居た。
その内自分で文字を覚え、何冊も彼の家に借りに行った。
知らない世界を見てみたい。
この足で旅をしてみたい。
この小さな集落の中で、ただ生きるだけの生活なんてつまらない。
出て行きたかった。
だけど、そうは出来なかった。
まだ子どもだからとか、そんな現実的なことでなくて、俺はこの集落の皆が好きだ。だから、燻る思いには蓋をする。
そうして続く俺の生活も、もうすぐ18の成人だ。
俺の日常は、畑仕事に乳牛達の世話。
自給自足の生活がこの集落では当たり前で、ある程度のことは物々交換で事足りた。
その中で不思議なことに気付く。
今更だと思うが、彼の持つ、大量の本はどこで手に入れてるんだろう?
薬師を生業にしてる彼は、度々山に入る。薬草を集める為だ。
だけど、すぐに戻ることから、何日もかかる街へは行ってはいないと推測出来る。
だけど、本は増えたり減ってもいる。
俺は記憶力が生まれた時からいい。
だから読んだ本も、読んでなくても、本棚に揃えられた本なら形を覚えてる。
それが微妙に変わっているのだ。
不思議で仕方ない。
13を過ぎてからあまり彼の小屋には行ってなかった。冬前にはまとめて本を持って来てくれてたから。
だけど、気付いて気になり始めたら、答えらしきものは欲しい。あくまでも自己完結でいいんだ。
なら早めに行動。本を借りる名目で明日、訪ねてみようと思った。
いつもより早く目覚めてしまい、身支度をする。
とりあえず、乳牛の世話を終わらせ、乳を搾ったところで、これを手土産に今から行こうと瓶に乳を入れ直し、余ったものを家の所定の位置に置くと、朝ごはんを作ってる母さんに声をかける。
「ガランのところに乳を持って行ってくる。それで、久しぶりに本を借りてくるから、選ぶのに時間かかるかも」
「食べていけば?」
「いい。満腹になってしまうと集中出来ないから帰ってから食べる!」
それらしく理由付けをして外に駆け出した。
道向こう側の薬師の小屋の木戸の前に立ち、戸を叩こうと手を挙げると、キィーっと、軋む音と共に戸が開いた。
叩く前に、だ。
「ガシャか。どうした?」
相変わらず黒いフードを目深に被った彼が現れた。
「乳をおすそ分け。その代わり、本を貸してよ」
「選びたいのか? ……久しぶりだな。」
そう言いながら体を避けて室内に入れてくれた。
古い家屋の木の臭いと、色んな薬草の臭いが混じる、不思議な空間。
俺はここが無条件で好きだった。
奥の壁際に本棚はある。
瓶を机の上に置いて、そのまま本棚に。
上から下まで丁寧に見て、やっぱり以前とは変わってると確認する。
「本は、いつ仕入れているの?」
無邪気に聞こえるように訊く。
「……定期的に持ってきてくれる者が居るんだ」
と、予想とは違った返事が帰って来た。
「その時読まないものは持って帰ってもらうんだ。
だけど、今までの冒険譚は全部取ってあるよ」
笑った?
目深に被ったフードに隠された顔が、微かに笑ったように感じて、直接見てみたいと無意識に近付いてそのフードを引っ張った。
出てきた顔は、思っていたよりも幼さを残していて、母さんと変わらないくらな筈なのに、俺よりも若く見えるほどで……一番目を引いたのはその両目。
赤い眼。
大人が話す魔物の眼。
物語の中の魔族もそうだ。
それは、避けなければならないもの。
だけど、正直綺麗だと思った。
彼は、焦る風でもなく、瞬く。
「何で眼が赤いの?」
俺の言葉に慄くのが瞬時に判った。
「見えるのか??」と小さく呟いて、俺を凝視する。
だから、不思議に思って首を傾げる。
「え?」
「いや。そうか……」
訊いたと思ったら、一人で納得する。
「やはりランジュさまの息子と言うことだな」
目を細めて笑った。
そう言えば、彼の顔をちゃんと見るのはこれが初めてだと気付いた。
そんなの変だ。
「お前の魔力は微々たるものだと思っていたが、そうか。目覚めることだって有り得ると言うことか」
魔力?
「まずは魔物のことからだな。」
彼が両手を広げると、上から五匹の黒い小鳥がその手に留まる。
「この子らは、私の最初の子どもだ」
小鳥が子ども?
だから同じ気配? な訳……
「冗談ではないよ。私は本来この子らと同じ種族だ。
要約すると、魔物に変化したんだ。その印がこの眼。」
どこから話そうか?
そう目を細めた彼が、椅子へ座れと手振りで示す。
腰を落ち着けて、最初に疑問に思ったことを訊いてみる。
「貴方は、“ガラン”じゃなくて、“ガシャ”だよね?」
向かいに座った彼が、息を飲む。
「なるほど、ならばガシャよ。お前はどこまでを覚えている?」
「俺は……産まれた時から自我が在ったよ。貴方への答えは、誕生してからずっとだ」
「そうか。ランジュさまがお前が赤子の時、抱いたまま私をその名で呼んでいたよなぁ」
「そうです。それを理解していました。
それから、その子達、他の黒い小鳥達も、貴方のところに訪ねて来ていた」
「それも気付いてたのか」
「本も、入れ替わりがあったのを気付いてた。俺は記憶力が異様にいいんだ」
「ランジュさまの能力と同じだね」
ランジュさま?
「……さま?」
「あぁ、初めから話そうか」
そうして聞いた話は、まるで冒険譚。
三年前に亡くなったオリばあさんは、元は双子の魔女。
魔術師と、魔女と、魔物と吸血鬼、その血の呪縛者で在るガランとガシャのこと、そして、母さんとガランの関係。
闇堕ち魔術師の世界の崩壊の伝承については、聞くだけで目眩がした。
それが魔術のせいで、小鳥の纏う気配は魔力と呼ばれるもの。
だけど、それら全てがすんなりと俺の中で消化される。
そして現在、柔らかい雰囲気の大きな古木の前に立って居た。
母さんと“ガシャ”の慕うガランその人を確認する為に。
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